我が家の一つのシステム紹介。「向き合う」時間をルールで作る。
わかってるようでちっともわかってないこと、長い時間を一緒に過ごしているのに少しもその人そのものが見えてないこと、そんなことがありませんか。
私はあります。
自分の家族に対してもそれは同じで、例えば子供時代にずっと一緒にいた実の姉(2歳年上)のことがわかってきたのは20歳を超えてから。何を楽しいと思うのか、周囲の人に対してどんな思いを持っているのか、どう傷ついているのか。
見ているようで、見ていない。
これをどうしたらいいんだろう。それを長いことテーマとして抱えていました。
時々思い出すことがあります。
姉・弟のことがちっともわかってなかったのに、親には自分はわかってもらっているという自信があった理由があるとすれば、母が時々私だけを連れて美術館に連れて行ってくれていたこと。
有名な絵画の巡回展が福岡市の美術館に来たとき、母がよく連れて行ってくれていたことを思い出します。
飲食店を経営していていつも忙しい母が、晴れた日曜日に私だけを連れて行ってくれた大濠公園の美術館。喫茶店で注文してくれたクリームソーダが私の中に大きく「YES」と光るのです。
そんなことを思い出すので、人数が多くて一人一人と向き合うことが難しい我が家には、ひとつのルールがあります。
「小学一年になる前の春休みにママと二人旅をする」(パパでもいい)というルール。
4年前にも長女が小一になる前の春休みに二人旅をして、2年前にも長男が小一になる前の春休みに長女&長男&ママと3人で旅に出ました。
さあこの春は第三子の出番です。もうすぐ小一になるSくんを連れて旅に出る予定を立てました。そんなことをしてる場合か?と仕事の予定はぎしぎしと言うけれど、やると決めたらやるのです。
「旅は、行くか行かないか」だと言ったのは誰だったでしょうか。「行けたらいいな」では旅は決して始まりません。
・・・そんな時に限って自分で髪を切っちゃうのが子供ーーーー!!!前髪が謎のラウンドカットになったSくんを連れて、大阪に弾丸旅行です。
「かっこよくなると思った」(Sくん談)
5分に一回「もう着く?」と聞いてくるSくん。彼にとって2時間半とはほぼ永遠。「旅が終わっちゃう」と泣きそうになっている。
着いたら大雨だーーーーー
本当は二人旅のところ三人旅になってるので、長男Rくんはパパに言われていました。「今回はSくんの入学祝いの旅行だから、やりたいことが各々あってもSくんを優先するんだよ」
子供達はみんな我が家のルールを理解していて、留守番を言い渡された長女も「自分の時も特別に連れて行ってもらったから」と駄々をこねずに諦めていました。
順番に特別扱いをすることが、全体のバランスをよくすることがあるとわかります。
USJに降り注ぐ冷たい雨。傘は一本壊れて、靴は濡れて、ズボンも濡れて、逃げるように入ったレストランでは大好きな白いご飯がなくて。
ジョーズが怖くて、道に迷って寒くて、乗りたい乗り物が身長制限で乗れなくて、転んでお尻を打って、走って転んで擦り傷を作っても、それでも一言も弱音が出てこない兄弟の背中は、「これはぼくらの冒険だ。辛いことがあっても誰かのせいじゃない」と言っているようでした。
大丈夫かなあ・・・と一番心配だったのはお風呂です。
ホテルにある大浴場に行きたいけれど、次男はまだしも小3になる長男を連れて女湯に入るのはためらわれる・・・。そう思っていたら、「僕がSの体も髪も洗うから大丈夫だよ」としっかりした目で言うRくん。
ほんとうか・・・!?できるのかな・・・!?
決して大声を出さないこと、お風呂で泳がないことを約束して、女湯と男湯に別れました。
一人だけで入る女湯・・・・・・・・最高だ!!!!
ものすごく久しぶりに自分のためだけに大浴場(女湯)に行けて感慨深く、なんだか泣けてきました。いつも家族旅行の時は6人〜8人の団体で、お風呂でも末っ子4歳のWちゃんの担当で、ゆっくり大きなお風呂に入ることは叶わないのですが、今回ばかりは長湯ができました。
「9時までには部屋に帰って来るんだよ」という約束もしっかり守れて、朝の目覚ましでもしっかり起きて、なんだこのしっかり者コンビは?
