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シティポップとの対話 〜 トークイベント『デジタルテクノロジーの変化と「シティ・ポップ」リバイバル』を終えて

 シティポップを現象として捉え、その実像や背景を把握する。

 私がシティポップと呼ばれる音楽たちを題材としたトークイベントを開きたいと最初に考えたのは、2019年のことでした。ただ、当時は自分目線での見解しかなく、ゲストの構成力に頼りきりにならずに進行できる自信がなかったので、最低1年間くらいはひたすら聴き込んでみようという結論になりました。

 そこから、松原みきさんの『真夜中のドア 〜 Stay With Me』や山下達郎さん、竹内まりやさん、杏里さんの世界的な再評価があり、状況は一変していきましたが、そういった状況も踏まえた上で「実現可能だ」と私なりにゴーサインを出したのが昨年4月のこと。かなり作品を聴き込んで、専門書の読み込みやファン、当事者との交流を行ってきたことも影響していますし、下に添付している記事が想像以上に読んでいただけて、より角度のある文化探究に踏み込んでいけるという手応えを感じていました。

 このエッセイでは、通常のイベントレポートとは異なる視点で、トークイベント『デジタルテクノロジーの変化と「シティ・ポップ」リバイバル』について綴っていけたらと考えています。

 本記事は「なぜ、このイベントを企画したのか?」「どのように構成を組んだのか?」「ひとつひとつの話題の選択はどう行ったのか?」など、海外におけるシティポップ受容とテクノロジーの変化にスポットライトを当てた本イベントの成り立ちを私なりに振り返ってみたものです。

 詳しい内容に関してはまた別の機会に触れますので、ここではその背景にあるものを紹介してまいります。

なぜ、音楽ビジネスの専門家なのか?

 今回のトークイベントでは、いわゆるシティポップやポピュラー音楽の専門家ではなく、音楽ビジネスの専門家である脇田敬さんをお招きしました。脇田さんは経済産業省監修の『デジタルコンテンツ白書』に編集委員として携わっており、現在も音楽シーンの最前線で活躍されている方です。

 アートエリアB1が大阪音楽大学と協働で開催している「ミュージックカフェ」というラインは、これまでの経験から、専門性はもちろんですが、時に会場の皆様と対話しながらも限られた時間を的確に配分できる方をゲストにお招きすることが重要だと感じていました。

 シティポップは柴崎祐二さんの『シティポップとは何か(河出書房新社)』のように、近年数多くの書籍が出ていますし、ファンによる研究も盛んです。最初にも述べたように、シティポップは音楽ジャンルというよりも現象としての側面が大きい用語ですから、非常に緻密なトークになりやすい題材です。ただ、これだけの多様な要素を突き詰めるには時間が短いので、当日のトークを見て来てくださった方には難解すぎ、ファンや専門家にとっては物足りない内容になる可能性があります。

 そこで、現象としてのシティポップを紹介する際に、シティポップだけでなく、現在の国内外における音楽シーンを客観的に見渡しており、ご自身の言葉で動画や記事を発信されている方をお招きすることが大切だと考えました。学術的な知見を持ちつつも、マニアックな視点で深掘りもでき、お客様の視点に合わせて俯瞰することも出来る。

 シティポップに関する記事(https://wakita.hateblo.jp/entry/2022/06/04/122301)やYouTubeで音楽シーンに関する動画を発信されており、SNSや音楽メディアの構造に精通されている脇田さんは、イベントの趣旨にもっとも適した方だったのです。

 今回は内容を踏まえるとタイトなスケジュールでのお願いとなりましたが、快く引き受けてくださいました。

イベントまでの日々

 トークイベントの経験が少ない人が実際に場をつくっていく時、かなり頭を悩ませるのが全体構成です。実際、最新の話題をいろいろと盛り込んだ結果、最終的に完成したのは前日の夜となりました。

 今回は、大まかに以下のように構成しました。

① シティポップの基本要素
② シティポップが誕生した時代背景
③ シティポップと現代の音楽シーン

 ①はしっかりとスライドを作り込み、発言する内容もほぼ決めていたのですが、②と③はフリートークに委ねる部分も多く、全体を網羅できるスライドを用意し、柔軟に進行できる形を整えていました。実際、参考資料の3分の1は会場で流していません。

