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中込遊里の日記ナントカ第68回 『桜の園』終演にあたって実はの実話

(2013年8月執筆:28歳)

「演出家は孤独だ」なんていう言葉をよく聞くけれど、私には実感がなかった。演劇は一人で作ることのできないものだから、劇団の仲間とともにえっちらおっちらウンウン言いながら作っていくのが当然であり、演出だから特別というふうに思ったことはなかった。学生時代、「夜の樹」以外の場での演出家に出会うこともあったが、それは主に大学の先生であり、孤独かどうかなんてわからなかった。私はもともと俳優から演劇に入ったので、演出家というものがそもそもよくわかっていなかったのかもしれない。

さて、初めて出場した「利賀演劇人コンクール」。演劇人という名前にはなっていても、これは、演出家のコンクールなのである。コンクールの場では、「鮭スペアレ」ではなく、「中込遊里グループ」と呼ばれた。演出家である私が審査されるのだ。

私は何がしたいのか?私は演劇の場において、何に責任を持ちたいのか?これまで迷い続けてきたことである。大学受験の時も、演技コースと演出コースと劇作コースで迷ってしまった。結局演出コースに入学したのは、倍率と相談したりもあったけど(笑)演劇全体のことを考えられるのは演出コースだ!と、そう思ったからである。

その時は直感でそう思ったのだが、ああ、やっぱり演出家はそういう職業なのだ、と初めて実感したのが、今回の利賀演劇人コンクールであった。

世界で活躍している一流の演出家・芸術家の人たちと、私と同様の若き演出家たちと出会い、その姿を見ることで、今、この日本で、演出家が何と戦わなければならないのか、肉体ではまだでも、頭ではなんとなく知ることができた。

演出家はまず、何よりも戯曲と戦う。戯曲を書いた人の人生と戦う。今まで自作自演でやってきた私は、この戦いから逃げてきた。だって自分の好きなように、自分が上演可能な範囲で、書くことができるのだから。

そして、俳優と劇場と戦う。それだけではない。観客はもちろんのこと、劇場がある町の人や、政治家とまで戦う。世界を相手取り戦う。

そこまでいくと、演出家だからというわけでもない。どんな職業の人でも、真剣に突き詰めれば、世界と戦うことに他ならないだろう。それは雲をつかむような話。けれど、決して夢物語ではない話。何かと本気で戦う時、人は孤独である。それが、「演出家は孤独だ」という本当の意味。

しかし、世界と戦うことは、孤独ではあるが、決して寂しいことではない。

私は、チェーホフと、私のやりたい演劇と、音楽と、人間と、思う存分戦えただろうか?そしてそれは、世界と戦うことにつながるのだろうか?

具体的にも抽象的にも、それこそ、24時間考え続けた約1週間の利賀滞在。そして、その日々を経て、私は演劇の場で何がしたいのか?という迷いに、今のところの答えが出た。

それは、私にしかできない演劇を「どうにかして」作ることである。私が見つけた演劇の魅力を、私にしかできない方法で舞台に立ち上げる。そのためには・・・どうにかするしかない!そうか、答えなど本当になかったのだ!(笑)

いや、笑い事ではない。

今までも、どうにかしようと思って、私は、仲間を集め、演出をし、脚本を書き、舞台に立ってきた。そしてそれに確信が持てず迷いがあった。

そうだ。どんな一流の人でも、同じだ。自分のことに確信が持てず、色々なことを試してみて、挫折したり喜んだりして、今の自分があるのだ。利賀で「人」を見て、よくわかった。

だから、どんな一流の人でも、“どうにかして”ここまで来た。それを知った今、私の余計な迷いがなくなった。むしろ、どうにかすればどうにかなる!という自信が出てきたのだ。

ビジョンがある。やりたいことがある。そこにたどり着くまでの道のりを楽しみながら、情熱的に、進んでいこうと思う。そして私は演劇を通じて、真の芸術家になる。「妄想を含めた確信」は、演劇の場において最も大切なのだ。

最後に、コンクールの上演審査でお客さんと審査員に読んでもらった「演出ノート」を公開します。↓

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「桜の園」作・Aチェーホフ 訳・神西清

演出・中込遊里(東京/鮭スペアレ)

2013.7/25 利賀山房

私が4人の女優にラネーフスカヤを託したのは、ラネーフスカヤの身体を借りて、4人の女優の霊(たましい)を舞台上に拓きたかったからである。

ラネーフスカヤは「桜の園」の霊そのものだ。彼女は、桜の園が売られていくことになんの対策も打たなかった金遣いの荒い阿呆ではない。打たなかったのではなく、打つという選択肢がなかったのだ。桜の園=自分自身だからである。リベラルの女神。その姿は、滑稽で孤独で美しい。

そして、その霊に、私たち演劇をする者の霊を宿して初めてリアルが生まれる。私たちが演ずるのは、その覚悟。どこまでいっても滑稽で孤独で美しい覚悟。アートの霊溢れる利賀村でこそ演じたい私たちだけの「桜の園」。

ラネーフスカヤ1… 林みなみ
ラネーフスカヤ2… 清水いつ鹿
ラネーフスカヤ3… 宮川麻理子
ラネーフスカヤ4… 葛堂里奈

ドゥニャーシャ/エピホードフ/ロパーヒン/ガーエフ/ヤーシャ/シャルロッタ/ピーシチク/トロフィーモフ … 片ひとみ

ウタイ… 中込遊里

佐々木邦夫(mandolin) 前田治(contrabass)松岡佑子(percussion)中西憲一(euphonium)鈴木遥(clarinet) 下路詞子(clarinet)五十部裕明(sitar)

音楽… 五十部裕明

振付… 片ひとみ

照明… 太田奈緒未

衣装… 久世龍五郎/清水いつ鹿

ドラマトゥルク… 宮川麻理子

制作… 大村みちる

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