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『癖』【短編小説】

「一(にのまえ)くん、友だちになろう!」
 握手を求めるように右手が伸びてくる。
「僕は佐々木」
「知ってる、同じクラスだし……」
 佐々木は学校の有名人だ。一年生の頃から、全国模試はトップを維持し、運動神経は抜群。ただ、人とのコミュニケーションは苦手なようで、友だちはいない。今でも、らんらんと光る瞳で俺を見つめているが、人によっては恐怖を感じるかもしれない。
「なんで俺?」
 窓の外で蝉が鳴いている。特進クラスの夏期講習が始まるのは、あと一時間後だった。
「僕は変な奴が好きなんだ」
「うん……? ようは、俺が変ってこと?」
「ああ! 苗字が特に」
「全国の一さんにも、先祖にも、失礼だなオイ」
 変な奴はお前みたいな奴のことを言うのだ。俺は、学力も運動神経も平均値くらいで、友達もいる。彼女はいないけど。家は、金持ちでもなければ貧乏でもない、四人家族。いたって普通の高校生だ。
「ところで、そのノートに何を書いているんだい?」
「おい、覗くな! 復習だよ。お前と違ってこっちは授業ついてくのに必死なんだよ」
「そうか。じゃあ、僕も予習をしておこうかな」
 ナチュラルに煽られた? 結局、佐々木の手を握ることはなかった。


「森さんは、よく反対の手の指で指先を押す。伊藤さんは、焦るとスカートを握る。山口さんは、首がこると左から倒す。東堂さんは……」
「もういい。飯が美味くなる話にしてくれ」
 佐々木の趣味は、人間観察だという。昼休み、勝手に俺の隣を陣取ると、パンを食いながらクラスメイトの『癖』を話し始めた。
「面白いだろう?」
「興味ない」
「そうか……ちなみに、一くんのクセは、手持ち無沙汰になると人中を伸ばす」
「聞いてねえし、知らなかったんだけど?」
 案外役に立つだろう、と佐々木は笑った。
 極めて平凡に近かった俺は、極めて変人に近い佐々木に好かれることで、自分もなにか特別な存在な気がしていた。居心地は案外よかった。
 高校卒業後、俺は県内の国立大学へ進学した。驚くことに、佐々木は、警察官を目指すと宣言し、先生たちの説得に耳も貸さなかった。当然のように、警察官採用試験に合格し、警察学校へと入学した。
 卒業式の日、佐々木と最後の会話をした。
「警察、なりたかったん?」
「ああ、一には話したことなかったがな」
「聞いてねえな。友だちなのに」
「友だちでも、秘密のひとつくらいあるだろう?」
佐々木は、やけに大人びた笑みを浮かべていた。
「なんで警察? 正義のヒーローなら、弁護士とかいけたんじゃね?」
「変な奴がたくさん見れそうだと思ってな」
 この国は大丈夫なのか、と心配になった。

 あれから六年が経ち、佐々木と同じ公務員になった。場所が場所だからか、最近やけに佐々木のことを思い出す。引き寄せるように、佐々木から連絡がきた。電話口のテンションは、卒業式の日から変わっていない。
「はあ!? 俺ん家来るの!? 今日は無理。散らかってんだよ」
 じゃあ、三日後に。佐々木は勝手に約束を取り付けると、先に電話を切った。
 午後十一時、インターホンが鳴る。玄関先に立っていたのは、警察官姿の佐々木だった。俺は、静かに「帰れ」と告げるが、鍵は佐々木によって開けられた。
「久しぶり、一くん」
「なん、なんだよお前。今日は無理って」
 佐々木が部屋の明かりをつける。ほら、まだ片付いてねえんだ。乱雑に置かれたそれを、佐々木は手袋越しに拾う。
「一くん、昔から物語を書いていたよね。誰にも見せない、自分だけの物語。主人公は、制服のスカートの匂いで己を慰める。一くんのヘキがよーく詰まっている」
 なんで気づいてんだ。そうだ、誰にも見せてないのに。やっぱり佐々木は変な奴だ。両手を握られたかと思うと、手首がズンと重くなった。
「窃盗罪及び女子生徒への強制わいせつ罪で逮捕する」
「……なんで知ってんの」
「複数の親御さんから通報があった」
「ちげーよ……お前好みの変な奴だろ、俺」
「本当に……この国が心配だ。異常な奴らばかりだよ」
 佐々木のくせに、常人ぶりやがって。

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