見出し画像

自分の「弱さ」と付き合った回復の記録

ゆうき+*

職場復帰してから4ヶ月が経ちました。会社を休んだのが今年の12月だからやっと半年。やっと。自分が余裕を取り戻して行くまでに、どうやって弱った自分と付き合っていったか、備忘録として書き留めました。

***

ふと最近、こんな記事をみつけました。自分のキャパは体力だけじゃなくて、

① 心のキャパ
② 体力のキャパ
③ 頭のキャパ
④ 時間のキャパ

があるのだと。

正直社会人1年目の自分には、このキャパの解像度が低くて、体力があるからなんでも乗り切れると思っていたけれど、心のキャパまで考えてやっていく必要があったなと思います。

丁寧に自分と向き合ったこの半年間の、自分の心の余裕と体力の余裕、頭の余裕(ワーキングメモリ的な)、時間的余裕の変遷をまとめてみました。

2018年5月:入社3ヶ月目(心の余裕90%→70%、体力90%、頭の余裕30%、時間の余裕40%)

自分が入社した2018年代は地方大学でまだ休学やインターンがそんなに一般的ではなく、私自身大学4年生を休学してまで長期インターンに飛び込んだ経験から、教育やNPOの多くの企業がマーケティングができずに潰れている現状を知ってマーケティングを極めたいと意気込んでいました。その壮大な覚悟とは裏腹に、研修が終わって仕事が始まると、うまくいかないことやできないことの方が多く、なかなか成長を感じられませんでした。想像以上の雑務や確認中心の仕事になぜ自分がこんなことをやっているのかと思うことが多く、実力もないのに早く裁量が欲しいと思っていました。体力は人一倍あったので他の人より疲れにくかったのと、寝るとそんなことはすぐ切り替えられたことが救いでした。今思うと、何者かにならなければという焦りがあったような気がします。

2018年8月:入社6ヶ月目(心の余裕70%→40%、体力70%、頭の余裕70%、時間の余裕15%)

目立つ同期が多く、劣等感を感じることもしばしばでした。人が少なく新人でも即戦力としてカウントされる部署だったので、仕事がどんどん増え、こなすのに精一杯でした。部署では部員同士の会話はほとんどなく、先輩は忙しくて教える暇がないから自分で考えなければいけません。勉強する時間もほとんど取れず、要領が悪い自分は、毎日22時まで働くのが当たり前でした。5月に配属されてから1ヶ月目でお客さんを担当させてもらい、10月には5社、月1000万円を超える予算を持たせてもらっていました。仕事が終わらない日は睡眠時間を削りました。そんなにお金に余裕もなかったので、家にテレビもなく、昼か夜のご飯を削る日もあった気がします。そんな緊張感から休日外に出る元気もないほど疲れ切っていて、周囲にそんな状態をさらけ出すこともできずにいました。心を開ける人も近くにいなかったので、自分を律し続けていました。

その頃の自分は「できません」がなかなか言えませんでした。比較的進学校に進んで来た自分は”できないことは悪いこと”、”できて当たり前”という考えが刷り込まれていて、高い自尊心が弱みを出す邪魔をしました。期待を裏切ることが嫌で、「わかりません」「すいません、どういうことですか?」という一言が言えませんでした。素直に弱さを出せないと教育担当との関係がどんどん悪くなっていきました。本当は頼りたかったし、助けて欲しかったのだと思います...。自分の”出来なさ”を愛嬌に変えるユーモアが欲しいと思っていました。けど、長女タイプで自分でどうにかしてきたタイプだったので、”頼ることは甘え”という考えと持ち前の”負けず嫌い”が自分を縛っていた気がします。新人という立場を使って甘えたくありませんでした。
本当だったら新人だから分からないことがあるのは当たり前で、「分からないことを聞くのが仕事」という言葉を誰かからかけて欲しかったのかもしれません。相談した先輩たちには「○○は強いから大丈夫だろう」などと言われましたが、正直強がってただけで、よりいっそう相談ができなくなっていきました。

2018年11月:入社8ヶ月目(心の余裕40%→5%、体力20%、頭の余裕80%→20%、時間の余裕0%)

