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【創作大賞2024 恋愛小説部門】甘く、酸っぱく、君らしく #1

【あらすじ】
佐藤章くんは、街のケーキ屋さん『スイーツ サトウ』の一人息子。三田ゆめのは、幼い頃からの常連だ。中学生になり、微妙な距離が続いている二人。ある日、ゆめのは学校での『いじめ』が原因で学校を休んだ。すると、佐藤くんが、プリントとケーキを届けてくれる。

今まで、ただの同級生、お客さんと店員さんだった二人。お互いのちょっぴり苦い気持ちを吐きだすと、次第に距離が近づいていくのだった。

 小さい頃からお母さんと通っているケーキ屋さんがある。そのケーキ屋さんは、家から歩いて通える場所に佇んでいる。この町の雰囲気によく馴染む、水色の屋根をした小さなお店『スイーツ サトウ』。パティシエのおじさんと、その奥さん、数人の従業員で切り盛りしている。一人息子の佐藤章さとうあきらくんは、私と同級生だ。たまにお店で顔を合わすことがあった。
 佐藤くんと、初めて同じクラスになったのは小学校五年生の時だ。教室で顔を合わせた時は「あ、ケーキ屋さんの子だ」と思っただけだった。けれど、いつも通りお店に行き、エプロンを着て、テーブルまでケーキを運んでくる佐藤くんを見たら、なぜか少し恥ずかしかった。それでも、ケーキの美味しさと、お母さんと出かける楽しさが勝り、お店には通い続けていた。
 気まずさが上回ったのは、小学校六年生の秋のことだった。ケーキ屋さんに限らず、親と出かけているところを同級生に見られることが恥ずかしくなったのだ。
佐藤くんとは、同じ中学に上がり、同じクラスになった。三年連続だ。とはいえ、いまだにほとんど会話をしたことが無い。私の友好関係が狭いこともあるが、佐藤くんは、あまりお喋りではない。どちらかといえば、無口なタイプだと思う。固定の友達と話している時は笑顔も見せている。でも、お店で接客をしている時は、特別、愛想がいいわけでもない。クラスでも目立つわけでもない、普通の男の子だ。恋愛の話も聞いたことはないが、モテないわけでなはないと思う。
「ふーん、仲よくはないけど詳しいね」
「小五から同じクラスだし」
 愛奈えなは、牛乳を一気飲みすると「変な関係」と言った。まだ夏の香りのする風が教室を換気している。あと数週間で、冷たくなって冬の気配を感じるだろうか。
給食はとっくに食べ終わって、昼休みまでの時間つぶしの雑談の時間。愛奈が「この間、生誕用のケーキ注文しに行ったら佐藤がいた」と言い出したのが会話の始まりだった。生誕用のケーキとは、愛奈の推しキャラの誕生日に用意する誕生日ケーキのことだという。
愛奈は、ガチガチのオタクだ。とある二次元のキャラクターに全ての愛を注いでいる。本人に自覚があるのか分からないが、カバンや筆記用具に散らばるキャラクターがなければ、オタクとは分からない。どちらかと言えば、ギャルっぽい雰囲気だ。そんな愛奈から、推しの話が出てくるのに、私はだいぶ慣れてきた。
「佐藤とケーキって似合わないね」
「まあ、確かに? でも、私は見慣れたからなあ」
ちらり、と給食のおかわりをしている佐藤くんに目をやる。黒の短髪、同級生の中では背はあまり高くなくて、少し日焼けをしている。なんとなく、サッカー部と言われたら納得してしまいそうだった。帰宅部だったはずだけど。曖昧な記憶をたどっていると、おかずを盛り終えた佐藤くんと目が合い、思わずさっと視線を逸らした。ぼーっと見過ぎてしまった。佐藤くんの瞳はチョコレートみたいな茶色をしている。昔は、ケーキをテーブルに置くときの、少し伏せた目をこっそりじっと見るのが好きだった。
佐藤くんと入れ替えで、女子二人が食べ残しを容器に戻した。先生が「先に減らしなさいよ」と注意するも、聞き流している。戻された白米の代わりに、彼女たちは細い腕や脚を手に入れたのだ。私は、視線を机の下に向ける。スカートの中で、太ももに付いた贅肉が広がっている。ウエストにはぷに、と乗っかった余計な脂肪もある。
中学に上がり、容姿に気を使う女子が増えたと感じていた。薄くまとった化粧に、少量の給食、膝が見えるスカート丈。先生の注意は形だけだ。自分の容姿が気にならないわけがなかった。標準体重からさして多くはないが、引き締まっていない体や、気づくと増えているニキビ。お世辞にも「可愛い」部類ではない私は、少しだけ小学生の時よりも生きづらい。しかし、親に「ダイエットをしたい」「スキンケアをしっかりしたい」と言うのも、憚られた。可愛くない私が、可愛い子たちと同じことを望むことが恥だとすら感じるのだ。
私は、完食した食器を片付けた。同じタイミングで、佐藤くんがまたお替りをしている。

