結局「学生」って何だったんだろう

なんとなく親の言う良い高校に入り、とりあえず親がお金を払ってくれるという進学塾に通い、親や担任がすすめるままに偏差値がなるべく高い大学を受験し、なんだかんだ大学生になり、お金が欲しいからアルバイトをし、単位がとりやすい授業の情報をみんなで交換して、時期が来たから就職活動をして。

いわゆる”ふつうの”大学生って、こんなもんだと思う。

残ったものは何?
卒業式の日に、とった授業の内容で面白かったもの、覚えている?
授業で習った知識で、社会人になったときに役に立っているもの、ある?
覚えていない人、なにも役に立っていないと感じる人が多いのが、少なくとも周りや社会を見ていての感覚だ。

大学もそうだし、高校もそう。
(a+b)^3の展開を青チャートで受験期に必死で覚えたけど、いま公式で即答できるかというとひとつも思い出せない。(ふつうに3乗することはさすがにできるが…)
古文の語尾の活用って、なんのためにあの表を暗記したんだろう。

学校の授業や講義で習うこと・教わる知識が人生の役に立っている、と実感し、勉強して良かったという満足感を得る場面になかなか出会えない。

となると、学生って何なのだろう。

「勉強が仕事」とはよく言うが、仕事であったはずの勉強は、いったい人生のどこで役に立っているというのだろう。
大学生の本文は勉強と言いながら、「この勉強楽しい!」と心から感じながら勉強を楽しんでいる大学生って、全体の何割なんだろう。
高いお金を子供の教育費にかけた親はそれに対してどう思うんだろう。
この3年間はなんなんだろう。

「学生の本文である勉強は、別に人生に特に役に立つものではない。苦しいし興味がなくても、勉強するという行為それ自体に意味があるのである。苦しい勉強に耐え抜くことで、一人前の社会人となる準備ができるのである」なんて非常に意味がわからないことを言ってくる大人がいそうだなぁなんておもった。

内容にはまったく意味がない勉強を強いられるって、学生も苦しい職業だ。

義務教育の読み書きそろばんは置いておいて、高校大学の勉強って本当になんなんだろう。

内容が人生の役に立たないのなら、勉強したい人だけがすればいい。
高等教育の内容が人生の役に立つと思う人、そしてその内容を生業にしたい人は、勉強すればいいのではないのだろうか。

ちなみに私は経済学を学びたかったから進学した。
「とりあえず大学に通って楽単で揃える人たちとは違うのよ」と主張したいわけではないが、私は自分の意思で選べた、ということは自信に思っている。

学歴社会はほんとうに早くなくなればいいと思う。

この一言に集約される。

そうすれば、
・勉強内容に興味がないが、良い会社に入るために進学し、我慢しながら勉強しなくてはならない人
・勉強内容に興味がなく、むしろ他のことに興味があったから進学せずにその道を選んだが、学歴のせいで自分の思う人生が歩めない人
・「子どもを良い会社に入らせるために、まずは高学歴の大学に入れよう!」と子供の人生を左右する親
・そんな変なプライドだけが高い親たちの全く無意味な競争
などなど、幸せに生きるために不要なものたちが消えると思う。

誰もが自分の興味のあることに専念し、自分の強みを発揮できる世の中になればいい。

その方がみんな幸せだ。それにきっとその方が経済も回るんじゃないか(知らんけど)。

まとめ
①勉強が好きな人は勉強すればいい
②その知識で食べていきたいなら勉強すればいい
③学歴社会ってなんなの。

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とあるポエムの大会で大賞をとっていますが、日記ばかり書いています。 �現実的に、非現実的だと思っていたことをすすめていきたい。