この頃は過労と精神的ストレスで物事を深く考えられず、仕事の集中力がもたなかったり、頭のキャパがオーバーしていたようでヒヤリハットが増えていました。うわの空になることがあり、普段ミスをしないようなことでのミスが続きました。普段よりメールを返すのに何倍も時間がかかり、大きなミスをするまで自分を追い込み過ぎていることに気づきませんでした。自立心の強さと自責の強さでミスをするごとに自分を強く責めていました。教育担当もかなり怒る人だった上に、仕事ができない自分を自分が責めるダブルパンチで、精神的にどんどん心が疲弊していきました。
なんでできないのかを毎日問い詰められて、自分の無能さを毎日痛感するような感覚。その先輩はそんなつもりはなかったかもしれないけど、その時の自分には思いつかなかったことを「なんで?」と言われると無能感がつのってとても辛いと感じていました。その時の自分には考える余裕や発想がなかったのに。でも環境のせいにしたくなくて、早く一人前になりたいと、随分無理をしていました。

ミスは次のミスを呼びました。リカバリーや社内報告のためにさらに仕事の余裕がなくなり、ご飯が食べれなくなって、体重も減り、寝つけません。化粧ノリも良くありません。仕事の能率も悪いので上司との関係もさらに悪くなりました。朝1on1のMTGの空気が険悪で、「何度同じこと言わせるのか!」「なんで分からないの!」とフロアに響く教育担当の怒号と私の「すいません」の応酬が続き、公開処刑されてる気分でした。毎朝聞いている周囲の他の部署の人たちから心配されたりしました。そんな状態なので常にうつむきがちになり、周囲に相談もできなくなっていきました。無能感がつのり、完全に負の連鎖に入って自分だけでは抜け出せずにいました。ある日から会社帰りの涙が止まらなくなり、泣きたくないのに止めることができませんでした。責任感だけで頑張っていたけど、その時には体がもう限界だとアラートを出していたのだと思います。


2018年12月、ぷつっと気持ちが切れたような日があって布団から起き上がれずに会社を休みました。その後どうにか気持ちを振り絞って行った病院で医師に適応障害と診断されて1ヶ月会社を休むことになりました。体力も根性もある方(という自負があった)なのに会社に行こうと思うと体がついて行かない、そんな弱った自分を受け入れられずに、家で1日中泣いて引きこもりました。誰も直接そんな言葉を言っているわけではないのに”社会から責められている”ような気がしていて。少し体調面が回復してきてからも体調の波があるので怖くて会社に行くことができませんでした。

その時はわからなかったけど、自分の心にまだ余裕が戻ってきていなかったのだと思います。元気がなくて、文字通り本当に何もできず、そこから"自分を満たす"のに半年くらいかかりました。

体力の回復より、心のキャパのリカバリーにはかなり時間がかかる

2019年1月:入社10ヶ月目(心の余裕5%⇄15%、体力20→50%、頭の余裕10%⇄50%、時間の余裕100%)

休んで4週間くらいたって体力的には回復してきたかに思えたけれど、一度破綻してしまった心身の調子を元の状態に戻すのには簡単ではありませんでした。風邪をこじらせたみたいに、”弱った自分”は気分屋で、調子の良い時と悪い時の波乗りを繰り返していました。会社に戻ろうとしたタイミングでインフルエンザにかかった時は、自己否定が強くなって出社どころでなくなってしまい、ご飯もままならないので、またしばらく休職期間を伸ばすことになりました。ただでさえ、”できること”が少ない自分なので、一人暮らしが心底嫌になりました。誰かにもたれかからないと生きるのが辛い...。外にも出れず、寝たきり期間が長くて体力がかなり落ちていたし、休んでお金もないことが不安を煽ってなかなか外に出ることができませんでした。

「自分はまだ弱っているし、元の状態に戻るのにはまだまだ時間がかかる」この事実を受け入れることに本当に時間がかかりました。今すぐにでも”元の自分”(心の余裕100%、体力100%)に戻って、誰かの役に立たなければ自分を認めることができませんでした。でもそれはしばらくは無理なことだと、なかなか諦められませんでした。一人で過ごすことに少しずつ慣れていきました。

