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エッセイ / スマホなくした

1週間くらい前にスマートフォンを落としてなくした。上着のポケットに入れていたはずが、いつの間にかなくなっていたのだ。なくしたのはバイクで檜原村から新宿に向かっている最中(距離にして約60km)だったので、どこに落としたかもわからないし、落とした衝撃か、後続車に轢かれたかで十中八九壊れているに違いない。そんなわけで、探し出す努力さえせず、私はスマホを諦めた。自分でも意外なほど、ないもんはもう仕方がないよなと、結構すぐに割り切れた。

強いていえば、本体のボイスメモに残していたこれから記事化する予定のインタビュー音源と、考えたことや気づきなどを書き溜めているスマホ本体のメモのデータが失われたことだけは、ちょっと萎えた。でも、そうしたものを含めて、自分が今まで溜めこんできたものを一度リセットする機会になったような気がして、なんだか清々しかった。

それから約1週間、スマホなしで生活しているが、すごく調子がいい。

スマホをなくしてからは、たいてい夜に一度だけ、パソコンで連絡を確認する。そうすると、想像以上に来ている連絡は少ないし、急いで返さなくてはならない連絡なんてほとんどない。自分は今までなぜあんなにスマホを見ていたのか、不思議に思うほどだ。今までは無思考に「連絡が来たら、返さなきゃ」と思っていたけど、実はそんな義務、仕事の連絡以外ではありっこないのだと今更気がついた。連絡を返すのは、一日一度で十分すぎるほどなのかもしれない。

なにかの待ち時間や、人と過ごすときも、スマホが使えないと「その瞬間、目の前のこと」への集中力が高まる気がしている。待ち時間には、周囲の景色や、道行く人々に目を向ける。人と過ごすときは、その人の話に集中して耳を傾ける。他にやることがないからだ。そうやって「その瞬間、他にやることがない」って、すごくいいことだと思う。スマホがあると、私たちはいつでも、その場を離れて違う世界へ飛んでいってしまうことができる。そんな状況で、目の前のことに集中するのはどうしたって難しい。だから私はスマホをなくしてから、世界に、地に足をつけて生きている感覚が強くなったような気がする。バーチャルな世界じゃなくて、リアルな世界を生きている感覚。

そして私はスマホを失うと同時に、アラームと時計も失った。私は腕時計をしないし、檜原村の自宅にも時計を置いていなかったからだ。私は朝が得意ではないので、スマホがない=アラームがかけられないと気がついたときはちょっと焦った。けれど、アラームがなければないで、案外ちょうどいい時間に自然と目覚めることができるし、起き抜けの空の明るさで、だいたいの時間がわかるようにもなってきた。これも、リアルな世界への感度が高まっているってことなのかもしれない。

結論、スマホをなくしてからすごく調子がいい。スマホをなくしたことに感謝さえしているくらい。なくしたタイミングもよかった。年内の仕事がほぼ納まっていたので、仕事の連絡をする必要がなかったのだ。

このままスマホなしの生活もいいなぁなんて思ったけれど、さすがに仕事の連絡は一日一度というわけにはいかないので、私は近日中に新しいスマホを買うだろう。でも今回、スマホの必要性をゼロから問い直すことができたから、これからはスマホとの付き合い方もちょっと変わりそうだなと期待している。仕事の連絡をする必要がない日は、家にスマホを置いて出かけたりしてもいいよなぁと思ったり。

とはいえスマホの魔力ってすごいから、手にすればたちまち、私はまたこまめにスマホを見るようになっちゃうんだろうなぁとも思う。だからこそ、スマホがない生活のよさを、忘れないうちにこうして文章に残しておく。

そういえばスマホを落としたとき、「旅のラゴス」という小説のワンシーンを思いだした。旅人であるラゴスは、最低限の持ち物しか持たない。彼の荷物は、必要な分だけのお金と、生活必需品と、学問の成果を凝縮した200枚の羊皮紙だけ。ラゴスは本を読むのが好きで、あらゆる旅先で膨大な量の書物を読み、その知識のすべてを、200枚の羊皮紙にまとめていたのだ。そのメモは、ラゴスが旅で得たすべてだと言ってもよかった。しかしある日、ラゴスはアクシデントでその羊皮紙をすべて失ってしまう。ラゴスにとって、それはそれはショックな出来事だった。それでもラゴスは、(私から見れば)早々に立ち直って旅を続けた。

そのシーンを読んだとき、私たちは本質的には自分の身体ひとつしか持ち運べないんだなぁとつくづく思わされた。それ以外のものは、いつなくなったっておかしくないんだと。でも、羊皮紙を失っても、ラゴスの中に残っている知識はずっとラゴスと共にある。逆に言えば、自分の中に残っている知識だけが、自分のものなんだ。だからこそ私も、スマホに残した数々のメモは失われてしまったけど、そんなメモに頼らず、自分の中に残っているものを見つめ直して、味わってみようと思った。

書き溜めていた、noteに書きたいネタのメモも消えたけど。私のなかに残っていたネタで、これからまたぼちぼち更新していきます。

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