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【正しい知識を!】うつ病より深刻な境界性パーソナリティ障害とは?

【背景】

今日は「境界性パーソナリティ障害」についてご紹介したいと思います。

とは言っても、この境界性パーソナリティ障害はドラマや映画を通してご存知の方も多いと思います。有名なのはちょっと古いですが「十七歳のカルテ」とかですね。いわゆるボーダーラインパーソナリティです。

今回は境界性パーソナリティ障害の概要だけではなく、最新の知見なども交えながら、この疾患について理解を深めていただけたらなと思います。科学文献などの引用も多数行っておりますので、内容が多少学術的で難解になっておりますが、ぜひ正しい知識を身につけていただきたいと思いますので、おつき合いください。

(以下、境界性パーソナリティ障害はボーダーラインと略します。)

目次

・ボーダーラインの症状

・ボーダーラインの原因

・ボーダーラインの現代の治療と、今後の治療の展望

・ボーダーラインの人たちと、一般の私たちはどのように関われば良い?

・まとめ

【ボーダーラインの主な症状】

ボーダーラインの診断は、下記の症状の有無をもとに診断されます。人口の1-2%が境界性パーソナリティ障害であると言われています。

主な症状をまとめると、見捨てられ不安とそれを阻止しようとする執着的な行動、両極端で変動の激しい感情や思考、自己効力感の欠如(要するに自分に体する自信の欠如)、自傷・自殺行為などの自己破壊的行動や思考、対人関係障害、高い衝動性と自己コントロール感の欠落、解離などになります。


①見捨てられ不安
⇒これは実際に見捨てられた時だけではなく、見捨てられるような状況にないにも関わらず、突如見捨てられるのではないかという激しい不安に襲われ、なりふり構わずそれを阻止しようとする強い感情・行動のことです。

②相手への「理想化」と「こき下ろし」の両極端な対人関係
⇒ボーダーラインの人は0か100か、白か黒かという極端な考え方や感じ方をするという特徴があります。出会った人に対して、初めは過剰な理想化を行い、「最高の人に出会えた」「一生の友人ができた」と舞い上がります。しかし、ほんのわずかでも相手の欠点が見つかったり、相手がつれない態度をとっただけで、「あいつは最低だ」「今までの時間を返せ」などと激高したり、深刻に落ち込んだりします。ボーダーラインの人の考え方は上記のように両極端で、中間的な考え方・感じ方が苦手です。

③同一性障害(自己に対する認識が不明瞭であり、その感覚が慢性的である)
⇒前述のようにボーダーラインの人は両極端な考え方をします。さらに気分の変動も激しいのです。その結果、自己に連続性を感じられなくなることがあります。つまり、最高にテンションが上がって舞い上がった自分の感覚と、落ち込んだときの自分の感覚の乖離が激しすぎて、全く別個の自己と感じられるようになってしまうこともあるのです。今の自分が何なのか?誰なのか?という意識が希薄となり、この症状も本人にとって大変苦しいものです。

④衝動性が高く、自己の感情や行動の歯止めが利かない。また自己を傷つける行動を2つ以上有している(例:過食・過剰な性行為・衝動買い・薬物乱用・無謀運転など)
⇒ボーダーラインの人は気分変動が激しく、両極端な思考を行う上に、衝動性も高いため、突発的な行動に出ることがままあります。他人を傷付ける可能性もありますが、主にボーダーラインの人は自己を傷付ける行動・自分の安全を省みない自暴自棄な行動をとる傾向があります。