回復のステップ

何がきっかけで会社に戻れたのかよく聞かれることがあります。回復するのに私は以下のステップを踏んで、元の自分の状態までに回復したように思います。順番に記載します。

①何もできない自分に慣れる・受け入れること

②自分が弱っていることを周囲(信頼している人や社外)に発信する

③小さな貢献を繰り返して人間関係の自信を取り戻す(つがなりの回復)

④回復習慣を作る〜自分なりのストレス発散方法を習慣化する

⑤仕事での成功体験を増やして自信を取り戻す

⑥弱った自分や感情を周囲に開示して理解してもらう

自分が会社にいる目標や意味を作る


2019年1月:入社9ヶ月目(心の余裕15%⇄35%、体力60%、頭の余裕10%⇄60%、時間の余裕100%)

①何もできない自分に慣れる・受け入れること
復帰前、まずは何もしない自分に慣れることから始めました。暇が苦手で何かをしていないと気が済まないタイプの自分にとっては意外とこれがしんどかったです。

一見普通に見られるけれど、一人になった時にどっと疲れていたり、普段より休む時間が必要なので人との予定を作るのは精神力を使うので、元気な時の自分のようにはなかなかできません。最初の頃は自分への期待値が高くて、できない度に凹んだし、自己嫌悪がすごかったです。

最初はとにかく何もしなかった!何かをしたくなるまでひたすら寝ました。暇すぎると少しずつ何かをしたくなってくるけれど外に出る自信はありません。そんな自分にとって最強だったのがAmazonPrimeVideoやYoutube。本当にたくさん映画やアニメを観ました。

気になっていたアニメや映画のシリーズを制覇したり、「ツレが鬱になりまして」「言葉の葉の庭」を観て、メンタル不調になった人はそうなってしまうものだという自分の頭の中の事例の数を増やしていったり、自分が出せない感情を出しているような映画を観て少しずつ感情が充電されていったような気がします。「進撃の巨人」「PSYCHO-PASS サイコパス」とか攻撃的だと思って今まで観なかったものまで観ました。

また、信頼できる人になら連絡を取れたので、家族と過ごしたり、まだ学生だった頃の友人と電話したりして、人との関係性を恐る恐る確かめるような期間でした。会社に行けなくて何もできない自分だけど、周囲は1人の人として付き合ってくれると感じられるようになって、少しずつ自分が受け入れられるようになりました。

休日なら混み合うカフェも平日はガラガラだったり、中央線沿いを散歩したりしました。ふと気づいたら自分を責めてしまうので、ダメな自分でも許してくれる人たちに救われました。

②自分が弱っていることを周囲(学生時代の友人や社外)に発信する

自分から誰かに直接頼ることは引かれるのではという恐怖心が勝って、なかなか人と連絡を取ることができなかったので、色んな人に心を閉ざしていたように思います。自分から連絡取るのが無理なので、心の余裕がある時に、SNSで自分が弱っていることを周囲に発信することにしました。

SNSで自分がどのような状態なのか、何ができて、何はすることが難しいかなどを書き綴ると予想以上に周囲からの優しい反応が返ってきました。「無理せず休んで」という心配の声やメンタル不調になったことのある赤の他人まで。。。

「弱さ」を開示すると、似たような「弱さ」が引き寄せられて集まってきます。

自分が「弱さ」を自己開示したことで、共感や同情といった優しい世界が生まれました。誰も自分のことを責めずに、環境のことを責めてくれました。「大変だったね」と。

今まで強がってきていたけど、弱い時があってもいいんだなと思えるようになりました。

回復のきっかけになったのは、とある先輩の言葉でした。
「そう時期があってもいいんじゃない?回復早い方だと思うよ。多分、君ならやっていける。」その時の自分は誰かに後押しする言葉を待っていたのだと思います。

メンタル不調になったことのあるというその先輩はまだ自分も若くてとても強そうな方だったのに、その人にもそんな時期があったんだなと思うと、長い目で見るとこの辛さは刹那的なものなのかもしれないし、逆にこんなに早く人が弱るという経験をできたことが貴重だと思えるようになってきました。

