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本にまつわるエッセイや書評を中心に。
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#ブックレビュー

椿柄の銘仙と一冊の雑誌が繋ぐ、かつて少女であった彼女の記憶。ほしおさなえ 著『琴子は着物の夢を見る』

時折、幼い頃に母の実家で見た着物のことを思い出す。あの日、いつも通り玄関の引き戸を引くと、普段とは異なる光景が広がっていた。目に飛び込んできたのは、和室に並べられた鮮やかな着物の数々。近づいてよく見ると、それぞれの着物に、花や蝶、鳥など美しい模様が施されている。 「すごい……」、と思った。今であればあの時の気持ちを、もう少し繊細に表現できただろう。しかし、当時の私にとって「すごい」が、美しいものに対する精一杯の褒め言葉だった。 その記憶が、ほしおさなえ氏の『琴子は着物の夢

生きていれば誰もが遭遇する、心の揺れとの向き合い方を描いた『町なか番外地』小野寺史宜 著

何かうまくいかないことや想定外のことがおきると、情けないが「この場から離れたい」と思ってしまう。目の前の問題から逃げたいわけではない。いったん問題から離れ、気持ちを落ち着かせたいのだ。想定外の出来事に揺さぶられた心が穏やかさを取り戻し、少しでも冷静に判断できるようなってから、原因と向き合いたい。そう思ってしまうほど、心の揺れは向き合うために気力と体力が必要だと感じる。 そんな厄介な存在と向き合う人に、寄り添い背中を押してくれる一冊が、小野寺史宜 氏の『町なか番外地』(ポプラ

コンプレックスを抱えて生きる女性の心を、温かなひと皿がときほぐす。古矢永塔子 著『初恋食堂』

漫画や小説において外見にコンプレックスをもつ主人公は、比較的見かける設定ではないだろうか。そして、ストーリーもまったく同じではないが、定番の流れが存在するように感じる。 古矢永塔子氏の『初恋食堂』(小学館文庫)も、読み始めた時はそのような流れで進むのではないかと思った。しかし、その予想は物語の序盤に覆される。もちろん、良い意味でだ。予想外の展開に、思わず「そっちなの!?」と声も出てしまった。 本書は、第1回「日本おいしい小説大賞」受賞作『七度笑えば、恋の味』を改題、文庫化

染織を通して「生」と向き合う。ほしおさなえ著『まぼろしを織る』

「生きる理由」と呼べる何かをもっているだろうか。特にない、と答える人もいるかもしれない。一方で、夢や目標などをそう呼ぶ人もいるだろう。生きる理由は人生に不可欠というわけではないが、あると日々が輝き辛い出来事も乗り越えられる存在だ。 だが、必ずしも良い影響を与えるとは限らない。たとえば、生きる理由を自分ではなく他者が決めたことにより、生きづらくなることもある。ほしおさなえさんの、『まぼろしを織る』(ポプラ社)を読んで改めてそう感じた。 本書は、主人公の槐(えんじゅ)が染織を