「紅月の殲滅者」第3話
「──さて、若人との話も飽きた。そろそろ終わりにしよう」
黎明の指を一本だけ突き出し、堂本楽の方に向けた。まるで死刑宣告をするかのように真っ直ぐに向いている。
すると、ゴゴゴと大地が鳴く音が響いた。彼が見上げると紅月が彼の方に向かって堕ちてきていた。
大気中が震えて、周囲の温度も上がる。
「大鶴ッ!!」
急いで式紙を先程とは別個体を発動し、慌てて彼は飛び乗った。猛スピードで彼は大空に待った。
しかし、紅月はどこまでも追い続ける。
「なんなんだよ、ほんとに……ッ!」
紅月は瞳のように見えた。巨大な月がどこまでも彼を追い続ける。
(月を落とすなど出来るわけがない!! だが、あれは幻じゃない、確実に俺は死ぬッ)
大空を翔ける鶴も星の落ちる速度には敵わない。
(本当に、本当に……これは、この男は大先生が言っていた『安倍晴明』!)
「──紅月墜下」
堺黎明が最後に呟くと堂本楽は鶴ごと一緒に月に飲み込まれた。塵すら残らずに焦土と化した。
安倍晴明。彼の一般的な異名は『陰陽神』と言われている。
だが、安倍晴明は平安時代の一時、別の名で呼ばれていた。
──その名を紅月。
「小僧の体、これは特異なものか。魂の在り方すらも。お前は陰陽師になれ。小僧ならば我を越せる陰陽師に……」
彼の白髪が徐々に黒髪に戻っていく。それと同時に真っ赤な眼も黒い眼に巻き戻っていった。
それと同時に摩訶不思議な世界は幻想のように消えていく。
■■
「いやー、まさか土御門家が崩壊してしまうとは」
「これって、どうなるんですか?」
倉橋蒼は崩壊した本殿の後片付けを行なっていた。土御門月もその片付けの手伝いをしている。既に月も土御門の人間だからだ。
「うーん、取り敢えず全国報道はされるでしょうね」
「マジですか」
「そりゃもう、土御門本家はそもそも『災害指定地域』に入ってますからね。そこに侵入をしてきて、本家を崩壊させたなんて大ニュースですよ」
「災害指定地域ってなんだしたっけ?」
「えっと術式が付与された土地のことですね! ではではここで、土御門家になったばかりの月さん、術式のおさらいです! 術式とは陰陽術の使う時の能力の大元です。印、言霊、そういったプロセスを得て、自らに能力が使える元を付与する。その元が術式」
「それは習いました。プロセスが正しくても術者本人が未熟であれば失敗もするんですよね」
「その通り! 本来なら術式とは生き物の体に付与するのが一番安定して出力が出せます。とは言っても凄腕の術師によって出力も変わりますが。ですが、生き物が一番安定はするのです」
倉橋蒼は先生になったかのように雄弁に語る。月は目をパチパチさせながら聞きに徹していた。
「さて、ここで私のさっきの言葉に戻りましょう。災害指定地域とは土地に術式を付与している地域のことです!」
「なるほど。あれ、術式は生き物じゃなくても付与ってできるんですか?」
「あくまで安定して一番ポテンシャルが発揮出ると言われているのが生き物、であると言うだけで付与できないわけではないんですよ。まぁ、普通は自分の体に一個の術式を刻むのが精一杯なのですが、天才に理は通用しないです」
「なぜ、そんなことを……」
「それは土御門家を守るためでしょう。一般に出していない本家のみの術式、そう言った物も保有をしています。まぁ、陰陽師として才能ある一族ですからね、あらぬ争いがあり、人も貴重なので失うのは厳しい。土御門と言うのは昔からそれだけ特別扱いの家でもあったのですよ」
「……じゃあ、今回の襲撃者って」
「相当の手だれであったと言うことでしょう。災害指定地域の術式が無効化されていたらしいですから」
二人は先ほどの襲撃者である堂本楽と言う人物のことを思い出した。圧倒的な力と術式を保有していた。
「あの、堂本楽? って誰だったんですか?」
「現在、土御門家にて最強、安倍晴明に最も近いと言われている。土御門泰親、その同級生だとか。かつては神童とまで言われてたらしいですが任務で行方不明になり、死んだと思われていました」
「それが、急に現れた……私と太陽と狙って」
「うーん、それが分かりませんよね。狙ってたと言っていたのに『なんで、何も獲らずに消えてしまったのか』」
二人の疑問はもっともだった。堂本楽は土御門家を崩壊、そして当主や術師を全て倒したと言うのに何もしなかったのだ。全員が目を覚まし、意識を取り戻した時にはただ壊された本殿が残っており、それ以外は何も取っとはいなかったのだ。