気休めだったかもしれないけど、メンタリストDaigoの心理学やメンタルに関するのYoutubeの放送を観るのも結構良かったです。


③人間関係の自信を取り戻す(繋がりの回復)

2019年2月:入社11ヶ月目(心の余裕15%⇄45%、体力70%、頭の余裕30%⇄60%、時間の余裕80%)

何もしない状態に慣れて、体力も戻って外に出れるようになってきてからは、これまで仕事が忙しくなってできなかったことや住んでいる高円寺を散歩したり、疎遠になりつつあった友人や先輩に会ったりしてみました。

だいたい朝起きることができないので、遅めの時間や曖昧な時間で待ち合わせをして、人に会うことに慣れていきました。SNSのある時代で本当に良かったと思います。普段より遅刻することが多かったり、自信のなさからかLINEのレスが”元気な自分”より遅かったりしたのに苦労しました。いつもの自分なら”普通”のことができないことがストレスでした。知り合いや初めましての人も含め、そんな状態を打ち明けながら少しずつ人に会って自分の中の対人力の自信を回復させていきました。

弱っている状況を親しい人に話して受け入れてもらうことで自分を癒しながら、不安になった時に定期的に気にかけてくれる人を増やしていった時期でした。

2019年3月:入社12ヶ月目(心の余裕15%⇄45%、体力70%、頭の余裕30%⇄60%、時間の余裕65%)

ある程度大丈夫そうだと思って、自分の中で会社に戻ることへの整理がついてから、えいやと復帰を試みました。時短勤務させてもらいながら、弱い自分とじっくり付き合っていくことにしました。

自分の負荷を鑑みて、部署は業務量を調整しやすい所に変えてもらいました。
最初は時短勤務での復帰なので、基本は午前中に研修や課題で業務が終わりました。みんなが忙しく働いている中、自分だけ午前中に帰るのはとても気まずい。(周りはそんなに気にしていないかもしれないけれど。)そのままだと自分を責めて会社にいづらくなりそうだったので、ほぼ毎日ランチに人を誘うようにしました。給料が半分くらいになっていたので、そのことを打ち明けると先輩は奢ってくれたりしたので、休んでいて会えなかった時の期間の話を聞いてくれて、本当に救われました。

いったんの目標は会社の人とコミュニケーションを取って会社にいてもいいと自分で思える、「自分を好きといってくれる人を増やして仕事を好きになること。」できない自分を好きになるための自分なりの工夫でした。

この頃はまだ、元上司にも顔を合わせることができなくて、最初に復帰の挨拶に行った時は心臓が爆発寸前で、涙が溢れそうになったので挨拶以外の会話はほとんどできませんでした。

「あ、まだ私話せないな」と思って、心の余裕が戻るまではしばらく距離を取ろうと決めました。

回復習慣を作る〜自分なりのストレス発散方法を習慣化する

メンタルヘルスについて記事や本を漁っていると、ストレス解消に良いとされるものには必ず「運動」が出てきます。医師の勧めもあり、もともと体を動かすのが好きな性分から運動を習慣化することに決めました。産業医面談にも運動する機会を聞かれるアンケート項目があったりします。まずは週に1回少なくとも15分ランニングをすることにしました。人目を気にして時間は早朝だけしかできませんでしたが、これがなかなか気持ちいいんです。
運動することでアドレナリンが出て、自信が回復するそう。コツコツ自分の決めたことを続けるのは自分を好きになるのにもってこいでした。1回のランニングで1週間くらいはメンタルの安定度が全然違いました。

もっと手軽なことで言うと、毎朝会社の最寄駅の一駅隣の駅で降りて歩いて通勤するようになりました。道沿いに桜並木があり、自然に囲まれて歩くのは本当に気持ちが良かったので、時間に余裕のある朝はここを通るようになりました。週に1~2時間自然の中で過ごすだけでもメンタルヘルスには大きな効果があるそうです。好きな音楽をSpotifyで聴きながら駅から10分ほど歩く。そんなメンタル回復の習慣を日常に組み込んでいきました。

