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自分をいかして生きる(西村佳哲/2009)

働き方研究家の西村佳哲さんによる、仕事や働き方について考える3部作の第2弾。2009年初版発行。いい仕事とはなにか。働くことを通じて私たちは一体なにをしているのか。一人一人の仕事が、より“自分の仕事”であるためには。そういった事柄が、エッセイのような軽やかで美しい言葉で綴られている一冊。

■ こんな人におすすめ

・「働くこと」と「生きること」とつなげて考えてみたい人
・「自分自身」と「社会」の間でバランスを取るのはなかなかに難しいことだなあと感じている人

■ ざっくりまとめ

「仕事」とは、成果物やそれを直接的に生み出したスキルだけを指すのではなく、その仕事を行った人の価値観や存在までを含んだすべてである。だからスキルだけを磨いていても「その人ならではの仕事」はできるようにならない。ただの成果物に過ぎない仕事は、受け手が感じる感動も少ない。
「いい仕事」とは、その裏側にその仕事をした人の存在を感じられるような仕事であり、受け取った人がより生き生きとした気持ちになるものである。
そんな仕事をするためには、自分のなかに目を向けることが大切だ。なにが流行っているとか儲かるとか、このように生きるべきといった外側の指標ではなく、自分のなかにある「葛藤」や「ザワザワする」ところに目を向け、今できることを、できる限りやってゆくこと。
現代では「仕事」は収入を得ることとほぼ同義になってしまって、生気を失いがちだ。しかしそもそも、お金のために、かつ言われたことを言われた通りにやることはどちらかと言えば「仕事」というより「労働」である。一人ひとりが〈自分の仕事〉をすることで、個人も社会も、より豊かさを得られるのではないか。

■ 一番印象に残ったこと

私がこの本で最も印象に残ったのは、「仕事の全体像」についての話だった。
西村さん曰く、仕事とは以下のような図の全体を指すものだという。

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表出しているのが、島という〈成果としての仕事〉。
野菜や家電など有形のものから、無形のサービスまで、私たちは普段、〈成果としての仕事〉のみをやり取りしているように思える。

しかし、実はその下にはさらに三つの階層が存在しており、その全てを含めたものが「仕事」なのではないかと、西村さんは語る。

島という〈成果としての仕事〉を直下で支えるのは〈技術や知識〉だろう。一篇の詩も、映画も、一皿の料理も、それを実現する道具や素材の扱い方、身体技法、経験、協働を成立させる手法など、きわめて多様なノウハウの組み合わせを通じて形になる。
それらはどれも尊いものだと思う。しかし、〈技術や知識〉だけでは何もつくれない。仮に形になっても、人の心に響く確率は低いだろう。共感のよりどころに欠けるから。
〈技術や知識〉をその直下で支えているのは、〈考え方や価値観〉だ。なにを美しいと思うか、なにを大事にしているか、なにをもって善しとするかといった尺度があって、はじめて技術も知識も生かされる。どの方向にむけて、なんのために力を発揮するかという道筋を得ることができる。
そして〈考え方や価値観〉のさらに下には、〈あり方や存在〉とでもいう階層があると思う。
どんなふうに働いているか。どんなふうに生きているか。毎日の暮らしの中でどのような呼吸をして、食べ、眠り。なにを信じ、恐れ。話したり、聴いたり。ほかの人々や自分自身と、どんな関わりを持って生きているかということ。〈あり方〉とは生に対する態度や姿勢で、そこに自分の〈存在〉が姿をあらわす。
さて、仕事とはこの山全体なのだと思う。
モノであれサービスであれ、わたしたちが受け取っているのは上の成果だけでなく、この丸ごと全部なんじゃないか。

この西村さん流の「仕事観」に触れたとき、ハッと目が開かれるような感覚を覚えた。本当にその通りだな、と、心から思った。

市場価値を上げようとするとき、多くの人はスキルの獲得に目を向ける。でも、いくらスキルの獲得に躍起になっても、代替不可能な人材になれるわけではない。「その人にしかできない仕事」をしている人というのは、その人の〈価値観〉や〈あり方〉が仕事と密接に繋がっている人であり、そして、その〈価値観〉や〈あり方〉の部分に、魅力や独自性がある人なのだと思う。

私たちが仕事をするときは、ただスキルを磨けばいいのではなく、自分が普段なにを信じ、なにを大切にし、どんな姿勢で生きているのか、そんなことを含めて問われている。そう思うと、背筋が伸びる思いがしたし、そんな視点で世の中の仕事を眺めてみると、違った景色―もっと豊かで色鮮やかな景色―が見えてくる気がして、なんだか嬉しくなった。

■ その他、印象的だった箇所

〈仕事〉は〈人生〉と、〈働き方〉は〈生き方〉と背中合わせで、他の誰も肩代わりすることができない一人ひとりの生に直結している。
つまりそれは極めて個別的なものだ。普遍的な言葉で語りきれるものじゃない。
こうすればいいとか、こんな風に働くべきだとか、生きるべきといった話を他人が示すことはできない。

▷ これは当たり前といえば当たり前なのだが、学生さんから日々キャリアに関する「答え」を求められる私は、キャリアの相談に乗ることを生業にする者として、なにか答えらしきものを持っていなければ、という思いに駆られてもいた。でも改めて、それって自分自身で考えて見つけてゆくしかないものなんだよな、と、思わせてもらえた。ほっとした。

