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#9 売春問題座談会 行政 vs 特飲店業者 本音を語る

1.座談会の目的と座談会参加者

 売春防止法の施行があと1ヶ月に迫った昭和33年2月27日。翌日の2日間にわたり大和タイムスでは「売春問題座談会」と題して、県の対策委員や観光協会長、特殊飲食店経営者の座談会を開いた。赤線廃業を目前に控え、明治以降80年以上続いた近代遊廓の終焉について関係者は何を思うのか。法案成立から、施行まで何があったのか。新聞社という中立の第三者を置き、普段対立している人たちの本音を聞き出すことを目的としている。とても興味深い内容だったので紹介する。

いかに迎える 生涯最悪の日
 来る3月15日には様々な問題を織り込みながらも、県下赤線地帯のネオンが一斉に消されることとなっている。数百年間、生まれるべくして生まれ、育つべくして育って来た日本の公娼制度だったが、ここに廃止の歴史的な日を迎えるわけだ。一般女性にとっては「史上最良の日」であろうが、この日を「生涯最悪の日」として迎える人も多い。直接には業者。関節には取り締まり当局、行政さらに補導当局、いずれも職務柄とはいいながらシンドイ思いに頭を抱えている。以下はこれらの人に語ってもらった「いかに迎える生涯最悪の日」の種々相。



【司会】
県においては3月15日、まさに歴史的な日を迎える。ところで公娼制度は廃止されるが、売春の事実は絶滅しないと見て良い。ここに諸問題が誕生してくる。果たして売春はどの程度防止できるのか。業者の転業をどうするか。接客婦たちの更生はうまくいくか、などである。お集まりの方々は対策推進委員、業者、警察当局、県行政担当者・・・いわば歴史の日から犬猿の立場に立つ人々の座談会と言ってもよい。この席上の発言は治外法権(笑)として、それぞれの立場からの率直な意見を聞きたい。

売春問題座談会出席者(敬称略・順不同)

 谷井(奈良市観光協会長、県売春防止対策本部売春対策推進委員)
 加藤(県婦人児童課長)
 中岡(奈良市木辻カフェー営業組合長)
 吉田(県警本部防犯統計課長)
 豊田(郡山市洞泉寺特殊料理業組合長)
 松田(同岡町特殊料理業組合)
古川(同岡町特殊料理業組合事務所員)
 本社側 編集局長補佐 中西ほか


2.奈良市観光協会会長が見る問題点

【谷井】最新の注意が必要
 私が推進委員の交渉を受けたときこのような意見を述べた。率直に言えばこの法律が失敗に終わるのではないかということである。このことはたとえ制度が廃止されても、売春は無くならなぬのではないかということで、現在ここに生活しているものがどの方面に流れるか街笑婦として地下に潜る憂い、これに付随するポン引き増加の憂いである。奈良は特に観光地である。R・Rセンター(米軍の慰安施設)のあった時代、ポン引きが縄張り争いで6、7人も殺され、修学旅行も奈良はタブーということになった忌まわしい思い出がある。
 また今までお客になっていた人たちの問題で、金のあるのは何らかの方法を取るだろうからいいが、経済的に余裕のない労働者はどこでこの処理をするのか、どこにハケ口を求めるか。悪くみれば性犯罪が多くなり性病の蔓延も考えられる。このような結果を招くなら、好ましいものとは言えないまでも、このような地帯を無くすのは感心できないことではないか。無くすにしても徳川時代から続いたものだ。政治家ももっと慎重にすべきではなかったか。こうした考えを述べて推進委員を受けたわけだ。
 私は花柳界の裏も知っているが委員となってから、もう一歩突っ込んだものを知ろうと思い、県下はもとより名古屋方面まで足を伸ばし、実際自分の目で転廃業の情況を見きわめ、対策会議に臨んでいるわけだ。今まで売春婦といえば外出にも男衆がつくとかして自由が束縛されていたが、今は全く自由で、映画や買物はもとより、休暇や里帰りも制限はされていないようだ。実際登楼して聞いたのだが、奈良の場合、41歳と23歳の女のこの世界に入った動機は、41歳の女の場合、福岡の人で夫は病気、お母さんと6人の子供を抱えて一家心中の相談をするまでに窮迫した。それで夫に内緒で奈良に出てきた。毎月2万円を送金、上の子供は奉公に出るまでに成長、小さい子は市内某所に一室を借りて養育できるようになった。夫はその間に病気が重くなりついに死んだ。このような働き場所がなかったら一家心中していただろうと語った。
 23歳の女は事情を異にしていたが、補導所へ入って新しい仕事を見つけるなどという殊勝な気持ちは到底持ち合わせていない。着物を買ったり、仕送りしたりする収入は絶対ないだろうから、と言っていた。他の女も大体この意見のようだ。