⑤自傷や自殺のそぶり、脅し、または実際に行動に移す。
⇒ボーダーラインの人は衝動性が高く、敏感な感情を持つため、ほんのささいなネガティブなことで自傷・自殺行動に出ます。自傷・自殺意図の確率は70%ともいわれ、残念ながら3-9%の人が自殺を完遂してしまいます。これはうつ病の患者さんの3倍にもなるという報告もあります。リスクファクターとしては高齢・反社会性・衝動性の高さ・自傷の前歴などが上げられています(参考文献1)。また、ボーダーラインの人の自傷・自殺意図は、単純な自殺願望に基づく行為だけではないことが指摘されています。彼らは自傷行為を行うことで、「他人に自分の不幸・不遇を分かってもらいたい」というサイン効果や、「自傷を行うことで不安や空虚な気分が和らぐから行っている」というカタルシス効果を期待して行っているケースもあります。また自傷行為そのものに依存してしまっているケースもあり、ボーダーラインの方々の自傷行為の心理構造は、通常の人が考えるよりもはるかに複雑です

⑥顕著な気分反応性による感情の不安定化
⇒本人にも原因が分からないほど些細なことで、顕著な不安感、不快感、イライラなどが起こります。一般的に数時間続くと言われています。この症状が続くと、自分の感情をコントロールする自信が失われ、自己効力感の欠如が加速してしまいます。

⑦慢性的な空虚感
⇒ボーダーラインの人は、激しい感情の波があること、周りの環境の変化を敏感に察知し影響されてしまうことから、はっきりとした自己像を意識できない傾向にあります。その結果、胸にぽっかり穴の開いたような、底知れない空虚感に突如襲われることがあります

⑧脈絡のない激しい怒りあるいは怒りのコントロールの不能性
⇒激しい感情の変化、両極端な思考は怒りや暴力となって表出することもあります。

⑨一過的なストレス由来の妄想あるいは解離
⇒精神医学用語における妄想とは、非現実的ではあるが本人は確信を持っている想像上の産物になります。周りの人には何を言っているのか分からなくとも、本人は確固たる確信を持ってその想像を信じていますので、その結果突飛な行動をとったり、感情が暴走してしまうこともあります。また解離とは自己の連続性が失われることで、症状としては一時的に記憶がなくなったりします。その記憶がない間に自傷行為や破壊行為に及ぶ可能性もないとは言えないので、解離現象は本人にとっても周りにとっても危険な兆候となります。


ボーダーラインの診断は非常に難しいのです。実は誤診だったという可能性も全くないとは言い切れません。というのも、たとえばボーダーラインには他の精神疾患(うつ病)が合併することもあったり、反社会性、妄想性、回避性、依存性パーソナリティの合併や移行も頻繁に見られたりします。このように、ボーダーラインとさまざまなパーソナリティ障害や精神疾患が混在する傾向にあることも、ボーダーラインの正確な診断・治療を困難にしている要因の一つとなります。

【ボーダーラインの原因】

精神疾患やパーソナリティ障害というものは発症原因と発症のきっかけが異なることがよくあります。よって精神疾患・パーソナリティ障害の原因を特定することはそもそも容易ではないのです。例によってボーダーラインの原因も、いまだ明確には不明です。

ボーダーラインの遺伝率は、一卵性双生児の追跡研究より50%〜60%と言われ、遺伝的要因も見られます。しかし一方で環境的要因を指摘する研究者・精神科医も多数おり、幼少期の虐待や過干渉などが要因の一つとして考えられるとの説もあります(参考図書2)。実際に、アメリカの調査によると、ボーダーラインの患者さんの90%に小児期の外傷経験がみられています(参考文献3)。日本においても類似の調査がなされ、幼児期の虐待や過干渉が見られたとの報告があります。このような虐待や過干渉は、本人の自己効力感の欠如や、見捨てられ不安の悪化、衝動性の亢進などを招きます。また幼少時代に誉められた経験の少ない子供は、親や先生や周りの感心を引く行動に過剰に執着します。その結果、ますます完璧主義を目指したり、他人に執着したりする傾向が育ちます。過剰な完璧主義はボーダーラインの白か黒かの両極端な思考へ、他人への執着は過度の見捨てられ不安へと繋がっていきます。