神さまは残酷だ。夏休み後の席替えが終わり、私は心の中で、見たことも会ったこともない神さまを責めた。左を向けば窓から校庭が見え、真ん中よりも後ろの席は位置的にはハズレではない。しかし、前、右、後ろ、を固めるメンバーは決して居心地のいい人選ではなかった。
「あたし、全然席変わってないわ」
「ここめっちゃ眠くなりそー」
「廊下側寒いしラッキーじゃね?」
「それはそう。てか、あんた、三田さんに迷惑かけないでよー。ね、三田さん」
「え、あ、大丈夫だよ……」
 細い足を組んで、細い腕を机に付き、綺麗な顔がこちらを見ていた。隣の男子生徒も、前後の女子生徒も、いわゆるカースト上位の子たち。同じクラスになってから話したことはほとんどない。どう考えても、私はここに座るべきではない。ああ、くじを引く時どうして無駄に悩んでしまったのだろう。最初に取った紙にしておけばよかったのかもしれない。少なくとも、この席は回避できたのに。そう後悔する私を囲み、私を仲間には入れぬまま会話が弾んでいる。
 愛奈は、真ん中の島の一番前の席だ。私の視線に気づいたかのように振り向くと、ひらりと手を振ってくれた。私は、控えめに振り返す。すると、聞こえていた会話が不自然に途切れた。その静寂に、心臓はぎゅっと、いやな鼓動を打つ。
「なに……?」
「ふふっ、急にこわ」
「聞こえるっての」
 こそこそと広がった会話は、私を笑うためのものだと気づくのは容易い。先ほどより小さな声だったが、すぐ近くで話すものだから私の耳に届かないわけがない。私は、熱が集まる顔を隠すように俯いた。
「おい、授業始まる。前、向け」
 ぶっきらぼうな言葉遣いは、聞き馴染みのある声だった。隣の男子と通路を挟んだ先には佐藤くんが座っていた。こんなに近くにの席になったのは初めてだった。男子は舌打ちをすると、前を向いて座り直しぼろぼろの教科書を開いた。
 心の中で、今度は感謝をした。あんまり知らないけど、たくさん見て会ってきた佐藤くんに対して。

「ゆめの、席やばいね」
「ね……愛奈とも離れちゃうし」
 放課後、クラスメイトがいなくなった教室で愛奈と駄弁るのが、私たち帰宅部の日課だ。愛奈の隣の席を借りて、この席は落ち着くな、なんて思った。一度手放したくじは、この席だったかもしれない、とタラレバが止まらない。
「私、あいつらに目つけられてるからさあ、ゆめのも嫌なことされたらごめんね」
「愛奈のせいじゃないし」
「え……やっぱなんか言われた?」
 目を合わさずに愛奈は問うた。しまった、と一瞬後悔する。ひそひそ話のことは言えなかった。言ったところで、と思ってしまった。
「なんもないってー」
「そう……? ま、冬休み入るまでがんばろ」
 あの人たちが苦手な理由は、カーストが違うこともあるが、愛奈に突っかかる様子を近くで見ていたことが大きい。
『あー、オタクね……』
『これ女子キャラ? 百瀬さんってレズなん?』
『てか、中学生になった缶バッチとか! ウケる』
躊躇いもなく、嫌味を含んだ言葉を愛奈に投げる。私はびくびくしてばかりだった。愛奈はあまり気にしていないようだけれど、たまに言い返すこともあり、あのグループと仲が悪いことはこのクラスでは周知の事実だった。
「休み時間、こっち来なよ」
「そうしよっかな。ありがと」
 ああ、少しだけ、このまま家に帰り、明日また登校することが億劫だ。