 最初は台本通りに進行することも構想していましたが、今回のイベントに同席してくださったミュージックコミュニケーション専攻主任の渡邊未帆さんに「この内容ならラフに進行してもおもしろいかも」というアドバイスをいただき、当日の形になりました。

 意外に思われた方もいたのですが、シティポップの基本的な事実関係はしっかり押さえつつも、シティポップ後の音楽シーンを俯瞰できる内容にするのが基本方針なので、オリジナル音源をまったく紹介しなかったのも拘りでした。今回取り上げたシティポップ関連の楽曲はすべてカヴァーやリミックスが施されたもので、現代の音楽シーンやテクノポップに関連する作品はオリジナルを紹介しています。

 専門書や関連記事も改めて参照した上で、脇田さんや私の友人と議論を行いながら、たっぷりと時間をかけて作ることが出来たのは本当に良かったと思っています。卒業前のこういったタイミングだからこそ、ひとつのイベントに注力できる形が作れたことは良い経験となりました。

当日の運営と反省

 今回のトークイベントは大学関連の方が多かったのも特徴的でしたが、一般の方もたくさん来てくださり、当初の想定を上回る方にお届けすることが出来ました。海外のレコード再評価に興味を寄せてくださった方もいて、その方とは終了後に少しお話できたのですが、改めてシティポップという現象の広がりを再確認する出来事でした。

 私自身、いつもは前のめりになって話しがちなのですが、なるべく聞き手に徹するようにして、現場でカットする場面が出ないように配慮していました。ただ、特に海外におけるシティポップ受容を紹介する場面で、「より噛み砕いて紹介した方がよりわかりやすかったかなー?」と思うところもあり、細かな進行については反省が必要な部分もあります。実際、同世代の方にとっては馴染みのない内容も多かったかもしれません。

 とは言いつつも、YMOの掘り下げはまた別の機会にして、最初に用意していた内容はほぼすべて紹介することが出来ました。1時間30分の時間をオーバーすることなく、ちゃんと司会進行をやり遂げられたことはとても嬉しかったです。

 大学生活の最後に、ずっと温めてきた企画を形に出来たことは今後も忘れないでしょうし、この企画をスタートラインに出来たらと考えています。

エピローグ:ひとりの大学生として

 イベント終了後。脇田さんと、今回来てくださった学生や教員の方と食事へ行きました。普段話さない教授や学生の方との会話は楽しくて、一杯だけと口に運んだ日本酒がこれまでで最も美味しく感じたものです。当初予定していた時間を越えて、様々なことを語らう良き機会となりました。

 私たちの学生生活は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で2年ほど停滞し、他の世代では考えられなかったことが色々と発生した世代でもありました。ひとつ下の世代は入ってきた時からコロナ禍の影響を受けており、いまの一年生は高校生から同様です。「新しい日常」という言葉が提唱されましたが、彼らにとっての日常は大人たちが「新しい日常」と呼んでいる生活なのです。

 よく「大学生活はどうだった?」と訊ねられるのですが、私は私なりに実りある学生生活を送れました。ただ、それは本当に幸せなことで、複雑な心境を抱いていたり、やりたいことが出来なかったりした学生も少なくないと思います。

 今回のイベントを共に開催した脇田さんは、学生から非常に慕われているように見受けられました。そうでないと、春休み中のイベントに顔を出しませんし、食事会にも参加しないはずです。ひとつひとつのアクションに対して丁寧で、コントロールの悪いボールも的確に投げ返してくださる方でした。このような方とこうしたイベントが出来たことは本当に素晴らしい財産になるでしょうし、ここを始発点にした上で、シティポップやポップ・ミュージックに対しての探究をさらに深めていけたらと考えています。彼のような方と一緒に学べる学生を、私は心から羨ましく思います。とても貴重な経験になるはずです。

 これから先、どんな道に進もうとも、音楽と私なりに向き合っていけたらと思います。創作や表現活動は続けていきますし、いつの日か音楽シーンをより魅力あるものにするための仕事ができたら最高です。

 ご来場いただいた方々、ご視聴いただいた皆様、本当にありがとうございました!

 2023.3.13
 坂岡 優

最後までお読みいただき、ありがとうございました。 いただいたサポートは取材や創作活動に役立てていきますので、よろしくお願いいたします……!!