シトロエン

シトロエンワークス撤退から考える、引き際の美学。| GO AHEAD -僕の描く夢- 第204回

 こんばんは、坂岡 ユウです。
 今年も球春到来ですね。それと時を同じくして、モータースポーツも少しずつシーズン入りした分野が出てきました。
 その一番手がWRC(世界ラリー選手権)です。WRCやラリーと言われてもピンと来ない方のために、ちょっとしたご説明を。

ラリー
・自動車競技の一種。サーキットレースとは異なり、公道を封鎖して競技が行われる。
・平均速度と到着時間の正確性を競うアベレージラリーと、封鎖したステージで合計タイムを競うスプリントラリーがある。
・競技車両は市販車ベースのために安価で手に入りやすく、フォーミュラカーに比べると参加しやすい。
・トヨタやフォードなどの大衆ブランドから、ポルシェやアストンマーティン(かつてはメルセデス・ベンツやロールスロイスまで!)などの高級ブランドまで、ありとあらゆるブランドが参戦経験を持つ。
・日本でも全日本ラリー選手権や個人主催の大会が開催されている。
WRC(世界ラリー選手権)
ラリー競技の最高峰として、1973年に発足。
・当初はマニュファクチャラー(製造者)選手権のみだったが、後にドライバーズ選手権も始まった。
ヨーロッパを中心に世界各国を転戦。アジアや南アメリカなどでも行われている。2020年は日本に10年ぶりに帰ってきます!
・日本メーカーはトヨタ(現在も参戦中)、スバル、三菱、日産、マツダ、ダイハツ、スズキ、いすずなど、ほぼすべてのメーカーが一度は参戦を経験している。

 ほんとに大まかですけど、こんな感じでしょうか。ラリーの最大の魅力は、なんといっても一般に生活道路として使われている道を競技車両が駆け抜けるところにあります。
 F1やGTに比べて競技を真近で観戦できるので迫力満点!!

 路面は代表的なものが三種類あって、砂利道や悪路を疾走するグラベルラリー(グレートブリテン、サルディニア、フィンランドなど)と、一般道や私道を駆け抜けるターマックラリー(ドイツ、スペイン、フランスなど)と、雪道を豪快に突き抜けるスノーラリー(スウェーデン)に分けられます。グラベルとターマックが混在するミックスサーフェスラリーや、モンテカルロのようにスノーラリーの要素もあるターマックラリーもありますが、ここでは詳細な説明を割愛させていただきます。

 用語などの詳しい説明はToyota GAZOO Racingのオフィシャルサイトにある用語集をご覧ください。

 2004年から、長らくセバスチャン・ローブとセバスチャン・オジェの時代(勝手にセバスチャン時代と私は呼んでいます)が続きましたが、去年はトヨタのオット・タナクがオジェをついに王者から陥落させました。 日本史の教科書みたいに言えば、セバスチャン時代の終焉です。

はじめに 〜 5分でわかるシトロエンとラリーの歴史

 さあ、本題行きましょうか。

 今回のエッセイの主役は、トヨタとオット・タナク(エストニア)に王者から陥落させられてしまったセバスチャン・オジェ(フランス)が昨年所属していたチーム、シトロエン・トタル・ワールドラリーチームです。

 ここで、シトロエンのWRC活動を紹介させてください。もともと、シトロエンは独創的なクルマを作るブランドとして有名で、ラリーの分野でもパリダカールラリーなどで輝かしい成績を残してきました。一般車で言えば、シトロエン・2CV(フランス最高の国民車)やハイドロマチックという独自のサスペンション機構が有名です。

 現在の体制では2003年からフル参戦を開始し、セバスチャン・ローブ(フランス)やカルロス・サインツ、ダニエル・ソルド(共にスペイン)を筆頭に素晴らしいドライバーたちが、手間隙をかけて作られた優れたマシンを駆り、歴史的な好成績を残し続けてきました。セバスチャン・ローブはドライバーズ選手権9連覇という輝かしい記録を残しましたが、そのすべてがシトロエンとのタッグによるものです。

 しかし、近年のシトロエンはフォルクスワーゲンやヒュンダイ、トヨタなどの新勢力の台頭やマシン開発能力の低下、資金不足によって他チームの後塵を拝することが多くなりました。2016年には開発のために1年間参戦休止しましたが、いざ復帰した2017年の結果は惨憺たるもの。スポンサーも撤退し、ワークスチームのシートを求めたセバスチャン・オジェがチャンピオンの冠と共に2019年に復帰しますが、結局は王座を守り切ることが出来ませんでした。