 少し早く学校に着いた。教室へ向かうと、私の席には他の女子が座っていた。すぐ横にあるコンセントを使ってヘアアイロンで前髪を真っすぐに伸ばしている。もちろん、校則違反なのだけど、この時間から教室に来る先生はいなかった。つまり、見られていなければ、違反したことにもならないのだ。
女子四人組は低いテンションで話しながら、流れで私の方を振り向いた。前後の席の女子とは、また違うグループの面々だ。
「あ、ごめーん。ちょっと席借りてるわ」
「うん、全然いいよー」
 そう返すほかないじゃないか。私は机にカバンを置いて、教室を後にした。行く当てはないけれど教室にいることもできない。どうして今日に限って早く着いてしまったんだろう。いや、もしかして、毎日? あの席で過ごす間、朝はいつも……
「はあ……」
想像以上に大きなため息が出て、余計にテンションが下がった。下駄箱で愛奈でも待とうか。少し愚痴を聞いてほしい気分だった。
人気のない階段を下りていると、トントンと音がして、佐藤くんが上ってきた。チョコレート色の目に私が映る。
「佐藤くん、おはよう」
「おはよう」
 挨拶だけ交わして、すれ違う。佐藤くんが通ったであろう道はバターの香りがした。『スイーツ サトウ』に並ぶタルトケーキを思い出す。

「ねえ、三田さん先生にチクった?」
「え、何が?」
 給食の時間になると、教室も廊下もがやがやと騒がしい。しかし、女子生徒の静かで冷たい言葉は、私に嫌というほど鮮明に届いた。威圧感のある問いかけに、思わず固唾をのむ。
「今朝、アイロン使ってたの見たじゃん? さっき、そのことで先生に呼び出されたんだけど」
「いや、私言ってないよ……!?」
 あの時、教室にいたのは四人組と、私だけ。すぐに教室を出た私が怪しまれるのは、妥当ではある。しかし、私は先生にチクるどころか、結局、誰にも話していないのだ。愛奈に話すつもりだったが、あいさつも早々に推しの話が止まらず、幸せそうなので止めるわけにもいかず、私の朝は終わった。
女子生徒は「あ、そう」と納得のいっていない声で呟き、それ以上は何も聞かなかった。しかし、こちらをチラチラと見つめながら、小声でまだ話している。とにかく居心地が悪い。
 ああ、そういえば、階段で佐藤くんとすれ違った。佐藤くんは、きっとそのまま教室に向かっただろう。その時、まだアイロンを使っていた、もしくは、しまっているところでも見たとしたら? 佐藤くんなら先生に報告するような気がした。しかし、女子生徒に「もしかして、佐藤くんじゃないかな?」とは言えない。確証はないし、仮にそうだとしても佐藤くんに彼女たちの怒りを向けさせるのは間違っている。
 教室に給食の匂いが広がってきた。痩せた女子生徒たちは「少な目にして」と言いながら皿を貰っていく。私も、愛奈と一緒に列に並んだ。
 一人黙々と給食を食べ進めていると、女子生徒が振り返った。
「へー、三田さん、そんなに食べれるの?」
「え、うん……普通の量じゃない?」
「そう? じゃあ、あたしの貰ってよ」
「え」
 少な目に盛られたご飯を、半分くらい私の皿へと移す。彼女の皿には三口程度の量しか残っていなかった。
「ダイエット中でさー、残すと先生うるさいし。お願いっ」
「あ、そっか……じゃあ、いただきます」
 こんもりと盛られたご飯に罪は無い。私は断る隙も与えられぬまま箸を進めた。視界に入った自分の腕が、いつもより肉付きがいい気がして食欲が出なかった。
当然のように私を跨いで始まる会話。くすくすと笑う声が私をバカにするものだと分かっていたけれど、気づかないふりをして給食を食べ終えた。美味しいはずの食事が、とても味気なくて、余計に食べることがつらくなった。
 その日は、いつもより重たいお腹で帰路についた。『スイーツ サトウ』が視界に入る。お店から出てきた親子とすれ違った。
「お父さん帰ってきたら食べようね」
「うん! 今日は早く帰ってきてほしー!」
母親にケーキを買ってもらったのだろう。女の子の声が軽く弾んでいた。
「いい匂いだな」
『今日のおすすめ』が書かれたボードの前で立ち止まる。メニューを見ても気分は上がらない。むしろ、こんな時ですらケーキを求める自分が醜く思えて、早足でその場を後にした。