「トラブルがあったとかですかね?」
「うーん、現在土御門家の術師は他にいないですけど。災害指定地域の術式まで無効にしたくせに何も取らずに出ていくって、動きの意図も意味も分かりません。太陽様と月様を連れていくのも容易であったはずですし。それに、こちらの状況を細かく理解もしていた、想定外が起こるような状況は土御門家も相手側にもないような」
「……土御門家でも、堂本楽でもどっちでもない異分子がいたとしたらどうでしょうか?」
「そんなのいます?」
倉橋蒼にそう聞かれて、月は思わず……堺黎明を思い浮かべた。彼は崩壊した家の茶室に気絶をしていた。腹の部分の服はなぜか破れていたがそれ以外に変わった様子などはなかった。
「もしかしたら……いや、そんなはずはないか。すいません、今のは忘れてください」
「あ、はい。ただ、調査は続くらしいので何かわかればすぐに連絡します」
「はい、これからもお願いします」
「いえいえ。あ、それと言い忘れてたんですけど、私護衛クビになりました」
「えぇ!?」
「守れなかったですし。別の方が近々来るそうなので宜しくです」
「倉橋さんって、結構淡白な方なんですね」
月は倉橋蒼と言う人物のことがイマイチ理解できなかった。そして、場所は変わり、土御門本家の医務室にて堺黎明は眠りについていた。
彼以外にも怪我をした者達は居たのだが、不思議なことに誰一人として怪我をしてはいなかった。正確に言えば怪我をしていたはずが、眼を覚ませば何事もなかったかのように五体満足で一滴の血も流れていなかったのだ。
全てが夢であるかと思われたが、本殿は崩壊しており夢ではない。全ての人間は本殿の作業に向かっている。
今、寝て休んでいるのは堺黎明だけだ。
彼も怪我は一切ない。腹の部分の服が無くなっており、血痕が残ってはいたが気持ちよさそうに寝ている。
■■
『黎明……』
「……父さん」
夢を見ている。昔の夢を。
『今日から弟と妹になる太陽と月だ。仲良くしてあげてくれ』
そんなのいらない。俺は別に寂しくはなかった。普通でよかった。ただ父と普通に暮らしているだけで良かった。
父に頑張って欲しいなんて思ってなかった。見窄らしい姿になっても働いても嬉しくはない。諦めて欲しかった。
誰かに優しくすことをやめて欲しかった。
『黎明……二人を頼む』
別にどうでもいいだろと言いたかった。もう、死んでしまうのに。なぜ他人をそこまで考えられるのか。理解もできない。
俺はそれだけは絶対にできない。他人にひたすら優しくしたアンタが死ぬんだ。絶対に優しくなんてしない。でも、その姿を間違っているとは思わない。
優しくすべき人間を選んでいれば搾取されることもなかったのに……。だから俺は本当に優しい人だけを助ける。
──俺は優しくない。俺も屑な出来損ないの人間だ。
誰よりも立派な父の姿を見て、こうはなりたくないと思ったのだから。
──でも、父のような人は必ずいる。きっと俺よりも生きるべきで、俺よりも命の価値がある父のような人は絶対にいる。
だから、俺は自分の命よりも価値がある、そんな人を助ける。それ以外は死んだっていい。死場所を探す。
それが俺の──
意識が切り替わる。チャンネルのスイッチが書き換わるように俺の視界には見たこともない景色が飛び込んできた。
『兄様……!』
『何のようだ』
『僕、兄様のようになりたいのです!! 必ず兄様のように』
『そうか』
自然豊かな草原の上に二人の少年が寝転んでいる。どこか太陽と月に似ている二人だ。
一瞬だけ、それが見えた。
そして、今度はテレビが電源を切られたように急に意識が覚醒する。ゆっくりと視界に光が入ってきた。
ふと、目が覚めた。誰もいない医務室のような場所で。
辺りを見渡しても誰もいず、同時に外は少し騒がしい。あれから、何が起こったのかよく覚えていない。自分は死んだと思っていたが生きているようだ。
それに驚きつつも、死場所はあそこではなかったのかと理解した。
体を起こして、眼を何度も開けたり開いたりする。
すると……
『目が覚めたか。小僧』
「なんで、まだ幽霊がいるんだよ」
目を覚ました俺の元に、再び幽霊が仁王立ちし、腕を組んで立っていたのだ。なぜこいつがまだいるんだ?
「小僧、お前は陰陽師となれ。我が才能は保証する」
「はぁ?」
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