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才能を伸ばしたければ努力はやめること

多くの人は、自分の不得意なことを努力している。
つまり、才能のない部分をどうにかしようとして頑張っていることを、努力といっている。

それでは才能は伸びないよね、って思う。

才能は、努力とかいらない。息をするようにできることだ。
だからこそ気が付かないことが多い。
それに、人から見てすぐわかるものだけが才能というわけじゃない。
その人がいるとなんとなーく職場がうまく回る、みたいなのもすごい才能だ。
ピアノで国際的な賞を取るとか、そういうのだけが才能じゃない。

才能と、自分の欲を混ぜてはいけない。
注目を集めたい、賞賛されたい、モテたい、金が欲しい。
そういうのは、欲だ。
欲を満たすことと、才能を発揮することは別のことだ。
なんとなく映画やドラマでは才能を発揮することが大金持ちになったりサクセスストーリーを進める重要な要因になっているから、才能があれば欲を満たせると勘違いしてしまうことは、割かしあるんじゃないかと思う。
でも、欲を満たしたいというモチベーションと、才能を発揮するという事は全く別の事。

そういうことを合わせて考えていくと、才能を伸ばすには、努力をやめることが一番近道じゃないかと思う。

中でも、苦手なことをどうにかしようとしてやっている努力。

そしてやめた努力の分のエネルギーを、全部やりたいことや、得意なことにつぎ込む。
寝食忘れてもやりたいこと。
金を払ってでもやりたいこと。
とにかく体が動いてしまうこと。
そういうことに、すべてを傾ける。
そうすると、才能はぐいぐい伸びる。

かといって、それが仕事になるとか、それで食っていけるとかは別の話になる。

だから、学生のうちとか、とにかく生活が誰かの庇護されている状態で徹底的に才能を伸ばしておくのはとても重要な戦略だと思う。
でも誰もがそう簡単に才能を伸ばせるわけないし、特に日本の学校生活は団体行動を身につけるための訓練所のようなところなので、あんまり期待できない。だから、結局自分でやる必要がある。

才能を伸ばしたければ、それが自分の欲望や、生活をよりよくするもの出会ってほしいという夢は捨て、それでも好きだし得意なことを全力でやる。
そのほかの苦手なことは、もうやらない。

全員にとっていい人であるためにするような努力、人並みになるように生きようとする努力、そういうのが自分の才能に合致していないケースは結構ある。

人並みにするための努力は、生きていく上では重要かもしれないが、才能を伸ばすとはいえない。
だから、才能を伸ばしたければ、もうつまらない努力は全部やめることだ。

私はもう才能だけで生きているので、努力はしてないです。

でもそういうのは、はっきり言って「持たざる者の手段」であって、満ち足りていて豊かな人は才能なんて発揮しないでのんきに暮らしていればいいんじゃないかとよく思う。
才能で生きていくのは楽じゃない。

ただ、才能がある者がそれを封じて生きていると、ずっと息苦しくつらい感覚を持ち続けることになるから、どっちがいいかは正直わかりません。

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yuukee

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