一足早く転廃業した名古屋の中村遊廓
 また12月15日に一斉転廃業している名古屋の中村遊廓を視察すると、ネオンも消え、人通りもまったく絶えて、これがあの栄えていた中村の町かと思われるさびれかた。旅館、トルコブロがところどころあったが、さみしい限りだった。これは八幡も同じ状態だった。この反面、早くも街笑婦が増え男3人が裏通りを歩くとポン引きが盛んに誘惑しにくる。女店員だとかなんとか言って、好奇心を誘うポン引きの言葉に乗ってみると中村に勤めていた売春婦であった。旅館にも泊まったがそこでも融通の効くようなことを匂わせていた。
 奈良も観光県として、このような状態になったらどうなるかと心配だ。名古屋においてこのような方向が出ていることを考え、広く社会を眺めて、県の当事者は最新の注意をはらい、より良い線に沿って行政をやってほしい。一方的な厳しさは色々な弊害を起こすことになるだろう。政府に反バクするのではないが、衣装代・借金の棒引きなど個人的貸借まで破棄せよというような代議士が、この法を決めたということは失敗の一歩となるだろう。これは決して業者の代弁をする意味ではない。

3.県婦人児童課長 加藤氏「これで文明国の仲間入り」

【司会】
 まことにハッキリした意見だ(笑)加藤さん、一つ遠慮なく県の立場を述べていただきたい。

【加藤】
 谷井さんの意見は一応考えられることだ。しかしそれは過渡期の現象ということができる。今まで何百年の間、小さい時から「女は金で買えるものだ」という社会通念を植え付けられてきた。これがぬぐわれ本当の男女同権がみとめられ、婦人の地位が向上することはそう遠い将来のことではないだろう。これは非常な進歩だと思う。売春を許しているのは、現在世界でもトルコと日本だけだ。文明国としてまったくはずかしいことで3月15日に赤い灯の消されることは文明国の仲間にはじめて入れたということになる。
 この赤線廃止で接客婦たちはどうなるかという心配だが、県下の売春婦236人に直接当たって聞いてみると、結婚する52人、就職する82人、郷里へ帰る89人となっており、13人が見通しがつかないと言っている。これら婦人保護施設は20人の定員を用意しているから、これらの人はここに収容して将来を考えてやり、一人でも多く更生させたい。この心がけで四名の婦人相談員も懸命にやっている。

整った更生への道
【司会】
 自分たちは手に職もないし、お金もない、帰る郷里もない、結局またどこかで身を売らなければ・・・。あるいはまた男性への復讐だと言っているような相当ひどい捨てばちな考えを持っているものもいるようだが、果たしてこれを指導できるだけの受け入れる力があるだろうか、大変だとは思うが、見通しはどうか。

【加藤】
 だいたいいけると思う。これには県や政府も対策を立てている。県でも49万1400円の予算で技能修得、仕度、生活資金を年3分の利子で貸し付けるほか、22000円の予算で2500円程度の衣類を与えるなどのことを考えている。また性病を根絶して一般社会に送り出すため、一斉検診と治療を無料で行うのに、性病特別対策費26万2千円を見込んでいる。一番大切なことは、これらの人たちをお互いの福祉のためとあたたかい目で見てやることで、それが彼女らの更生への道を早めることになる。

【谷井】
 50人が結婚するとか、90人が郷里へ帰るとか言っているが、果たして結婚できるのかどうか、郷里へ帰って果たして何ができるかが問題だ。実際の売春婦たちの話と相当違うようだ。名古屋の中村の売春婦が、街笑婦に大半流れ出していることは、これらの女が正業につけなかったことを物語っている。大阪でも収容所に入るのは一人か二人だと聞いている。彼女らは収容所に入ることを経済その他の面できらっているわけだ。
 また、貸付金も3分の利子で引受人がなければ貸し付けられないが、誰が引受人になるか。元の雇い主もどこへ行くかわからぬ人にハンは押さないだろうし(笑)ましてよく知らない他人は・・・。

【加藤】
 他県の例は大いに参考になるが、県の婦人相談所には毎日3・4人の人が訪れ、真剣に相談している。いろいろな誘惑はあるだろうが、相談はここでとやかましく言っており、おいおい忙しくなっている。