⑤仕事の成功体験を増やして自信を取り戻す〜苦手の克服

仕事は部署が変わったので新しいことをしなければいけなりませんでした。ただでさえ体力や集中力が落ちていて、自分を責める思考になりなすいので、”普通通り”には仕事ができません。新しいことばかりだからできないことの方が多いのは当たり前で、最初に大変だったのは、部署の環境に慣れることと”できない自分を許すこと”でした。

研修は「勉強」みたいなもので、自信のない頃の自分にはちょうどよかったです。知識を0→1にする作業は、それほど難しくなく、自分の「できる」実感を増やして自己肯定感を得やすい気がします。入った部署での広告オペレーション業務は指示書通りにエクセルファイルを作業して、入稿を依頼する仕事で、正解を求めがちな自分の性格に合っていました。ある程度答えが決まっていて、自分の中での”成功”を積むのに相性が良かったです。


その時教えてくれた先輩は3年目の先輩でしたが、とても賢くて、厳しいけれど優しい人でした。分からないことも、初めてならしょうがないと言ってくれ、失敗したらなんでつまづいたのかを噛み砕いてくれました。論理的だけど正論だけではなく、相手の目線になって言葉を選べる人でした。「失敗を許してくれる環境」が自分を許すことに繋がったし、私はその先輩のことをとても尊敬して信じながら勉強することができました。一年目に何でつまづいていたかも、自分の苦手なことも丁寧に向き合った期間だったように思います。

そうやって自分の完璧主義を周りに許してもらいながら、徐々に緩めながら少しずつできることを増やす努力をつむことで、自分を許していく期間だったなぁと思います。スキル的には、特に一年目に身に付けられなかった相談の仕方やタスク管理についてを学び直した期間でした。


⑥弱った自分や感情を周囲に開示して理解してもらう

精神力が60%以上が続くようになってきてからちょっとずつ上長や周りの働く人たちに心を開けるようになってきて、休職した頃の話を少しずつするようになっていきました。
何を言われて辛かったか(人一倍気を遣っているつもりなのに人の感情が分からないんじゃないかと言われたことや赤字社員と言われたこと、感情をうしした正論、高圧的な言い方など)、何ができなかったか(自己開示や弱みを出すことができなかったこと、意味のないと感じることができないこと、マイクロマネジメントされるとやる気を無くしてしまうこと、単純作業・事務作業は飽きやすいこと)、何が得意なのか(足りない役割を察してその穴を埋めることが得意なこと)を話しました。周囲との相互理解を深めた期間でした。

健常者と違うことも期待値調整しておかないと、随分重たい仕事を振られて最終的に責任を取れなくなってしまいます。自分は思っているよりできないので、「できないです」と断る力をつけたものこの時だったかもしれません。

2019年4月:入社12ヶ月目(心の余裕45%⇄65%、体力80%、頭の余裕60%⇄80%、時間の余裕60%)

桜が咲き誇っていた4月。去年できなかった花見を友達を週末にたくさんした。靖国神社の桜の下で花見をしたのは本当に楽しかったです。

この頃はまだ体力は万全じゃないけれど、人間らしい感情が戻ってきていた時。話したり、笑ったりも普通にするようになりました。一見外から見ると健常者でした。

午前だけの勤務からもう少し勤務時間が長くなって、会社に行くことに慣れてきた頃。自分を許す工夫としてまずは自分のできると感じるハードルの低いことをしていこうと思い、Matcherで就活生とカフェで会うようになっていきました。初対面の人や会社外の人、特に目下の人と話す方が自分にとっては楽でした。

会社では「お荷物」だけど、ボランティア的な何か社会に対して役に立つことで自分を認めたかったのかもしれません。

人に頼られるのは好きだったし、相手の求めていることを探ってアドバイスをするのは得意でした。人生に迷っている就活生をみて、私もこんな時期があったなとか自分もそのころと比べたら進んだなと思えて、実は私が救われていました。

⑦自分が会社にいていい目標や意味を作る

2019年4月半ば:入社1年2ヶ月目(心の余裕45%⇄65%、体力90%、頭の余裕70%⇄85%、時間の余裕50%)

