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「恐怖映像」建物にまつわるホラー短編読切

「建物にまつわるホラーシリーズ」 
古い建物とホラーが好きな「わたし」が、売家や廃墟に入り込んでは、そこにひそむ薄暗い秘密や物語をあれこれ考察しほんのり恐怖を感じる、間取り付き読み切り短編ホラー小説。
※全文2700文字程度

 
 暑い……
 太陽が人類を殺しにかかっているとしか思えないような強い日差し、それに加えてアスファルトに蓄積された熱がさらに気温を上昇させる。そこから逃れようと木陰を求めれば草木の濃い匂いが鼻孔をくすぐり、セミの大合唱に耳がやられそうになる。
 夏真っ盛り。スマホに表示される熱中症警戒アラートにうんざりして、気分だけでも冷ややかになりたいと強めの恐怖を求めてしまう。わたしの場合、年がら年中ホラーを求めているけれど、夏に見聞きするそれは、よりじっとりしたもののように感じて好ましい。肌にまとわりつく湿度の高い空気のように、わたしの周りにしつこくまとわりついて離れない。

 今宵、さっそくホラーを摂取することにした。エアコンで適度に冷えた室内、カーテンを閉めて電気を消して暗くして、テーブルの上に冷えた缶チューハイとスナック菓子をスタンバイ。
 快適な場所に居ながら、映像にて恐怖を味わえるこの文明の利器に感謝しつつ、わくわくしながら録画しておいた恐怖映像特集番組を再生させた。
 
 番組の最初は放送する映像のダイジェストが流れて、スタジオにいるタレントが紹介されて小話をしている、その部分を倍速で流して、一本目の恐怖映像が始まったところで通常速度に戻した。
 
 夜に山奥でロケをしている映像。
 男性若手芸人コンビと女性アイドルの計三人がおびえながら心霊スポットらしき橋に向かって歩いている。
 ちらちらと画面にスタッフが映り込む。怖がっているタレント三人、映り込むスタッフはみな顔を伏せて目立たないようにしている。
 
 芸人の斜め後ろ。
 カメラ目線で満面の笑みをたたえる女性が映り込む。
 
 ……びっくりした。スタッフ? 
 予期せぬものがいきなり目の前に現れる恐怖はなかなかのものだ。
 ナレーションは「この女性スタッフは笑った覚えなどないと語っている」とありがちなコメントで締めくくった。これは怪奇現象、霊の仕業ということにしたいのか。そんなわけない。でも女性が自分の意思で笑っていたのだとすれば、それはそれで怖い。
 
 次の映像が始まった。夜中、廃墟に肝試しにやって来たような映像。
 枯れ草に埋もれたその平屋はかなり古く、人が住まなくなってから長い年月が経っていることが一目で分かる。
 男性が一人、玄関の引き違い戸を開いて屋内に侵入していく。玄関戸の向こうは土間になっている。やたらと靴が多くそこかしこに転がっていて、隅には新聞紙や雑誌が積まれている。 
 カタカタッ。
 急に物音がして、男性が慌てている。
 こういう映像に一番多い、謎の音。どうせ風か動物の仕業だ。猫か狸か、はたまたヘビか。
 姿が見えないからと言って自分たちしかいないと思い込んではいけない。あたりにはいろいろな生物がうごめいていて、息をひそめて人間を見張っている。幽霊よりも狂暴な動物に会う方が何倍も危険だ。
 男性は音の正体を見つけたいのか、しばらく懐中電灯で天井を照らしていたが、やがて屋内を見回すように明かりを走らせた。
 土間に沿って板間が二部屋あり、板間の奥に紙がぼろぼろに剥がれて開きっぱなしになっているふすまがある。ふすまの向こうには畳が見えた。家具や生活雑貨などの残留物が多い。
 風呂やトイレに続きそうな扉が見当たらないが、昔の家にはありがちな外にあるパターンか。建てられた当初は土間にかまどがあったのかもしれない。生活の変化に合わせて少しずつリフォームして住んでいたのだろう。
 映像の男性は板の間に踏み込んでいた。そこには正座して使うような背の低い鏡台がある。そして鏡に小さな指でつけたような筋が何本もあるのが見えた。これも動物がやったのだろう。肉球で引っかいたような筋の跡。
 次に男性は、紙がぼろぼろに剥がれたふすまの間を通って和室に踏み込んだ。正面の床の間には、大きさもデザインもさまざまな人形がびっしりと並べられていた。まるでこの家の主みたいにこちらをじっと見ている。なかなかの迫力だ。
 あっ今。大きな日本人形の目が細くなったように見えたから、わくわくしながら戻して再生して見直したが、まぶたが影になって細くなった様に見えただけだった。
 次に男性はもう一つの和室に向かった。布団部屋にでもしていたのか、そこには大量の布団が積まれていた。
 そこでVTRは終わって映像がスタジオに切り替わったが、わたしは違和感を覚えて考え込んだ。
 
 何か変だな、今の廃墟。
 人が、多い?
 
 昔ながらの田の字の間取り。もともとは何人で住んでいた? 祖父母、父母、子どもたち。十人にも満たないくらいか。子どもは進学や就職のために都会に移り住み、高齢者ばかりが残る、過疎の地域にはよくあるパターンが思い浮かぶ。一人残った高齢者が亡くなり、家具も生活雑貨も残留したまま廃墟となってしまった。
 そう仮定したら変に物が多くないか。物から連想するともっとたくさんの人が最後までここに居た様に感じる。
 布団が多すぎる。奥の和室には大量の布団が積まれていた。押入らしき引き違い戸もあったし、そこにも布団がしまわれていると仮定して、一体何組の布団があるのか。
 人形は、家族の誰かが集めるのが趣味だったのかもしれない。しかし和装、洋装、大きさも顔のデザインもバラバラで一貫性がない。こういうコレクターは、こだわりが強く日本人形ばかりとか洋人形ばかりとか、同じタイプのものを集めそうなのに。
 座敷童が居る旅館の一室みたいだ。泊り客が自分の考えで人形やおもちゃを買って、そこに置いていくので統一性がない。
 そんな風に大勢の大人が子どもに買い与えた、もしくは大勢の子どもそれぞれの趣味に合わせて買い与えた。もしそうだとしたら、子どもは何人いた?
 鏡の筋の跡も動物がつけたように見えるが、小さい子どもが指でつけたようにも見える。
 土間の多すぎる靴は? 靴なんて、人がいないなら真っ先になくなる物だ。だってそれを履いて人は出て行くのだから。
 
 ……出ていってない。まだ家の中に居る。そしてそれは屋根裏に。息をひそめて人間を見張っている。
 
 背筋がぞわりとした。ただの自分の妄想、真実でもないのに。
 いい納涼になったとほくそ笑み、わたしは恐怖映像の続きを楽しんだ。

(了)

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