4.(私見)保証ない強制転廃業の問題

 ここまでの加藤氏の主張には、なるほどと思えるところもある。とくに「女は金で買える」という社会通念や慣習をここでキッパリと断ち切ることの正当性だ。もちろんこれでほんとうに男女同権がかなったかどうかは、現在の日本の状況を見ればよく分かるが、たとえわずかでも「新たな一歩」だったことは確かである。
 問題なのは、廃業後の保証がないということだ。公娼制度はそもそも貧困に喘ぐ女性たちのセーフティーネットとして機能していたはずだ。しかし政府は彼女らになんの保証もせずに、ただその仕事を禁止した。現在のように女性の社会進出がまだ進んでいない時代だから仕事は少なく、母子の福祉も充実していない時代。帰郷したとしても出戻りと揶揄され、性売買に従事していたことは、たちまち村の噂になってしまう。今に比べて子供の数も多いのに頼れる親や親族もない•••。同じく「子を持つ女性」として、私はこの状況に置かれた彼女たちの絶望感や心細さを想像してしまう。

 また「更生させる」と言う考え方にも私は反発を覚える。更生とは現代なら「悪いことをした者」に使う言葉だからだ。彼女たちにかける役人の言葉としては「生活を立て直すサポート」や「再出発の手助けする」が妥当であっただろう。しかし当時の社会通念では、接待婦は「更生させないといけない存在だった」ということがわかる。「更生させる」という考え方だから、生活を保証する必要もなかったのだろう。

5.赤線廃止後の違法な性売買への懸念

【司会】
 この辺で防犯問題に切り換えたい。これからの取り締まりに当たる防犯当局はまったく御苦労千万だと思う。取り締まりはどのように進めたら一番いいのか、方針を承りたい。

【吉田】
 これは非常に大きな問題だ。ただ言えることは好む好まざるとに関わらず、法治国の警察官は法に定められたとおりの取り締まりを実施しなければならないということだ。売春取締まり法の基本となっているものは、人権尊重と民主主義の原則に反するこの制度をなくし、婦女子を保護するという精神にある。この建前から「売春をさせる業」が一番悪いとされ、これには強盗と同じ懲役十年、罰金三十万円という極刑でのぞみ、それも両方合わせて科す、という厳罰になっている。結局しなければならない人には保護を、利益を得ようとするものには厳罰をもってのぞむわけだ。このほか場所の提供とか仲介とか罰則はいろいろと規定されている。問題は、このような犯罪の形態を観光地としての事情のもとで、どう取り締まるかにある。◼️検などの行き過ぎで観光客に迷惑をかけ、奈良へ行ったら安心していられない・・・などの非難を受けぬよう科学的合理的に捜査を進めたいと思っている。観光県だから取締まりを緩くすると言ったような考えは絶対もっていない。要は頭のいい(笑)取締まりをしなければならぬ。また県のこれからの情況について予見できないが、業者もおそらくきれいな転廃業のため苦労されていることと思う。事態に応じた取締まりをするために売春対策本部を設けている。警官の定員は現在決められたままだが・・・。

【司会】
 赤線地帯の監視よりもこれから増える青線、白線地帯に重点を置かなければならぬのではないか。

【吉田】
 本部長の意見でもあるが、赤線がなくなるのに青、白線で一儲けするなどという事態が起こってきてはもってのほかだ。昨年から取締まりを強化、奈良市、十津川、下市、吉野、五條の各署でもすでに摘発している。現在は業者への警告もあってか、まずまず自粛しているようだが、2月中にはこの警告も広く行き渡るだろう。県下のどの場所でも、法に触れる行為があれば徹底的にやる覚悟でいる。(『大和タイムス』昭和33年2月27日)


6.赤線業者の本音「人権を無視した昔の公娼制度ではない」

【司会】
 業者の方にお聞きしたい。永年の家業を捨てなければならぬご心情のほどは察するに余りある。ご不満でも結構です。お考えのほどを・・・。
【中岡】
 まず今まで続けられていた営業が売春を強制し、人権を無視した昔の公娼制度そのままだったという考えを取り消して欲しい。戦後は客の選択権は本人が持っているし、嫌な客なら拒否でき、外出も自由にできた。昔のような自由束縛はなかったと言うことを強調したい。しかし法治国家の一員として、法ができた以上、潔くこれに従う覚悟はできている。だが政府のやり方にどうも矛盾が多い。この売春防止法は確かに進歩であり、革命であると思っている。この点には全然文句はない。ただこのやり方だ。納税についても従業婦の人数からきっちりと取上げ取り立てられた。私たちは大いに協力したと思っている。進駐軍が来た当時は一般女性のタテということで売春婦を供出せよと言われた。散々利用しておきながら何の補償もなく切捨御免で禁止する。正業に就くというのは業者も望むところだ。しかし補償もなく懐は乏しい。何をやるにも現在の家屋を最大限利用して最小の補修でやるより手はない。将来の見通しは全くなく、五里霧中というわけだ。しかし私たちは何とかして300有余年続いた木辻の伝統を明るい娯楽街として生かしていきたいと思っている。この心情を知ってもらいたい。