また生物学・脳科学的側面からも研究がなされ、ボーダーラインの患者においてはMAO(モノアミン酸化酵素)というモノアミンを分解してしまう酵素の活性が高かったことが示されています(参考文献4)。モノアミンとは簡単にいうと、脳を元気にする神経伝達物質で、うつ病の患者さんではこのモノアミンの量が低下しているという仮説が唱えられています(モノアミン欠乏仮説)。つまり、ボーダーラインの患者さんの脳内でもうつ病の患者さんの脳内と似た現象が起こっているのではないかと考えられると言うわけです。その結果、ボーダーラインの患者さんもうつ病患者と似た症状、つまり自傷行為や空虚感、意欲の低下などが見られるのではないかということが示唆されています。

また、ボーダーラインの患者さんでは、不安や恐怖などの感情を司る扁桃体という脳の一部が、健常者に比べ異なる反応することが分かっています。ボーダーラインの患者さんでは、他人の表情を「脅迫している人の表情」と誤認する傾向があることが明らかとなっており(参考文献5)、自傷行為などを行う際は通常不安や恐怖を感じるはずなのですが、ボーダーラインの患者さんにおいては、自傷行為の際の扁桃体の反応が弱い傾向があることなどが研究により明らかにされています(参考文献6)。つまり自傷することに恐怖感を感じないため、さらなる自傷行為を行ってしまうということが示唆されています。

もちろんボーダーラインの方の脳内でMAOの活性が低下していることが事実であったとしても、それだけでボーダーラインの患者さんの全ての症状を説明することはできません。扁桃体の過活動の研究結果を合わせても同様です。ただ、MAO阻害薬や扁桃体を抑制する薬はすでに開発されています(前者はうつ病治療薬としてかつて使われていましたし、現在でもヨーロッパの一部の国では軽少うつ患者に用いられています。後者の扁桃体を抑制する薬は抗不安薬として現在もさまざまな精神疾患に用いられています)。このような薬剤を上手く使うことで、ボーダーラインの症状のいくつかを上手く抑えることは出来るのかもしれません。今後さらなる研究が展開していくことを期待しましょう。

【ボーダーラインの現在の治療と、今後の治療の展望】

ボーダーラインの現在の治療ですが、ボーダーラインを治す薬は残念ながら現在はありません。症状を抑える薬のみです(うつなどを合併している場合はSSRIなどの抗うつ薬などが用いられることもあります。抗不安薬や睡眠薬などは大量服薬による自殺の懸念から、処方は慎重になされます)。治療はもっぱらカウンセリングや精神療法などが中心になります。ただ、ボーダーラインが前述のようにさまざまなパーソナリティ障害と混在するケースが多いことや、ボーダーラインの患者さんへの接し方に詳しくないカウンセラーが少なくないことなどから、治療率は決して良くはないのが現状です。

今後の治療の展望ですが、前述のとおりMAO阻害薬や抗不安薬の治療効果のエビデンスが集まれば、治療効果の向上が期待できるかもしれません。また、現在臨床試験中のメタ認知療法については一定の効果があることが示唆されており、今後の動向が期待されます(参考文献7)。

【ボーダーラインの人たちと、一般の私たちはどのように関われば良い?】

これは非常に難しい問題です。ボーダーラインの人たちの感情・思考をしっかり理解し、長期間支えてあげることが必要なのですが、カウンセラーですら手こずるのに、カウンセラーでもない私たち一般人にはこれは不可能です。ボーダーラインの患者さんたちは、通常はとても明るくサービス精神旺盛で社交的に振る舞うため、とても魅力的な人たちに見えます。ただ前述の通り、両極端な思考・気分変動が激しいこと・衝動性が高いこと・見捨てられ不安があることを忘れてはいけません。中途半端に彼らに優しく接して、彼らの思考様式に圧倒され、その後背を向けると言う行為が最悪の対応です。彼らは少しでも私たちが背を向ければ「見捨てられた」と思い込んでしまい、酷く傷つきます。

