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ユタラボ New Face⑥|藤田 柚岐乃さん

「子供と関わることが好き」

今年度4月よりユタラボに新たに職員としてジョインした藤田 柚岐乃さん(ゆきちゃん)。
昨年6月に、大学進学から新卒までの時間を過ごした奈良から高校時代を過ごした益田にIターン。その後、サードプレイス担当のアルバイトとしてユタラボで働き始めることに。

ユタラボに色彩豊かな色を描き加える柚岐乃さんは、どうして益田に戻ったのか。そして、これからどう在ろうとしているのでしょうか。

絵描き少女で、天狗だった私

--今に至るまでのゆきさんについて教えてください。

島根県吉賀町出身のわたしが初めて益田に訪れたのは、益田にある高校への進学でした。進学先は地元で少しヤンチャと噂されるような場所で、寒いと感じてポケットに手を入れていただけで先輩から「調子乗ってんな」と言われるような学校でした(笑)
小学校時代からバレーボールと美術を習っていて、美術に関しては小学校の頃から出した作品は全て入賞していました。そりゃもう天狗でした(笑)
全国クラスの賞をもらうこともあったので「描けばできるんだ」という気持ちになっていましたね。

高校時代は、バレーボール部と美術部を掛け持ちするも、バレーボールで推薦入学したこともあり、美術に時間を割くことができず。美術部の顧問の先生から日頃言われていたデッサンをやらなかったことで、それが積もり積もったのか、高校3年生の時に推薦で大分短大に落ちまして。その時初めて、美術に対して天狗になっていた自分を後悔しました。その後、顧問の先生の勧めで、奈良芸術短期大学に推薦入学することが出来ました。本来1度きりの権利である推薦を顧問の先生が頭を下げて校長にお願いしてくださったことは、今でも感慨深い思い出です。

短大に入ってから、絵で賞を取ることはなくなったとき、上には上がいるという壁を痛感しました。他人の絵を見たら自分の絵が下手に見えたり、デッサンをやっていなかったことで、みんなと同じような書き方が出来なかったことはとても苦しかった。ただ、みんなと同じように出来ないからこそ、自分のやっているスタイルを正解にしようという姿勢で2年間貫き通しました。卒業時には先生から、藤田には「そう見えているんだな」と褒めていただき、絵を描いている中でも際立って嬉しい瞬間でした。

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訪れなかった教員生活2年目

--短大卒業後はどうされましたか?

短大卒業後は、美術の教員として教育現場で働いていました。
中学生の頃は画家になる気満々で、染色の方に弟子入りすることも考えていました。
ただ、高校に入ってから怠けてヤンチャ坊主だった私に対しても、先生たちが目をかけてくれていたあの感覚がとても良くて。そうなりたいと思う様になり、短大では教員免許証を取得しました。
今振り返ると、教員1年目で我慢していたら2,3年目は違っただろうなと思うことがあります。
教員だからこその良さがたくさんあることを感じていて、生徒たちの入学と卒業を迎えて待っていられること。生徒との繋がりが切れずに存在していること。部活の顧問をしようと思っても出来る立場ではないこと。”教員”という立場の価値観が自分には合っていると思っていました。

クラスを持っていなかった分、美術教室で閉じこもっている時間が多かったけれど、生徒に「ゆきのちゃん」と親しみを持って呼んでもらっていたことが1番楽しかったなぁ。


--差し支えなければ、どうして教員を辞めたのか教えてください。

保護者や教員の人間関係など、自分を保てない環境にいました。美術を受け持っていたので、1人で500人以上の単位を管理すること。単位1にしたくなくても1にせざるを得なかったり、部活でも経験のない競技を受け持つことになり、精一杯理解しようと努力しました。しかし、顧問の先生とうまくいかず”諦める”という選択を取ることしか出来ませんでした。そこから、少しずつ周りからの陰口が聞こえるようになってきたこと。勤務先に近づくと認識した瞬間に頭痛の症状が生じたり、体に拒否反応が出てくるようになったこと。学校在中のカウンセラーの先生に相談して「部活の顧問をやめろ」と言われた一方、顧問の先生と仲直りしたばかりだったこと。たくさんの息苦しさがたくさん積み重なって、結果的に鬱になってしまい、退職という形を取ることになりました。

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出会いは倉庫で、ユタラボで

--その後、ユタラボにどのように出会ったのですか?

昨年の6月に奈良県から島根県に帰ってきました。7月に益田で行われた市長選挙でウグイス嬢をやらせて頂き、出馬された久城さんの実家がマリードというパン屋さんをされていたので、選挙終了後からお店のお手伝いをしていました。金銭的に苦しいと思っていた時に、ユタラボについて紹介してもらって、そこで初めて檜垣さんと話をすることに。ユタラボに”子供と関わる”という一面があることを知って、入りたくなりました。
それから、ユタラボの事業の1つである、高校生のサードプレイスにアルバイトとして入ることになりました。最初は全く知らない場所で、第一印象は倉庫と思っていたのに入ってみたらカフェやん!と驚きました(笑)

目標は、鬱陶しさを持つこと

--これからの益田の暮らしで楽しみなことはなんですか

元々暮らしていたとはいえ、田舎の良さはすごく感じていました。住んでいたからこそ、近所の人は親戚みたいな感じで。すごく距離感が近くて優しいという印象でした。自分の暮らしに誰かが介入してくれる感覚がとてもありがたく、人が関わってくれる中で自分が安らぐ感覚もあります。
地元を出て人の温かみを感じない生活をしてきたからこそ、鬱陶しい事でさえも声をかけてくれるありがたみを覚えました。そんな暮らしが楽しみです。

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--最後に、これからユタラボで挑戦したいことを教えてください。

ユタラボの中で、意見を言えるタイプではなく、元々自己発信が苦手な部分や自己肯定感が低い部分があります。自分から意見を言うことを自分に課しながら、ユタラボという会社の軸を守っていきたいです。そういう手段を自分が守ってあげられるように働き、真剣な話をする時に苦手な「人に合わせること」が出来るようになりたい。そして、自分が苦しい時に連絡をくれた地元の人に尽くせるように頑張ります。

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昨年度からユタラボに関わっている、ゆきちゃんの記事いかがでしたか?
各メンバーがそれぞれの事業に思い切り取り組むことができるのは、組織を縁の下の力持ちとなって支えているゆきちゃんのようなメンバーがいるからこそ。
ユタラボの軸を守り、益田の人に貢献しようと頑張るゆきちゃんの姿から目が離せません!

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