いつものダラダラはどこへ?そんな顔してたら二人が言います。
「ママがうっかり者なの知ってるからね」
いつもどっちがエレベーターの行き先階を押すかで喧嘩するのに。
毎晩どっちが寝る場所を先に決めるかで喧嘩するのに。
いつも兄弟は個人ではなく「兄弟」としてひとかたまりで扱われ、親も「やらなきゃいけない」「やらせなきゃいけない」ことに追われます。個々人の思いを丁寧に聞く時間が持てない毎日。
その毎日から少し脱線して、3人で戦う少人数の冒険ルートでは、彼らはちゃんと自分でやりたいこととやれることを言葉で伝えられる頼りになるメンバーになっていました。
いかに小さくても、自分の行動がこの冒険の命運を握ることを知っているのです。
お店から出る時には「忘れものはないかな」とチェックする長男。乗り物に乗る時はアルコール消毒をしっかりする次男。
こんなに色々気がつく子達だったかな、とやっぱり毎日見ていても気がつかないでいたことを感じます。
ジョーズは怖かったけど、夜じゃなくて昼間にまたジョーズが見たくて1時間並ぼうと言うところや、ハリーポッターの魔法使いになりたくて、自分が上手くできたら他の人にも教えてあげているところ、新しいこだわりや新しい「楽しい」の顔をたくさん見ることができました。
いつも把握すべき人数が多くて、仕事が多くて、「ちょっと待ってね」ばっかり言ってるけど、この旅ではしっかり希望も話も聞くことをテーマにしていました。
ママはろくに話を聞いてくれないのではなく、聞いてくれる時もちゃんとある、とせめて思ってもらえたら。
親がいつまで健在かわからない。永遠に堅牢な土台などない。でも心の中に「YES」と光る自分の土台を持ってもらえたら。
遅い時間に新幹線は東京に着き、へとへとになって帰り道を歩いていたら第四子のWちゃんが走って迎えにきてくれました。
おみやげのクッパJr.のぬいぐるみをニコニコ抱いて「Wちゃんもここに行きたい!」
Wちゃんだけはまだこのルールがわからず、なぜ置いていかれたのか不満そう。それでもちゃんとシステムを説明します。次は必ず一緒に行こうね。
「Wちゃんは2年後だよ」と次には置いていかれるRくんは言います。2年後のママ旅では、第三子Sくんと第四子Wちゃんが旅に出る番だと理解しているようです。
システム化して、敢えて「そういうルールだから」と予定を組むこと。
一人だけに集中して愛情を注ぐ時間と機会を作ること。
それをきちんと説明すること。
我が家が取り入れているシステムは、「旅に行くか行かないか」という逡巡を排除し、決まりとして機能しているのでとても楽。
それはクリスマスのように、オリンピックのように、小学生でも保育園生でもないふわふわした春の、小さいながらに大事なイベントです。
それでも、向き合う時間を作って「わかった」と思った瞬間から「わからない」はまたスタートして、きっとずうっと「わからない」とは付き合い続けるのでしょう。
「あんたのことはよーくわかった」が決別の言葉に思えるように、「わからない」と思い続けられることこそ愛情だとも思うのです。
たくさん走り、たくさん転び、たくさんデラックスな乗り物に乗り、たくさん失敗もし、たくさん忘れ物をするママ旅、2年後にまた頑張れるように、タフでいなければ。
多分、この旅を一番大事に思ってるのは自分なんですから。
今回身に染みてわかったのは、 Sくんがおもちゃ(今回は持参したソフトブロック)をとても大事にしていると言うこと。
「おもちゃ」と言ってはいけないな、とも思いました。彼にとっては、ドラゴンであり船でありカブトムシであり剣であり、どこまでも飛んでいく飛行機であるのだと、大事に七変化させている姿を見て感じました。
スマホ台にもなる・・・・!
今回も行かせてくれて、祖父母と残された姉妹の世話を一手に引き受けてくれたパパに感謝。ありがとう。
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末次由紀のひみつノート
漫画家のプライベートの大したことないひみつの話。何かあったらすぐ漫画を書いてしまうので、プライベートで描いた漫画なども載せていきます。
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