引き際の失敗

 問題は、ここからです。チャンピオンの座を失ったセバスチャン・オジェはチームからの離脱を決意します。

 すると、シトロエンは「オジェのいないシトロエンは考えられない」と撤退を発表してしまったのです。その原文はこちら。

 後にチーム代表がコメントを発表していますが、この発表はラリー界から大きな批判を受けました。

 なぜ、シトロエンの発表がこんなにも批判されることになってしまったのか。理由を公式発表やインタビューの内容を踏まえ、私なりに纏めてみました。

・オジェのみに頼り切った姿勢が、他の現役ドライバーたちに対しての礼節を欠いている点。
・オジェの離脱を理由に「潔く」身を引いたように撤退を印象づけようとしている点。
・チームの成績不振を他のドライバーたちに押し付けている点。
・成績を向上させるためにはいくらでも手段があったはずなのに、予算を理由に適切な方法をなかなか取れていなかった点。

 ここで一番大きな「失敗」は、やはり撤退の理由をセバスチャン・オジェという偉大な存在の離脱にすべて紐付けてしまったところです。

 この発表は、自チームのシトロエンにはエセペッカ・ラッピ(フィンランド)が、他チームにもオット・タナク、エルフィン・エバンス(イギリス)、マッズ・オストベルグ(ノルウェー)などの優れたドライバーたちが多くフリーとなっているのに、「他のドライバーたちはいらない」とプレスリリース上で発表しているようなもの。

 撤退のプレスリリースの文章で、シトロエンを擁護できる要素は残念ながらありません。

チームとしてはものすごく奮戦していたけれど......

 もちろん、チームとしてはかつての栄光を取り戻すべく、限られた予算の中で奮闘していました。ドライバーたちもチームの努力に一定の成果を出して応えていました。前エースのクリス・ミーク(イギリス)は不規則なマシン挙動に戸惑いながらも、何度か優勝を持ち帰っています。チームは悪くないんです。

 本当にもったいない。十分な時間的猶予があるにも関わらず、このような形でWRCを去ることになってしまった。非常に残念でなりません。

まとめ 〜 輝かしい思い出を傷つけないために

 それでは、ここからはまとめに入ります。シトロエンが一番マズかったのは、「ドライバーに責任を押しつけてしまった」と先に書きました。

 普段活動をしていると、どうしても身を引かなければいけない場面が出ると思うんです。みなさんも考えてください。そんな時、誰かに責任を押し付けるよりも、スッと引いた方が印象が良いですよね。

 思い出や栄光があればあるほど、引き際は潔い方がいい。

 一見当たり前のように思えますが、当たり前であればあるほど、実行するのがすっごく難しい。シトロエンの件で、よりこのことを実感させられました。

【おまけ】 

今回の記事本文はここまでです。ここからは、ちょっとした今年のWRC見どころを紹介させてください。

1.サファリラリーとラリージャパンの復活

2020年のWRCはこんな感じのスケジュールです。

1.モナコ(ターマック・スノー)
2.スウェーデン(スノー)
3.メキシコ(グラベル)
4.アルゼンチン(グラベル)
5.ポルトガル(グラベル)
6.サルディニア(グラベル)
7.サファリ(グラベル)
8.フィンランド(グラベル)
9.ニュージーランド(グラベル)
10.トルコ(グラベル)
11.ドイツ(ターマック)
12.ウェールズ(グラベル)
13.日本(ターマック) 
(※ 第四戦として予定されていたチリは政治不安のため中止)

 カレンダー上での一番の見どころは、なんといってもサファリラリーとラリージャパンの復活です。

 サファリラリーは悪路と長距離が特徴のラリーで、全ラリーで最も特殊な日程がかつては組まれていました。モンテカルロラリーも以前は他都市からモナコに集結する(フランス語で「集結」を意味する「コンサントラシオン」と呼ばれていた)形を取っていましたが、近年はプログラムの均一化を図るために中止されています。他のイベントも似たような経緯を辿っています。

 そんな中、とりわけ特殊なサファリラリーはケニア政府の協力な後押しもあって復活が実現しました。今回の日程は一般的なラリーに近いものに改められていますが、その特殊性が何処まで残り、どのようなドラマが待っているのか、非常に楽しみです。

 また、ラリージャパンも十年という長い月日を経て、ついに復活しました。2010年の前回大会は北海道を舞台としたグレートブリテンなどにも通じるグラベルラリーでしたが、今回は愛知県と岐阜県が舞台のターマックラリーです。日本にようやくWRCが帰ってきます!!