ボーダーラインの知識をしっかり持っていて、彼らと長期的に安定な人間関係を築ける覚悟があるのなら、ぜひ彼らを支えてあげてください。ただ繰り返しますが、中途半端で一時的な親切や興味本位に接することは彼らの治療にとって逆効果です。彼らを支えられる覚悟がないのなら、適度な距離を保ち、出来るだけいつも変わらぬ感情・態度で接してあげてください。

彼らは感情の波が激しいですが、その波の中にある本音はなんなのかに注目してあげてください。そして悪い面を指摘するのではなく、良い面をきちんとはっきり伝えてあげてください。それらの積み重ねが彼らを自立へ導く第一歩です。

【まとめ】

①ボーダーラインの主な症状は、見捨てられ不安とそれを阻止しようとする執着的な行動、両極端で変動の激しい感情や思考、自己効力感の欠如、自傷・自殺行為などの自己破壊的行動や思考、対人関係障害、高い衝動性と自己コントロール感の欠落、解離などである。

②ボーダーラインの人たちは、感情が安定しているときは普通の人とは変わらず、むしろ社交的で明るく魅力的な人たちである。

③ボーダーラインの原因として、遺伝率は50−60%と比較的高い。また環境的要因としては、幼児期の虐待や過干渉を挙げる研究者も多いが、依然として明確な原因は不明である。

④ボーダーラインの患者の脳の特徴としては、MAO活性が過剰に高いこと、扁桃体の反応が健常人とは異なることが分かっている。特に人の表情をネガティブな表情として誤認する傾向がある。

⑤ボーダーラインの治療としては一部服薬治療があるが、主な治療方法はカウンセリングである。

⑥ボーダーラインの将来的な治療としては、MAO阻害薬や抗不安薬のエビデンス蓄積、メタ認知療法などが期待される。

⑦一般の我々がボーダーラインの人に接する場合、ある程度の距離感を保ち、いつも変わらない感情・態度で接すること。感情の波の中にある本音に気づいてあげること。出来ないことより、出来たことを評価してあげること。ある時優しくし、ある時ぞんざいに扱うなどすると「見捨てられ不安」により彼らは激しく傷つく点に注意すること。


以上です。
ボーダーラインは、数あるパーソナリティ障害の中でももっとも複雑な疾患です。
とくに対人関係が上手く行かないことや激しい気分の変動、自己効力感の低下に患者さんは苦しみます。
一方で、一般の私たちも対応に苦慮することがあり、助けてあげることが難しい疾患です。
最低でも、このボーダーラインという疾患に対して正しい知識を身につけていきましょう。
けっして「メンヘラ」の一言で彼らをぞんざいに扱わないようにしてくださいね!
それではまた次の記事で!!

<参考文献>

1:Soloff PH et al (1994). Risk factor for suicidal behavior in borderline personality disorder. Am J Psychiatry. Sep;151(9):1316-1323

2:岡田尊司 著、『境界性パーソナリティ障害』、株式会社幻冬舎

3:Perry JC et al (1990). Psycotherapy and psycological trauma in borderline personality disorder. Psychiatric Annals. 20:33-43

4:Kolla NJ et al (2017). Monoamine oxidase A in antisocial personality disorder and borderline personality disorder. Curr Behav Neurosci Rep. 4(1):41-48

5:Donegan et al (2003). Amygdala hyperreactivity in borderline personality disorder. Implications for emotional dysregulation. Biological Psychiatry. 54(11):1284-1293

6:Schmahl D.J (2006). Neural correlates of antinociception in borderline personality disorder. Arch Gen Psychiatry. 63:659-667

7:Hans MN et al (2019). Metacognitive therapy of early traumatized patients with borderline personality disorder : A phase-II baseline controled trial. Frontiers in Psychology. July 10:169

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