〈あり方や存在〉についてもう少し続けると、〈考え方や価値観〉は「私はこう考える」という具合に言葉で伝えることが出来るが、〈あり方や存在〉は言葉による表現があまり特異でない。‥‥語っている内容や、なにをしているかということより、どんなふうにそれを語り、どうやっているかという部分に、その人の〈存在〉があらわれる。

▷ わかる。その人がどういう人か、って、不思議とその人が纏う雰囲気や声色やその他もろもろに表れていると感じる。でもそれって、付け焼き刃ではどうにもできなくて、日々の思想や行動の小さな積み重ねから練り上げられるものだと思う。〈あり方〉が美しい人になりたいものだ。

職人の世界では、学ぶ者に〈あり方や存在〉をも含む、この〈仕事〉の全体を伝承する関わり方をとる。弟子入りをして、場合によっては衣食住までともにしながら、師の技術を見て盗み、日々その価値観に触れ、仕事を成り立たせている営みを共有する。
学校教育の世界では、どちらかというと図の上の方(技術や知識)にウェイトを置いた形で、学習や成長が商品化されている。…結果として下の方の構造は脆弱になるか、あるいは各階層の連続性が薄い人材、ひいては道具のように交換可能な人材が形成されやすい構造があると思う。…本人の存在感覚とのつながりが細い〈技術や知識〉は、有効性が局所的で応用に弱い。

▷ 「学校での勉強」と「弟子入り」は、大きく毛色が違うのだということに、はじめて気がついた。現代にも「弟子入り」という学びのあり方がもっと増えたらいいなと思う。
でも、すでにこの世にいない先人たちにも「弟子入り」することってできると思う。その人のあらゆる著書や行動からその人の「あり方」を感じた上で、その人の思想や主張を学ぶこと。私もそんな学び方をしていきたい。

仕事の内容はあらかじめ決まっていても、それを「どうやるか」は自分で考えることが出来るし、やることができる。
クリエイティビティ(創造性)とは仕事の内容より、むしろやり方や、それに対する姿勢。ひいてはあり方に関するものだと思う。

▷ 「クリエイティブな仕事がしたい」と言う学生さんがチラホラいる。そういった学生さんの多くが志すのが、広告代理店など。次からそんな学生さんに出会ったら、クリエイティビティって限られた分野でしか発揮されないものでは決してないのだよと伝えてあげたい。

「バランスをとる」というのは、とれた状態で静止することではなくて、両側に意識を広げながら微細に揺れ続けることだ。

▷ 社会に必要とされることをする。自分の好きなことをする。両方が取れたらいいけれど、そんなにうまくいくことばかりじゃない。でもそのどちらも諦めず、悩み続け、揺れ続け、なんとかバランスを取って生きていくことが、私たちにできる唯一且つ最善のことなんだと思う。

先日、全国各地で地域づくりの仕事に関わっている若者と話す機会があった。仕事を通じてここ2~3年の間にものすごい数の人々、しかも土地土地のキーパーソンに会ってきたという。その流れを振り返りながら彼は、「最近は急にメインの職を失っても、自分と自分の家族はなんらかの方法で食べていけるだろうという安心感があるんです」と話していた。
仕事を通じて彼は、関係資産とでもいうものを培い得ているのだと思う。

▷ その仕事で出会った人との関係が、その後の自分の人生の資産となるような仕事をしたいものだ。それはどの職業だとできる、ということではなくて、自分自身の働き方、その姿勢によって左右されるものだと思う。

■ 感想

「仕事というのは成果物やスキルだけのことではなく、それを行う人の価値観やあり方も含んだものだ」という仕事観は、これまでになく私の中にしっくりとくるものだった。(そしてこの考え方は、今後もっと重視されるようになると思う。ただ技術だけあれば作れてしまうようなものは、どんどんAIやロボットに任されていくはずなので。)

まったく同じ仕事を課せられていても、根底にある価値観やあり方が違えば、成果物にも差が生まれる。その差分が生じることで、それははじめて「自分の仕事」になる。逆に言えば、大衆に流された考え方しかできない、自分独自の価値観を持たない人は、そういった「自分なりの仕事」をすることはできないんじゃないか。
と、考えると、希少価値のある人間になりたいとするならば、まずするべきはスキルを磨くことではなく、自分なりの価値観やあり方を磨き、養うことなのかもしれない。

こういう仕事観をベースに「仕事」を捉えることは、学生さんへのより本質的な支援に繋がるとも思う。この論は、小手先のハウツーを押さえることには何の意味もない、ということの証左に他ならないので。

私は哲学とか思想とか、そんなことを学ぶのが好きで、でもそれを仕事の世界に落とし込むのはなかなか難しいことだと感じていたのだけれど、この本との出会いをきっかけに、それは根底で自分の仕事を支え得るものなのだと思えて、嬉しかった。

最新のキャリア論、市場の動向、そしてそういった情報から導き出される「今この時代において取れるベターな選択」みたいな知識ももちろん自分のなかに蓄えつつ、こうやって「人間というもの」に正面から向き合って仕事考える時間も、大切にしていきたい。そういう視点から、学生さんに言葉をかけられる自分でありたい。

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学生さんのキャリアの相談に乗ることを生業としています。「働くこと」と「生きること」について真正面から考えたく、読んだ本についてアウトプットしていきます。

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