1983年 東京ディズニーランド⑨

9.大失敗

フープ・ディ・ドゥの開演から3日目の月曜日の夕方に初めて僕たちサブメンバーのための舞台稽古が実施された。
プレオープンや開園のためのオープニングショーのためにフープの舞台稽古は延び延びになっていた。とりあえずレギュラーメンバーでの舞台稽古は開園前に行われたが、ダブルキャストやトリプルキャストのための舞台上でのリハーサルは延び延びになっていた。
リハーサルルームでの稽古では手持ちの小道具は使用できたが、ステージ上にある木箱や樽などの西部劇に出て来る様な大道具は使用していない。シックスビットがドリーをリフトして木箱に乗せたり降ろしたりの動きは何度も繰り返してきた。だけど実施にはステージでの舞台稽古でしかできなかった。案の定、シックスビッツ役の二人とドリーのダンスのパートでの舞台稽古では苦戦した。
リフトはできるのだが音楽に遅れてしまい、次の踊り出しが遅れるのである。その部分以外は順調に進んだ。予定よりかなり遅い時間まで繰り返して稽古したので、かなりタイミングが取れるようになった。
やっとフォレストのOKが取れ、舞台稽古は終了となった。僕は初めてのプロの舞台である上、二役をやるので何度やっても安心できない。
緊張が日増しに高まって来た。デビューなのに初日が2回もあることがプレッシャーになっていた。

4月の後半から道化役のシックスビッツとダンサー役のジョニーも何とか大きな失敗もなくデビューを済ませた僕は少しずつ役を演じることが出来るようになった。毎日緊張した面持ちで楽屋入りする僕は一人でぎこちない表情をしながらその日の役のセリフをブツブツ繰り返すのが日常となっていた。

「ヘイ、ユースケ、ハウ アー ユー ドゥーイン?」
「ファイン。」
「アー ユー OK? トゥデイ?」
「イエス。イエス。」
そんな僕を見かねてか、アメリカ人キャストたちは次々に簡単な挨拶で僕の緊張をほぐしてくれた。その優しさが嬉しいけれど、プロとして独り立ちできていない自分が腹立たしかった。

6月のある日、想定外の出来事が起こった。
シックスビッツの役で、いつも通りにオープニングを始めた。
今日も会場は二階席までぎっしり満員だった。
以前に比べると客席のゲストの顔を見る余裕はできる様になっていた。
6人が一斉に歌って、にぎやかに踊る。踊り終って僕はいつものセリフを客席に向かって言った。
「腹も減るよな~。腹ペコかい~?」
今日のゲストは皆、笑顔である。特に一階の前列席の各テーブルのほとんどのゲストはニコニコ顔だった。
しかしニコニコ顔の割に声の反応が無い。
「どうしたの?今日のお客さんは照れ屋が多いのかな?腹ペコだよね?」
一番前のテーブル席の中年の男性に向かって問うた。
相変わらずニコニコしたまま無回答である。僕は次に進めないので焦ったが思い直して対象を2番目のテーブルの左端の若い男性に向けて問いかけた。
「待たせたから腹ペコだよね?」
相変わらずニコニコしながら無回答である。
もう一度、若い男性に向かって
「どうしたの?照れくさい?今日のお客さんは照れ屋が多いのかなぁ?
それではディナーを始めてもイーかなぁ?」
「・・・・・」
これでも無反応である。仕方ないので三番目のテーブルの真ん中に座っているひときわニコニコしている若い女性に向かって
「貴女はお腹がすいていますよね?ディナーを始めてもイーかなぁ?」
ニコニコしているだけで無回答のままだ。パニックに陥った僕は、この一分足らずの時間が一時間にも思えた。始まったばかりなのに冷たい汗がしたたり落ちて来た。
「えーっ、今日のお客さんは照れ屋さんばかりだね?みんなお腹すいていないの?」
的確なアドリブが浮かばないまま、必死に台詞を繰り返した。今までに経験の無い事態なのでドリーからのフォローもない。どうしようもない。仕方ないので一階を諦めて二階席に向かって言い放った。
「お腹すいていないなら今日のディナーはお預けだよ。それでも良いの?食べたかったら返事して頂戴。腹ペコかーい?」
二階席の中央の奥、照明作業席から声が聞こえた。
「腹減ったよー。」
照明さんの控える奥の部屋からの返事が返ってきた。
「じゃー、勝手に食べな。」
やっと言えたキッカケ台詞によって、生演奏がスタートした。
舞台袖に引っ込んだ僕は目眩がしそうだった。ステージマネージャーが
「ユースケちゃん、どうしたの?時間が掛かったね?冒頭からすべったみたいだったね。もっとテンポよく行こうね。」
「ええ。でもお客さんはニコニコして、こちらを見ているのに何も回答してくれないんですよ。」
「今日のお客さん、ちょっと変だったわ。」
ドリー役のイズミも不思議な客席の雰囲気を感じたようだ。
メイン料理が運ばれたので、進行通り我々キャストは客席に降りて行った。
いつも通り、シックスビッツとドリーは一階席の前のテーブルの方からゲストたちに向かって挨拶をする。
「こんばんわ。今日のディナーは如何ですか?」
「・・・・。」
相変わらずニコニコしながら無回答である。そこへ反対側のテーブルから男性のお客が僕の方に向かって走って来た。
「すいません。
みなさん全員、台湾人なのです。日本語が分かりません。」
「えっ、そうなのですか?」
「はい。一階席のほとんどが台湾からの団体なのです。」
僕は唖然としたまま
「グッド イーブニング。」
と挨拶を英語に変え、早々に客席を後にした。

スタッフルームにキャスト全員が戻ってきたので今日のお客さんがほとんど台湾人だと告げた。それを聞いた女性ダンサー役のジョージョーンが英語で言った。
「日本人と、他のアジア人の見分け方はあるのよ。」
「えっ、何が違うの?」
イズミが聞いた。
「男性はあまり判らないけれど、女性の場合、かわいい靴を履いているのが日本人。そうじゃないのが他のアジア人で間違いないわ。」
アメリカ人の意外なアジア人の見分け方に改めて唖然とした。
後半はいつもの流れでテンポよく進んだが、オープニングでの失敗はアドリブ力の無さを痛感させる出来事となった。 

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