4月半ばから仕事は15時までという勤務形態に変わりました。

この頃長く会社にいることに慣れる時期でした。きつかったのは、時短勤務によって減った給料でした。正社員の半額くらいになった給料から経済的不安が強くなり、貯金の底が見えて、正社員が守られていることを改めて感じていた気がします。毎日もやしやそうめんなどの節約料理を作っていました。奢ってもらうのは正直申し訳なさや外交さを保つのに自分が疲れてしまうので、基本は貯金を切り崩して、走りに行って運動することで食欲を抑えたりしました。カフェもお金がかかるので、図書館に行ったり、心理学やメンタルヘルスについての記事を読み漁ったり、家でVoicyを聞いたりして暇を潰しました。

この頃は精神的にも結構元気になっていて「地域みらい留学」のPRのプロボノの仕事の割合が増えました。※休職前から細々続けていた。
週に1回ほど、中学生向けの活動紹介イベントの企画や学校説明会の企画やディレクションをさせていただいていていたけれど、普段の広告の売り上げを作る仕事じゃなくて、社会的に意義のあることを仕事外で趣味的に手伝っているということがとても充実感を感じさせました。

それぞれ専門性を持ったメンバーが仕事の合間に集まって、「日本の教育はこれからこうあるべき」とか「この活動は本当に素敵。もっと子育て世代に知ってもらうには?」というのを本気で議論していて、そのソーシャルな空気感が好きでした。売り上げを作る属性の人たちとは違う”教育や地方に関心がある人たち”が多いというのも居心地が良かったんだと思います。「社外の先輩たち」がたくさんいる環境で、できないことを許してくれる環境だったのも、自分を徐々に受け入れることに繋がっていきました。
会社外の人と話して会話の経験値を積むことが自信になり、徐々に人の目が気にならなくなっていきました。

2019年5月:入社1年3ヶ月目(心の余裕75%⇄90%、体力95%、頭の余裕85%、時間の余裕40%)

仕事でも案件を任せてもらえるようになり、2社のお客さんを広告オペレーション業務で入らせてもらいました。
去年まで自分がやっていた仕事のサポートになる仕事。決して目立つ仕事ではないけれど、誰かにありがとうをわかりやく言ってもらえる縁の下の力持ち的な仕事は自分を喜ばせるのに十分でした。日々まだまだ学ぶべき知識は山のようにありました、コツコツと勉強していきました。今の自分には大したことはできないけど、できることをしていこうとポジティブな諦めができてきた頃でした。

2019年6月:入社1年4ヶ月目(心の余裕90%、体力90%、頭の余裕90%、時間の余裕30%)
産業医と相談しつつ、6月からフルタイムで出勤できるまでに回復しました。

まだ完全に"強い自分"は戻ってこないけど、好きなことをできるようになったり、以前通りに人と話せるようになって安定感が出てきました。複雑な問題も考えられるようになりましたが、実戦で戦える瞬発力は鈍っているのでまだまだだと思います。自己否定もそんなにきつくなくなりました。自分のストレス発散方法や回復の仕方も分かりました。

まだ自分には立場がなく、失うものもなかったから、人生の早い段階で経験できたのは貴重な体験になったと思うようになりました。人は正論だけではついてこないし、共感や他人を褒める心の強さ、力が発揮できる環境や仕組みを整えることも必要なんだと。今後自分が弱った時の取説や今後自分が部下を持つようになった時のため、自分を満たすこの回復ステップは覚えておこうと思います。

もう8月になろうとしています。新しい組織になって、後輩が自分のような状態になって欲しくはないと思うし、人の痛みに敏感になった気がします。マネジメントや組織に対しての思いも自分の中で目標もできました。精神的にも体力的にも、もう大丈夫。“弱った自分”を免罪符にして行動できていなかったこともあるなと感じるようになっていたので、そろそろ動いていきたいです。

***

長い文章を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
自分の回復の時間が誰かの参考になれば幸いです。

私が弱さを一緒に付き合っていくことのインスピレーションを受けた記事はこちら↓




#社会人1年目の自分へ #適応障害 #回復の時間 #メンタルヘルス #新社会人 #心の健康 #私の回復じかん

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
ゆうき+*
福岡生まれ、教育好きなデジタルマーケター。 人やサービスの本質を言葉にすることが得意。旅とコーヒーとチーズケーキが好き。