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行動変容デザインとUXデザインは別物 −『行動を変えるデザイン』を読んで③

- この投稿では,Stephen Wendelの提唱した行動変容デザインについてそれがUXデザインと微妙ながら異なるということをなるべく誤解を生まないように説明します.-

(小言)
最近夏バテのせいかラーメン二郎が以前ほど美味しく感じられなくなってしまいました.習慣化している行為だとリワードだけが想起されて行動してしまうのが怖いところですね.

はじめに

『行動を変えるデザイン』という本を読んで,実装案を練るときの思考フレームとして導入してみたのでその話をしようと思います.初回のブログをまだ見ていない方はそちらから読んでもらえると幸いです.

行動変容デザイン≠UXデザイン

本書を読んで私が特筆したい最後の点が,「行動変容デザインはUXデザインではない」ということです.

誤解を生まないように気を付けたいのですが,これは行動の専門家が作るデザイン/プロダクトがユーザー体験を高めるわけではない,ということです.

行動変容デザインはその中にUXデザインの考え方を取り入れいているので両者が完全に別物というわけではありません.もちろん,行動変容デザインもフレームワークに過ぎないため,他のUXデザインのプロセスとは異なる部分がありますが(以下は他のUXデザインプロセス),だから両者は違うと言いたいわけではありません.

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ではここで私が言いたい「行動の専門家が作るデザイン/プロダクトがユーザー体験を高めるわけではない」とはどういう意味なのか,具体例を入れて回答したいと思います.

Nikeのランニングアプリ

結論から述べれば,行動科学から導かれる機能やインターフェイスは理想的でしかなく,トータルでみたときのユーザー体験を良くするとは限らないと考える必要があります.

これを示した良い例がNikeのランニングアプリです.

ユーザーに対してランニングする習慣をつけてもらうために「走った時間と距離を正確に記録する」という行動を自動化してくれています.以下は想定される成果や行動です(企業中心アプローチを想定):

[プロダクトビジョン]
ランニングを習慣化してシューズの売上をあげること
[経営目標]
シューズの売上/アプリからのECサイトCVR/SNS投稿数など
[ターゲットアウトカム]
ランニングする習慣がつく
[ターゲットアクション]
まずは走った時間と距離を正確に記録する

この行動を促すために開発チームが採ったのがチート戦略(自動化戦略)です.チート戦略というのは本書の用語ですが,ここでは単に自動化と考えます.

ユーザーの行動を可視化して,ランニング中にある「信号待ち」という問題に気づいた彼らはGPSの計測位置が一定時間止まったら信号待ちとみなして計測を自動で一時停止するように機能開発しました.さらに,再びGPSの位置が動き始めたら計測を自動で再開するようにしたのです.

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ここまで「まずは走った時間と距離を正確に記録する」というターゲットアクションを自動化しているのは素晴らしいのですが,行動科学が導く機能はこんなところです.

このアプリがユーザー体験として素晴らしいのは,手動で一時停止したら自動で再開しない,という細かい作りにあります.

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ランニング中に信号待ちに遭遇するのはランニングという行為に一般的につきまとう問題ですが,実際のランニングではエッジケースとして他にも多くの行動が介入します.例えば途中公園でトイレに寄るとか,コンビニに寄ってドリンクを買うとか,はたまた純粋に歩きながら一時休憩するなど.

こうした行為では,どうしても歩くためにGPSでの位置情報は動いてしまいます.この時,もし自動で計測が再開されたら,非常に不便な気持ちになるのは明確でしょう.Nike Runningアプリではこのような例外事項を考慮して,手で一時停止した場合は自動で再開しないようにも作られています.

だからこのアプリは行動を変えるための機能としても,UXとしても優れている.

行動科学が導く機能は理想的であり実際的ではない

行動の専門家が導くユーザーストーリー・機能やUIは理想的な使われ方をした場合に良い体験を与えるかもしれません.しかし,様々なエッジケースに対応できているか,エラー操作に対するフィードバックは適切か,そもそもエラーが少ないか,サイトが重くないか,プロダクトを使う前と使った後も含めた体験作りができているかなどはUXの専門家が得意とする分野であり,実装においてはUXの専門家がゼロベースでモックアップするべきであると,本書では主張されています.

この辺りが行動変容デザインがUXデザインではないと思う理由であり,UXデザインがカバーすべき範囲をハイライトしているようにも感じられます.もちろん,行動科学の視点での実装を排除せよということではないでしょう.

Wendel氏も本の中で行動の専門家・プロダクトマネージャー(=プロダクトの経営者)・UXデザイナーを分けて考えています.現実的にはプロダクトマネージャかUXデザイナーが行動の専門家の観点も担うケースも多いでしょうと述べられていますし,実際よほどの大企業でもない限りそういうケースが大半でしょう.いずれにしても,行動を促す論理的説明とユーザー体験は別物です.

何が重要なのか?

さて,今回はやや細かい抽象的な解説をしましたが,プロダクト開発において大事なのは実装するメンバーが共通言語で会話できることだと考えています.どんなフレームワークも,一人が理解しているだけでは効果がありません.それは,フレームワーク通り実施することに価値はあまりないからです.

チームで様々なフレームワークを共有する時間を作り,インターフェイスや機能をデザインする際の会話をスムーズにすることが重要です.特にデザインプロセスの専門家ではないエンジニアがこの領域に体系的知識を持って歩み寄ることがスタートアップのプロダクト開発の成果を大きく飛躍させると考えています.

なお,『行動を変えるデザイン』の日本語訳を担当されたリクルートの相島さんがとても良いことを言っているなと思ったので以下引用させていただきます.

また、方法論には、常につきまとう批判があります。方法論がなくとも、もともと言われてきたことの組み合わせに過ぎず、その道のエキスパートがすでにやってきたことの焼き直しにすぎない、というものです。また、方法論は必然的に見落としや誤りを内在している、という批判もあります。それはまったくその通りなのですが、絶妙な方法論は、筋のよい仮説を紆余曲折なく導きます。仮に誤ったとしても、仮説なき誤りには、学びはありません。得られた学びは方法論を強化します。この学びの複利が、あなたの知恵の資産を増やすのです。

行動変容デザインはなにができるのか ~ 『行動を変えるデザイン』を読む
より引用

おわりに

今回は”行動変容デザイン”のプロセスに着目し,特徴的だと思う部分の最後「3.行動変容デザインはUXデザインではないということ」をお伝えしました.

何度も述べているように重要なのは共通言語をどれだけ作れるかです.

これからもプロダクト開発における成果を最大化する方法を探していきたいと思います.

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