 窮屈な席にも慣れてきた頃、コンビニやスーパーでは早くもクリスマス用のパンフレットが置かれ始めた。早く冬になって、クリスマスになってほしい。その頃には、次の席替えも遠くない。数学の小テストを早々に解き終わり、窓から秋空を見つめてそんなことを考えた。
「テスト終了です。隣と交換して採点してください」
 先生の声を合図に用紙を交換する。空欄ばかりの用紙に赤ペンでチェックマークを書き、最後に点数と採点者の名前を記入して返した。
「あざす。俺やべー」
「あたしよりひどいじゃん」
 けらけらと笑っているが、正直笑いごとではないのだ。もちろん言えるわけがないけれど。私は、こっそり自分で自分の答え合わせをし直した。採点は間違っていないようで、こっそりと安堵する。50点満点中40点、まあ悪くないか。
「ん、三田さんて、下の名前ゆめのって言うんだー」
「うん……」
「へー、俺知らんかったわ」
「隣の席なのに? 毎回名前書いてあるじゃん」
「見てねえよ」
 私は苦笑いしかできない。仲がいいわけではないが、一応クラスメイトなのだから、フルネームくらい知っているものだと勝手に思っていた。私は毎日、この人たちの存在を意識して肩身が狭いというのに、この人たちの世界では私など意識する価値もないのか。
「ゆめのちゃん、かー」
「可愛いじゃん、ねえ?」
「俺に聞いてる? ……まあ、名前はな」
「ふっ、やめてよね」
 ああ、またこれか。くすくすと笑う気持ちの悪い会話に、私の心は冷えていく。
 どうして、あなた達は汚い言葉と口角で私を笑っても、綺麗な顔も細い体も無くならないのだろう。醜く付いている脂肪が私を守ってくれることなどなかった。なんの役にも立たないのに、ずっとへばりつくこいつらが憎かった。
 放課後、いつも通り愛奈と二人で駄弁ろうとするも、教室から人がいなくならない。例のヘアアイロン四人組も、教室の後ろの方で私たち同様に喋っているのだ。干渉してこないのだから気にしなければいいのに、私はいつも通りに会話ができなかった。また、あの品定めするかのような視線を向けられるかと思うと、気が気でなかった。
「……今日、南公園に行く?」
「そうしよっか……ごめん、私トイレ行ってくる。愛奈は先に下駄箱行ってて」
 愛奈の提案に、私はほっとした。気を遣わせてしまった後悔もあり、教室を後にすると、はぁ、とまたまた大きなため息が出てしまった。
 トイレを済ませ、下駄箱に行くため、一度教室の方に向かう。すると、四人組と愛奈の会話が廊下まで聞こえてきた。生徒が減った校内では、扉が開いていると普通の会話もやけに響く。私は、聞き耳を立てながらゆっくり教室に近づいた。なぜだか、私が入ったらいけない気がしたし、こういう勘ほど当たるものだと知っている。
「百瀬さんって、なんで三田さんと仲いいの?」
「さあ、なんか流れで」
「なんか二人って、並ぶとかわいそうになるよね。百瀬さん細いのにさぁ……」
「あー、三田さんね……体型とか気にしないのかな。百瀬さん、いつも見てて気にならないの?」
 私のドクドクとうるさい心臓が、黒い何かを体中に運んでいく感覚に溺れていく。また、体型か。細いことがそんなに正義なの? 私だって平均から多く外れているわけじゃない。愛奈とあなたたちが平均より細いだけじゃないか。言い返す勇気もないまま、廊下で愛奈の返事を待った。
「別に、興味ない」
 笑われるよりも、つらい言葉だった。どこかで、愛奈は私の体型も受け入れてくれると思っていた。なんだ、愛奈が何も言わないのは、私がどうでもいいからなのか。ただ、自分を攻撃しない相手で、話を聞いてくれる相手で、それだけなのか。そんな関係、友達って呼べるのかな。
「ふ、ばかみたい」
小さくそう零すと、じわ、と目頭が熱くなった。「かわいそ~」とくすくす笑う声が、私をより惨めにしていく。
 愛奈に合わせる顔もなく、私は下駄箱まで駆けた。家まで帰る途中、スマホから通知音がしたけれど無視してまた走った。

続く



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