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不毛都市メキサスシティ - #4 - 門番

 不毛都市の興隆とともに内部で目覚めた住民達はみな多少の記憶を失っており、その欠落の補充方法も人それぞれであった。多くは近場にいた気の合う人間と縁をつなぎ、新たな生活を築くことで人格を補正していったが、孤立して目覚めた場合などにはその他の非社会的方法に頼るほかなく、それは得てしていびつな結果を生んだ。

 門番の男リカルドがその例のひとつであり、今リカルドは大アメリカ悲惨帝国の情けない外交騎士パウロの上に覆いかぶさってしたたかに殴りつけていた。パウロは叫んでいた。

「なぜだ! 飛ばんぞ!」
「お前のスーパーパワーを俺は信じない! そんなヒーローもストーリーもこれまで一度も読んだことはないからだ! それはどこで出版されている! それは誰がライターで誰がペンを入れているんだ! 教えろ! 教えろ! 俺はシルバー・ガードだ! 教えろ!」
「なんなのだこの者は!」

 少し離れた曲がり角から覗き込みながら警察官のジョージはあれが有名な門番か、そしてだから言ったのに、と思っていた。

 目覚めてから、人のにおいが少しもしない仄暗い通路をリカルドは彷徨い続けた。そこここの壁に生えている何かの芋や何かの茎で餓えや乾きをひたすらに満たしてただ生きていくことなら出来たが、他人との接触が全くない、他人の痕跡がひとつもない生活はリカルドの精神を確実に蝕み続けた。彼を崩壊から救ったのは、身につけていたボロボロのジーンズと、その後ろポケットに折りたたんで入っていた薄い一冊のグラフィックノベル『シルバー・ガード』であった。

 ジーンズは彼がジーンズが縫製工場で作られるほどの規模の社会でたしかにかつて暮らしていたことを、そしてグラフィックノベルはその社会には高度な文化があったこと、また彼はその『シルバー・ガード』の熱心な愛読者であったことを思い起こさせるのであった。

 ただその二要素だけではひとりの人間の人格を長い間正常にもたせるにはあまりにも無力であり、他のメキサスシティ住民から発見されたとき、彼は自らのことをグラフィックノベルの主人公シルバー・ガードと名乗り、もうすぐここはフジヤマラジャマック星人が攻めてくるから一般人は退避するんだシルバー・センスでわかる、気をつけろ! などと言い、決して誰もその通路を通すことはなかった。

「要するに……あれが呪術だ」
「ミゲルじゃないか!」

 心底驚いてジョージは言った。そこには額に弾痕のある三千年前と少し前に死んだミゲルがいた。ミゲルは心底恨めしそうに山高帽を直しながらジョージに言った。

「おれを殺そうとしてもそれはそれは……無理なことよ。呪術師をナメちゃいけない……」

 ならばと手錠をかけようとするジョージから逃れながらミゲルは言った。

「お前達はあの道を通りたいんだろう? それであの門番が邪魔だ。……そうだな?」
「まあそうだね」
「おれはお前から狙われっぱなしじゃ自由にやれない。そこで俺がお前に解決方法を教えてやる。俺は十分反省してるしもう皇帝を殺そうなんて思わない……だから皇帝に対する前の殺意の表明はこのお前への社会奉仕でチャラだ。……どうだ」
「まあ」

 ジョージは宙を睨みながら拳銃をくるくると回し、腰のホルスターにしまうと不本意そうに呟いた。

「よいでしょうよ」
「あの騎士は今あの門番をどこかへ転移させようとしている。そういう力場が見える……行き先まではわからん。忌々しい臭いがする。だが門番はその力を認めていない。あいつの世界でありうる不条理は『シルバー・ガード』コミックで起きうることだけだからだ。『シルバー・ガード』コミックの名持ちキャラクターにはあの騎士はいない。だからヤツの世界ではあの騎士は一般人であり、スーパーパワーは持たない。だから騎士の呪術は発動しないのだ。反対に、恐らく騎士は門番に対して『奴は何らかの異能を持つのではないか?』という先入観を持って相対したのだろう。その精神の隙間に門番の呪術感覚が侵入し、そして不死身の門番は完成した。呪術は共通のコードを持つ間柄でしか正常に作用しないということだ」

 ミゲルは陰鬱な眉を上げていった。

『共通のコード』『常識』とか『世界観』と言い換えてもいい。このメキサスシティで気に入っているのはコードが一度崩れていることだ。誰もがどんなことでも起きうると信じてまではいないが、どんなことでも起きうるのではないかという疑いだけは少なくとも持っている。伝え方次第で呪術が通用しやすい環境にあるわけだ。俺の生きていた時代でもそこまでではなかった……」
「となると」

 ジョージは、悲惨騎士パウロに一瞬でメキサスシティから大アメリカ悲惨帝国へ転移させられた体験をミゲルに語った。

「十分可能だ。突然現れた異様な風体の騎士にお前は少なからずショックを受けていたはずだ。精神には隙が出来ている。そこへ転移先の土地の情報を事細かに伝染させれば……その少し前に一発殴っておくと受け入れられやすくていいのもある。精神が弱る」
「なるほどねえ」
「そこで肝心な話、あの門番、自らを不死身のシルバー・ガードと思い込んでいる男をどう倒すかになるが……お前には今からフジヤマラジャマック星人になってもらう」

宇宙衛兵シルバー・ガード 第466話「暗黒時代の到来」

(あらすじ)
 シルバー・ガードは死んだ。
彼の恋人デルタ・カッパーの脳は実は既にフジヤマラジャマック星人に乗っ取られていたのだった。シルバー・ガードの身を常に包んでいるヌル・フィールドは彼を全ての敵対的攻撃から護っていたが、デルタ・カッパーの前でも決してそれを解いてはいけなかったのである。

「まさか300話も待たされるとは思わなかったわ!」

 シルバー・ガードの死体を前にこう吐き捨て、母艦へ帰還するデルタ・カッパーの台詞は第二版からは正しく修正されている。この初版の台詞を根拠に300話に及ぶ寄生任務のうちにシルバー・ガードに本当に恋してしまったフジヤマラジャマック寄生体の胸のうちを一人称形式で語った長編ノベル『ひとの脳からあなたを見て』がファンによりシルバー・ガードのファンミーティング『シルバー・コン』にて発表されたが白眼視され続編は出ていない。

 シルバー・ガードが復活するまでの300年間、地球は暗黒時代に入る。300年先まで救いはない。

「デルタ・カッパー……なぜ……」
「大丈夫!? 騎士パウロ!」

 銀色のレオタードに身を包み手を差し出すジョージの姿を見て、パウロは人選を間違えたかと思ったが、助かったのは事実であったので手を取り立ち上がった。

 門番の男リカルドの死体を見ると、銃撃で出来たものではありえない焼け焦げたような穴が出来ていたし、先程ジョージの拳銃からは明らかに蛍光緑の怪光線が出ていたが、ひとまずこれは帰って検討することとして、パウロは先を急ぐことにした。

「もう! 騎士パウロったら何ブツブツ言っているの! ほら! 早く行きましょう、この先に宇宙船が停まってるはずよ!」
「そなたは……その……そのままなのか? ジョージよ? その服は?」

 もちろんそのままではなく、ミゲルにかけられた催眠呪術は少ししてから解け、事前に宣言されたとおり猛烈な気恥ずかしさに襲われながら、ジョージは粛々と背負っていた警官服に着替えたのであった。

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