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【近世】坂崎出羽守直盛(1563〜1616)

歴史に名を残さない、こんな武士がいた。信念に生きた、豪放な武士がとても好きです。

【千姫事件】

 1615年、大坂夏の陣。ついに大坂城が落ちる。しかし、大坂城には豊臣秀頼の正室にして、徳川家康の孫娘である千姫がいた。父は二代目将軍秀忠である。総大将の秀忠は、父家康の強い意向もあり、千姫奪還を訴える。秀忠は家臣を集め、千姫を救出した者に千姫を再嫁させると言い放った。家臣たちは目の色を変えた。千姫を嫁にもらうということは将軍家と親戚になるということだ。燃え盛る大坂城に飛び込み、火をかき分け千姫を探した。そして千姫救出に成功したのが坂崎出羽守直盛という直臣の旗本であった。千姫を抱き抱えた坂崎は崩れ落ちる柱を顔面で受けとめ、顔に大火傷を負い、それでも大坂城を後にして、秀忠の待つ本陣までひた走った。息も絶え絶えであったが、「千姫を救出しました!これで千姫は私の妻ですね!」と叫んだ。
秀忠ははっきりと「でかした坂崎、約束通り千姫はお前にくれてやる!」と言うと、坂崎は緊張の糸が切れたのか、その場で気を失った。

 江戸に戻り、屋敷で怪我の療養も終え、将軍からの出仕を待っていたが、いつまでたってもお呼びがかからない。業を煮やした坂崎は江戸城に登城する。久しぶりの出仕にどこか皆よそよそしかった。坂崎は柳生宗矩と肩を並べる剛の者である。皆が坂崎の事を知っていた。
 将軍秀忠の前に進むと「坂崎、久しぶりだな!怪我はもう良いか?」と秀忠が尋ねる。「は!、すっかり良くなってございます。して上様、千姫様の件ですが、婚儀はいつになりましょうか?」「婚儀?何のことだ?」「ご冗談を、私と千姫様が結婚することでございます。大坂の役の際、約束してくれましたよね」

 一時の沈黙のあと秀忠は高らかに笑った。「面白い事を言う、坂崎、お前は夢でも見ていたのではないか?」「そんなはずは、家老たちも聞いておりましたよね?」秀忠の周りに侍る連中は皆、記憶にないという顔をしていた。「坂崎、大坂の役では良き働きであった。怪我がまだ癒えず混乱しておるのであろう、しばらく登城せず、療養に専念せよ。」そして秀忠は下がっていった。

 屋敷に戻ると、夜陰、1人の来客があった。盟友柳生但馬守宗矩であった。「千姫の件は忘れろ、坂崎。」「忘れろ?やはりあれは夢などではなかったのだな。」「ああ、夢ではない。」「どういう事だ?説明してくれ!」しばらく沈黙していた柳生が口を開いた。「上様もお前と千姫が結婚できるように取り計らったんだ。だが、ダメだったのだ。」「なぜだ!」「千姫本人がお前との結婚を嫌がったのだ!」「なぜだ!」「大坂城で受けた顔の火傷をまじかで見ていた千姫がお前の顔が怖いと言うのだ。

 また沈黙が流れる。「その事、みんな知っているのか?」「みな知っている」「そうか、分かった。ありがとう。」そして柳生は帰っていった。

 この時、坂崎は死を決意していた。武士にとって恥=死である。恥を受けた坂崎は、生に執着することは彼の信念に悖る。しかも、この事をみな知っているのだ。潔く死のうと思った。ただ、千姫の顔を最後に一目見たかった。千姫は本多家との縁組が決まっており、輿入れの日取りも発表されていた。坂崎はこの日、千姫を奪う計画を立て、幕府に伝えていた。

 千姫の輿入れ当日、幕府は剛の者を警備につけ、本多家の屋敷を目指す。約束通り、坂崎は現れた。「坂崎出羽守見参、約束通り千姫をもらいに参った!」馬から降りた坂崎は剣を抜いた。壮絶なる必殺の剣を繰り出す坂崎の前に、誰も前に進み出れなかった。坂崎の剣の上手さは、剛の者たちにも知れている。そして何より彼らは坂崎に同情していたのだ。坂崎は何も悪くない。将軍の命を受け、命をかけて千姫を救ったのだ。顔に大火傷を負いながら。にもかかわらず、死なねばならない。だれも坂崎を切ることが出来なかった。死に場所を求めていた坂崎は声を発する「千姫様!お顔をお見せください!最後に一目お顔を拝顔し坂崎は死にます!」駕籠の外に侍る女中が「千姫さま!お顔をお見せ下さい!」と言うと、千姫は「嫌じゃ嫌じゃ、あのおぞましい顔を見たくない」とカゴの中から言い放った。

 坂崎は死に際を逸してしまった。そして、しばらくの沈黙の後、前に進み出たのが親衛隊長を務めていた柳生但馬守宗矩であった。「俺が行く」と青眼の構えになった柳生をみて、ようやく坂崎が笑った。「柳生か」これで死ねると坂崎は笑ったのだ。お互い一歩も動かない時間が過ぎたかと思ったが、勝負は一瞬だった。一刀のもとに柳生が坂崎を両断したのだ。崩れ落ちる坂崎を柳生は受けとめ、大声をあげて泣いた「辛かったな!坂崎!お前は何もわるくない!よく頑張ったぞ!」ポーカーフェイスの柳生は普段、感情を表には出さない。それくらい感情を爆発させたのだった。

しばらくして、坂崎のことを家臣に任せた柳生は、将軍の下へ報告に出かけた。将軍秀忠は、事態の悪化を憂いて、落ち着きがなかった。柳生が登城すると、すぐに通して「坂崎は死んだか?」「討ち果たして御座います。では。」去ろうとする柳生に対して将軍秀忠が言った。「でかした柳生!褒美をとらせる。何でも欲しいものを言え!」

 この時、柳生宗矩の感情が再び爆発した。秀忠の安心した顔を見るのも嫌だった。「上様!此度のこと、誰に責任があるとお思いですか。出来もしないことを言った上様が招いた顛末で御座いましょう!何でもくれてやると軽々しく言うのはおやめ下さい!」一瞬、将軍の間が凍り付いた。宗矩は征夷大将軍であり、武家の棟梁に諫言をしたのだ。秀忠が凍り付いた。

柳生宗矩は、冷静さを取り戻し「それでは一つだけ欲しいものが御座ります。」秀忠は厳粛な表情に戻して「何だ。」

「並び笠の家紋を頂きたく。。。」この家紋は坂崎家の家紋であった。今では柳生笠といって柳生の家紋になっているが、この時宗矩が継承したものであった。坂崎家は廃絶するが、その魂だけは残してやりたい。そんな柳生の友情が現在も柳生笠には込められている

歴史を学ぶ意義を考えると、未来への道しるべになるからだと言えると思います。日本人は豊かな自然と厳しい自然の狭間で日本人の日本人らしさたる心情を獲得してきました。その日本人がどのような歴史を歩んで今があるのかを知ることは、自分たちが何者なのかを知ることにも繋がると思います。