(書評) 大塚一樹 著『一流プロ5人が特別に教えてくれた サッカー鑑識力』(ソル・メディア 2016年)

2020年3月15日読了

本書をざっくり紹介

選手・監督・経営者・アナリスト・通訳のインタビューを通じて、それぞれの立場からのサッカーの見方・サッカーへの臨み方を掘り下げ、サッカーという競技を複眼的に捉えることを目的とした書籍である。


ある程度サッカーを観戦した上で、何となくでもスタジアムや試合の雰囲気が掴めるようになってから読んだ方が、本書から多くのものを吸収できるだろう。実際、一年前に読んだときにはあまりピンとこないところが多かった。でも、昨年一年間Jリーグを観戦して色々な疑問が湧いてきたところだったので、再び手に取ってみた次第だ。

本書のポイント


あとがきでも言及されるように、選手が執筆した技術論・観戦論・戦術解説本は多くある。その点を踏まえると、本書のキモは経営者・アナリスト・通訳の部分だろう(中村憲剛選手・城福浩監督のインタビューも面白いけれど)。

サッカー監督の通訳―「訳す」でなく「伝える」―

特に白眉は通訳を扱った章だ。海外でプロサッカー選手としてキャリアを歩んだ間瀬秀一氏は選手引退後にクロアチアに滞在していた時、ジェフの新監督通訳として採用される。その新監督こそオシム元監督だ。オシムはサッカー選手になっていなかったら数学教師になっていたと自ら語るように、卓越した数学的思考(と論理的思考)力の持ち主である。さらに、浩瀚な教養、慧眼な判断力も持ち合わせており、監督として選手に出す指示の一つ一つからもそれらが滲み出ていたようだ。オシムの口から飛び出す文章は時に言い回しが難解であり、語彙も当然ながら難しい…通訳が自分の意図することを周りに正確に伝えたかどうかは、選手・コーチの動きをみれば一目瞭然なのだから、通訳の間瀬の苦労も相当なものだったらしい。


失敗するうちに間瀬は、「大切なのは『訳す』ことでなく『伝える』ことである」と悟る。智将の思考を精確に伝えるために、様々な工夫を始める。クロアチア語の語彙力の大幅な増強(1日200語!)や数学の勉強(!?)から、監督と同じ目線で見るために時に邪魔だと言われてもオシムにべったりでピッチを観察したり等々。そうした努力もあってか、オシム監督期のジェフはJ1リーグで躍進をする…といったことが本章の前半部に書かれている。

本書から得たもの

この部分だけでも、色々なことが得られる。サッカーファンとしての目線から言うと、通訳を介した監督と選手との関係を見る目線が変わる。Jリーグには多くの外国人監督がいる。外国人監督の下でリーグを席巻することもあれば、散々な戦績でシーズン途中に解任されることもある。それはただ単に監督の力量によるものなのだろうか?ひょっとしたら通訳が監督の意図することを解さずに訳しているだけになっていて、選手は不信を感じながらそれに従い、不承不承の様子を見て監督の方針にブレが生じるようになり、やがてチーム全体の雰囲気が悪化するようなことがあったりするのではないか?チームの不和の根本の一つには通訳の能力不足があるのでないか?といった可能性も頭をよぎるようになる。


また、語学を学ぶ者としても得ることがある。語彙を増やすことが重要なのは論を俟たないが、それ以外の点も重要であることが再確認できる。本書の例で言うと、オシムの頭の中を理解するために数学の勉強をしたり、なるべく近いところからピッチの様子を観察するように工夫した点だ。こうした行動はすべて、相手が言いたいことを「訳す」のでなく「伝える」ために、相手の話の前提を理解するためのものである。言語を解したコミュニケーションのためには言語以外にも様々な要素が必要であることがよくわかる。
それぞれの視点をもっともっと掘り下げても良かったかも知れない。それぞれの章の内容は、独立して本1冊分書けそうなものだからだ。しかし、これだけの情報を1冊に詰め込んだことに本書の意義がある。

締めのコメントーJリーグ中断中の読書にいかが?ー


どういうわけだかamazonのレビューだと低い評価が付けられているけれど、一読する価値はある。情報が少し古いけれど、Jリーグ中断中の読書にちょうど良かった。

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Jリーグ(川崎フロンターレと水戸ホーリーホック)と語学(主にスペイン語と英語)と西洋史に関心があります。一人でも多くの人に手に取ってもらいたいと思った本の書評や、スペイン語の翻訳を載せます。翻訳してほしいスペイン語の記事がありましたらご連絡下さい。@yutaka20200215
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