 ラリージャパンといえば、毎回のようにドラマが発生します。2007年はセバスチャン・ローブ、マーカス・グロンホルム(フィンランド)の二強と地元スバル勢が総崩れし、若手とプライベーター(個人による参戦)による戦いとなりました。2010年もベテランのペター・ソルベルグ(ノルウェー)とセバスチャン・オジェのベテランと若手による熾烈なバトルが繰り広げられ、かつてない熱気に満ちていました。

 ラリージャパンの良いところは、とにかくファンが熱いところです。舞台は変わりますが、生でど迫力のWRCが観られる貴重なチャンス、逃さないようにしましょうね。(私はまだ行けるかわかりません。汗)

2.大シャッフルされたドライバー&チーム

 ドライバーやチームの面でも、今年は大シャッフルといってもいいほどの変化が起こっています。

ヒュンダイ(Hyundai Shell Mobis World Rally Team)
No.8 オット・タナク
No.11 ティエリー・ヌービル
No.6 ダニエル・ソルド / No.9 セバスチャン・ローブ

 王者オット・タナクはトヨタからヒュンダイへと移籍し、ヒュンダイはティエリー・ヌービル(ベルギー)、セバスチャン・ローブ、ダニエル・ソルドというワークスの中ではもっとも強力な体制を整えてきました。

 ダニエル・ソルドはセバスチャン・ローブとシートをシェア。シトロエン黄金期を支えた二人が若き王者候補を強力にサポートします。

トヨタ(Toyota GAZOO Racing World Rally Team)
No.17 セバスチャン・オジェ
No.33 エルフィン・エバンス
No.69 カッレ・ロバンペラ

 前年までタナクが在籍していたトヨタは、撤退したシトロエンからセバスチャン・オジェが移籍。さらに、Mスポーツ(フォードセミワークス)からエルフィン・エバンス(イギリス)が新たに加入しました。

 エバンスはイギリスの新星として早くからチャンスを与えられ、優れた走りでその期待に応えてきた中堅ドライバーです。さらに、新たな風としてグラベルスペシャリストとして名を馳せたハリ・ロバンペラの息子、カッレ・ロバンペラが若干19歳でワークスデビューを果たしました。ちなみに、彼は私より一日だけ先輩です!

 チャンピオンの離脱というネガティブポイントがどうしても先行しがちですが、六連覇の経験を持つオジェはもちろん、エバンスもオジェの戴冠をサポートした実績があり、カッレも驚異的な才能を持つ若手です。今年もドライバー・マニュファクチャラー共にタイトル争いに絡めるでしょう。

Mスポーツ(M-Sport Ford World Rally Team)
No.4 エセペッカ・ラッピ
No.3 テーム・スニネン
No.44 ガス・グリーンスミス

Mスポーツは思い切った布陣を組んできました。若手テーム・スニネン(フィンランド)は残留しましたが、新たにエセペッカ・ラッピを獲得。WRC2で前年活躍したガス・グリーンスミスもトップカテゴリーに昇格しました。残留したスニネンも25歳と若く、グリーンスミスも23歳、ラッピも29歳とかなりフレッシュな布陣で挑むことに。

 フォードワークスを受け継いで久しいMスポーツ。資金不足や開発の停滞が今年も心配されますが、果たしてどんな成績を収めることが出来るのでしょうか......??

3.オジェとタナク、そしてヌービルの三つ巴による王者争い

 2020年、セバスチャン・オジェがタイトルを争えるワークス、トヨタに移籍しました。オット・タナクもヒュンダイへと移籍。タイトル候補が二人も動き、開幕戦モナコでもタナクが宙を舞うクラッシュを演じるなど、早速大波乱が起こっています。

 今年のタイトル最有力はやはりこの三人となるでしょう。その中でも、特に有利なのがティエリー・ヌービルです。ヌービルはヒュンダイワークス立ち上げ初期よりエースドライバーとして活躍し、ヒュンダイのマシンを知り尽くしています。ミスが多いのが難点ですが、調子の良い時は抜群のスピード。

 王者タナクと、安定のオジェ、俊足のヌービルによるチャンピオン争いに目が離せません!!

【参考文献】
Citroen Racing Official Twitter(https://twitter.com/CitroenRacing
WRC Official Website(https://www.wrc.com/en/
ラリープラスネット(https://www.rallyplus.net/
RALLY PLUS Vol.24(https://www.rallyplus.net/65545
RFI Official Websiteより「Ogier quits Citroen prompting French team to pull out of WRC」(http://www.rfi.fr/en/wires/20191120-ogier-quits-citroen-prompting-french-team-pull-out-wrc


 長くなりましたね。ごめんなさい。でも、どうしてもWRCについてちゃんと見どころを書いておかないといけないと思ったので、おまけとして書かせていただきました。

 最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます。ではでは、良い週末を!!

 2020.2.1
 坂岡 ユウ

最後までお読みいただき、ありがとうございました。 いただいたサポートは取材や創作活動に役立てていきますので、よろしくお願いいたします……!!