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読書記録「天皇の世紀 (1)黒船渡来」大佛次郎著

朝日新聞社
1977

大佛次郎の未完の小説。
現在絶版。

著者の思う重要な出来事が描かれているので、知らなかったことも多くて新鮮。

明治天皇の誕生から始まる。宮中は中世の空気そのままだ。
時代が変わっても同じ生活が続けられ、行事などの際は陰陽師が欠かせない。

日本に黒船がやってくる場面に行く前に、同じように開国を迫られアヘン戦争を経験することとなった中国の様子が描かれる。
貿易に関しても、イギリスを朝貢貿易で来たとしかみなさない。自分の国にはなんでもある、相手国にはないものを交易によって恵んであげようというのはなかなか理解しがたいものだっただろう。
根本の思想は異なるにしても、問題を先延ばしにする役人たちの態度は日本と似たようなものだ。

そして、黒船がやってくる前にアメリカやロシアの艦隊がやってきた際の様子。
とにかく江戸から離れて欲しい、厄介ごとはごめんだという幕府の姿勢と、それとは対照的に初めて見る異国の人々に興味津々な庶民の姿。

取り上げられるのは高島秋帆(大河ドラマ、青天を衝けで玉木宏が演じていたが出番が案外少なくてどんな人か気になっていた)や韮山反射炉を作らせたことで知られる江川太郎左衛門など。そして蛮社の獄で自死に追い込まれた渡辺崋山や高野長英ら。
オランダ国王からのおそらく親切心に基づく忠告も、交易がないのだから直接やりとりはならないと受け取らない。そして出島でしか江戸から遠いところへ行ってもらおうとする。
幕府の考えた案で5年間結論を先延ばしにしたところで何になるのだろう。

それでも、実際に黒船を目にしたことで、空気も少しずつ変わり始めている、その空気感が読んでいて伝わってくる。
アメリカ船に乗り込もうとした吉田松陰。その思想は素朴な尊王攘夷的なものだが、とにかく異国を自分の目で見て確かめなければ気が済まない。
彼の計画が、保守的な仲間からも応援されているところからも時代が少しずつ変化していることがうかがえる。計画はなかなか上手くいかないが、それでも諦めないその熱意はもはや執念。

吉田松陰とともに、多くの人に影響を与え、結果として時代を大きく動かした徳川斉昭。
どちらも人を感動させるなにかを持っていたのだろう。しかし、攘夷という思想そのものの持つエネルギーがかなり大きかったのではなかったか。
徳川斉昭は軍艦も製造し、戦闘となればどうなるかわかっていたはず。それでも御三家の地位もあり、身動きがとれない。でも、その思想だけがどんどん広がってゆく。
吉田松陰も思想そのものは素朴なもののようだ。その人が周りに影響を与え、やがて彼らが時代を動かしていく。

変わり始めている世の中の様子の別の例として、南部藩での一揆が取り上げられている。
1万人以上の百姓が土地を捨て、移動し、一揆を起こすなどは今までなかったこと。これも固定化した身分制度が崩れかけているひとつの大きな現れといえる。
こんな状況でも藩同士の助け合いなどはなかったのかと愕然とした。

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