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マッカランには紅茶と決めている

紅茶は、好きだ。
どのくらい好きかというと、日本の紅茶の第一人者の磯淵猛先生のご著書を読み漁り、講演に行き、通信教育まで受けたレベルである。それも2000年初めの頃だ。

紅茶は、いろんな味があるし、香りがある。
が、知れば知るほど、ルールに厳しくなる自分にも気づいた。特に若い頃だったから、余計だ。正しいルールを知っていれば自分は正しいのだとどこかで信じようとしていた。
紅茶にはいくつかのルールがあって、それを守れば実際美味しい紅茶が淹れられる。
お湯は沸騰させて100度に近いこと、ポットも温め茶葉がお湯と会うタイミングの湯温を下げないこと、ジャンピングという対流が起きやすい丸いポットを使うこと。
どれも正しかった。ぬるいお湯で淹れた紅茶は茶色のお湯だが、沸騰したお湯に踊った紅茶はまるでバラかクチナシかという薫りが立ちのぼる。
酒に酔うように、その香りを吸い込む。
10代後半、20代はじめの、私にとっては結構過酷な時期だったけれど、そんな紅茶の香りは私にとっては別世界を与えてくれるものだったのかもしれない。正直よく覚えていないけど。

だが、そんな風に紅茶を淹れることもだんだんできなくなった。
家庭内暴力で荒れていく家で、紅茶なんてゆったり飲んでいられなかった。なにせ毎日ひとつは家電が叩き割られ、壁には包丁の刀傷ができていく状況だ。

そんな状況と同時に、ルールさえ守れば美味しい紅茶が淹れられるということに執着していく自分にも限界を感じていた。
このルールを守っても自分は幸せにもなれないし、立派にもなれないということは、その時はまだ言語化できていなかったのだけれど、かといってその先のルールのない世界ってどんなものか全くわからなかったので、悩みにさえまだなっていなかった。

そこから、紅茶のない生活になり、家を捨て、東京に来て、またしても紆余曲折を経て10年以上を経て、私の中の最高の紅茶の在り方は、マッカランのチェイサーにおさまった。

マッカランとは、ウイスキーの銘柄のこと。とってもポピュラーな、それでいて高級なウイスキーだ。
華やかな香りと、甘みのある味わいで、もちろん奥深さもある。
私は、このマッカランを常温ストレートで飲むのが好きで、その時にチェイサーとして紅茶を添えるのが一番好きだ。量は多くなくていい、大さじ一杯もあればいい。「ウイスキーに大さじとか普通言わないからね」と、大人なバーで一緒に行った人が笑った。

紅茶も、焦って高級な香りの強いものにしてはいけない。
ダージリンは香りが強いが刺すような鋭い渋みがある。これはマッカランには合わない。美しいが仲が悪い女優が二人並んでしまった感じ。共演NGです。
高級という意味ではセイロンのウヴァ。こちらも重厚で薔薇のような香りがするが、その重厚さがよろしくない。マッカランのアルコールが悪いふうに引き立ってしまう。
一番のおすすめは、セイロンのちょっと安い、明るい水色(すいしょくと読む。紅茶の色のこと)のもの。新鮮であれば香りがどこかフルーツのような軽やかさがあって、渋みが少ない。私は西友で売っていたテトラタイプのティーバッグを好んで買った。
これを、なるべく高い温度のお湯で、サッと抽出する。40秒ほど。あまり振り回さず、最後に軽く上下させてサッと引き上げる。香りは出し、渋みは出さない。引き上げた時に茶葉が含んでいる紅茶は、カップに落とさない。茶葉から落ちる紅茶は、味が濃くて、いわゆるゴールデンドロップと呼ばれるものかも知れないが、それを淹れるとくどくなるのでスッと引き上げる。
紅茶として飲む時は、しっかり抽出した方が美味しいかも知れないが、ここでは違う。マッカランのためのチェイサーを作るのだ。

セイロンの、いわば安い茶葉というのは、ルール的には格下になる。
でも、ここではそれがベストマッチだ。

マッカランと、温かい紅茶。
それから、ナッツとドライフルーツは用意したい。ブラックチョコレートもぜひ。駄目押しとして、マロングラッセもご用意ください。このおつまみ四天王を添えて、マッカランストレート、チェイサーには紅茶。
口の中が紅茶で温められ、マッカランはいよいよ香りが立ち上り、アルコールのとげとげしさは紅茶の香りで美しい思い出に変わる。
ナッツやドライフルーツをちまちまとかじり、ただマッカランをほんの少し舌に浸し、紅茶で温め、それを繰り返すだけ。
この世の不幸は、きっとここで終わる。
部屋は暗くするのだ。
季節は、秋から冬が一番いい。

紅茶としての正しさを乗り越えて、私なりの最高の存在になったのは、それでもルールやほかの紅茶のことを知っていたからだったのかもしれない。
最初はその知識やルールで息苦しくなっても、途中からそれを崩さずに乗り越えて、自分の中で一番良いものに変えていき、誰に恥じることなく大切にするということ。
私の中の、長く続いた「紅茶のルール」は、そうやって決着をつけた。

セイロンもいいけど、アッサムを軽めに淹れるのもいいですよ。
CTC(粒状の茶葉)ではなくリーフのやつで、若い感じのをやっぱりさらっと。あるいは、ガツッと抽出してお湯で割ってもいい。紅茶のお湯割りなんて邪道って感じですが、これがいい感じになるのです。アッサムの甘みが出てくる感じ。

この、マッカランと紅茶と甘くて美味しいおつまみのセットは、私にとって最高のスタンダード。
また今年もマッカランを調達しなくては。


もうひとつ、紅茶好きのお勧めがある。ラプサンスーチョン(正山小種)という癖のある紅茶のミルクティー、それもロイヤルミルクティーが私の一押し。
松の木で燻製するという変わった製法の中国紅茶なのだけど、これがイギリスでは正統として非常に重んじられたらしい。でも、硬水のイギリスと軟水の日本では抽出の濃さが段違いになるので、ラプサンスーチョンはミルクで抽出するロイヤルミルクティーが最高だと思う。
少量のお湯で茶葉をほぐしてから牛乳でしっかりと抽出してください。小鍋でチャイ方式で煮出すのがやっぱりよくて、もちろん煮過ぎるのはダメで、あくまで温める。
これで作ったラプサンスーチョンロイヤルミルクティーには、必ずお砂糖をほんの少し淹れる。いつもはあまり砂糖は入れないんだけど、これにはすこーし入れる。入れた方が美味しいです。燻製香と紅茶とミルクがちゃんと一体化します。

スパイスの効いたチャイが好きな方には、好まれると思う。

私がカフェを開くなら、絶対にこのラプサンスーチョンのロイヤルミルクティーは出します。


でもウイスキーはきっと出さない。誰にも、マッカランと紅茶は出さないだろう。それは、私ひとりの暗がりにしかない。

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つよく生きていきたい。