【豊田】
 赤線を返上した一個の社会人として申したい。政府の業界に対する切捨御免は目に余るものがある。中岡さんと全く同感だ。私は転業について旅館をやる。ところでどこまでが売春行為かわからない。アベックにいちいち尋ねるわけにはいかないし。宿を提供したら罰せられる。いちいちアベックに確かめていたら旅館商売はお手上げになるだろう。また風紀が乱れるという懸念をどうするか。米国の若い青年男女の無軌道ぶりのようになっても良いというのか。これだけならいいが、自由に愛人を求められない人が性のハケ口をどう求めるのか、性的犯罪が増えるだけだろう。赤線の女が青線、白線地帯へ流れて法を無視する人の手に落ちたら現在以上の悲運に見舞われるだろう。それこそ社会は混乱して濁流の世になるだろう。

7.生活に結びつかない支援は無に等しい

【中岡】
 率直に言って二つの疑問がある。結婚するとか就職するとか、という数字を加藤さんが挙げられたが、業者の私の目から見ると青線・白線に転落するものが大部分だと思う。これは経験と勘でわかる。生活と結びつかない支援は無に等しい、中には不埒な女もいるが、大半は生活のためにやっているのだから。それに未婚の青年がどこでセックスのハケ口を求めるのかという問題だ。この解決方法があるとおっしゃるのか。

【加藤】
 あまりいい考えではないが、結婚が一番良い就職だということで進めている。また郷里へ帰ることは何か問題があって家庭を飛び出したのだから、その問題を解決して、家庭の一員として出直させるように努力したい。それもできない人はしばらく水準を下げた生活から再出発してもらって更生させたい

【豊田】
 個々に聞けば、結婚結婚というが、実際はこれはむつかしいことだ。うちにいる二人の女の子も、一応は結婚組だったが既に八木方面の青線につながろうとしているようだ。現在、洞泉寺にいる40何人の女を見ると、二つに分けることができる。一方は子供や両親の生活を一人で背負っているもの。一方は、したい、飲みたい、着たいというナマケ心のものだ。前者は生活さえ保護してやれば更生は楽だが、後者は修身からやらなければならない。しかし、こういう生活を好むものは映画やラジオや◼️◼️の悪どい影響で増えている。男に極道息子がいるように女にもいるのだ。これを野放しにしようというのか。

【加藤】
 青年の保護育成についてはよく考えている。これは大きな問題であり、各方面の指導者の協力にもよらなければならない。

【松田岡町組合員】
 岡町の転業は旅館、料理屋、カフェーと分かれるがこれも進んでやるわけではなく前途の不安に胸の内は暗い。行政に携わる人は暖かい気持ちで見てほしい。働いていた女の子には力を入れる(支援する)が、業者は切捨御免では困る。転業のために家を改造しようとしても金はなし、今後儲かるかどうかもわからない。仮に旅館をはじめても、この“よろめき時代“だ。使っている女がよろめいたらどうなるか。必ず前が赤線だったからとイロ目で見られるだろう

【加藤】
 今度の措置は業者と売春婦の二つに分けて行われている。業者には直接の援助はしていないが、あたたかい目で国の政策を進めていきたいと思っている。

【古川】
 多額の納税を苦しい中からさせておきながら、こんどは一挙に大ナタをふるわれる。取り締まりには余程の考慮をして欲しい。方々に痴漢が出没するのではないか。現に郡山高校の学園でさえも暴行騒ぎを起こしたことがあるではないか。道路交通法を完全に適用したら商売はお手上げになるという。痴漢などのむつかしい問題もある。当局としても温情ある態度をとって欲しい。

【加藤】
 今度の法が冷たいものであると言われるが、転業対策は先に言ったように二つに分けてやっており、業者の方は5人の推進委員をたてて役人と業者の間に立ってもらって両者の摩擦をなくし、誤解の無いようにしている。

(『大和タイムス』昭和33年2月28日)

 このように、それぞれの立場の率直な意見を述べていると思う。印象としては、行政の政策をゴリ押ししたというイメージだが、性売買を禁じることはいつかは決断しなくてはいけなかったことなのだろう。

 次回はいよいよ廃業3日前の記事を紹介する。

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ヘッダ部、参考文献ともに 『大和タイムス』昭和33年2月号より
※この記事は昭和30年代のものであり、現在では不適切な表現が含まれることがあるが、当時の記者が伝えたかったことを尊重し、改変せずそのまま掲載する。
※数字は、原本は縦書きであるため漢数字になっているが読みやすさを優先し、アラビア数字に変換した。

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