見出し画像

伊勢に2度行く(前編)

8月22日(木) 晴れ


18時45分

私は今、名古屋駅から鳥羽行きの近鉄特急に乗り、伊勢市駅を目指している。到着予定時刻は20時07分。滞在予定時間は、9分。

実はつい3時間ほど前まで伊勢にいた。一通り伊勢を満喫した後、タイムズカーシェアで借りていた車を返却し、電車で名古屋に来た。ひつまぶしでも食べて東京に戻る予定だったが、名古屋に着いてしばらくして、あることに気がつく。

仕事用のスマートフォンが、ない。

立ち止まってバックパックの中を漁るが、ないものはない。

タイムズカーシェアのアプリ経由で落とし物の問い合わせをしようかとも思ったが、仕事用のスマートフォンの機種名がわからないために入力ができない。その上ないと結構困るものなので、仮にタイムズカーシェア側が送ってくれたとしても、数日の不便が発生することになる。そして、そもそも送ってくれるのかも微妙だ。

18時15分ごろだった。その時にいた地点から伊勢市駅まで、車で1時間半、公共交通機関で1時間45分。その場でタイムズカーシェアで車を借りることも考えたが、タイムズカーシェアは同一時刻に複数の車を借りることができないが故に、車で向かったら私が伊勢で借りた車の鍵を開けることが技術的に不可能になる。伊勢まで戻るとするなら電車だろう。調べると名古屋駅を18時45分に出て、伊勢市駅に20時07分着の特急がある。帰りを調べてみると、20時16分の特急に乗れば、21時37分に名古屋に着き、東京に帰る新幹線には間に合う。その一本後だと間に合わない。

滞在時間9分。ギリギリの戦いになる。

さて、渡辺裕太の運命やいかに…!!!


18時56分

地面に近い空が赤くまだらに染まっている。夕日がこんなにも綺麗だから、きっと明日は晴れるのだろう。

遠くにワニの頭のような形をした雲が見える。いつも持ち歩いているカメラで撮ろう。

………カメラが、ない…

どうやらカメラも車の中に忘れてきたようだ。どこまでおっちょこちょいをやれば気が済むのだろうか。今なら右手の小指くらい忘れてても特に驚かない。

………あるよね、右手の小指…?

あ、あった。


19時23分

外はすっかり暗くなってしまった。

なんでこんなにドジなんだろう。私は私のことがどんどん嫌になっていく。今朝もしっかり寝坊してしまったし、2日前までに提出しなければならなかった書類があることに今日気がついた(というか、催促された)。今回の出張前、荒れ放題の部屋を見て見ぬふりをして出てきた。いつも歯ブラシセットを持っていこうと思うが忘れる。私はしっかり社会不適合者である。

問題は、側から見ていると私のそういうところかが見えない、ということだ。どうやら私はきちんとしているように見えるらしい。几帳面だとさえ思われている節がある。

とぉぉぉんでもない!私はクズでマヌケでおっちょこちょいの木偶の坊でござい。

小さい頃からお使いで近所のスーパーに行くのが好きだった。ただ、母が一番買ってきて欲しいと思っていたものをしゃあしゃあと忘れることがままあった。幼少期は笑って済まされたが、36歳のおとなになってもそれとあまり変わらないことばかりやっているというのはいささか問題だろう。

グズでマヌケでおっちょこちょいの木偶の坊が、暗い中、伊勢まで運ばれていく…なんだか滑稽だな。


19時47分

下車まであと20分。そろそろ、準備をしなければ。

駅からタイムズカーシェアの駐車場までの距離は200メートルほど。9分での往復はそう難しくない。

ただ、忘れてはならないのは、これは駅舎からの距離。場合によっては駅構内の上り下りが発生するかもしれない。車内でスマートフォンとカメラを探すのに手こずるかもしれない。道で猫がごろにゃんして私の行手を阻むかもしれない…

そう、何が起こるかわからないのだ。

前に座っている白髪混じりのメガネをかけた、真面目そうな50代くらいのおじさんのイヤホンから、突然音楽が聞こえ出した。音漏れにしては音が大きい気もするが、そんなに爆音で聴いているのだろうか。

若い女性アイドルグループのものである印象だ。何度も同じようなフレーズが繰り返されていることはよくわかるのだが、何と言っているのか聞き取れない。何度かもどかしい。

いかんいかん、準備しなきゃ。

おじさんは19時50分に中川駅で下車した。


19時54分

へー、「松阪」って、「まつさか」って読むんだ。

次の駅は、伊勢市駅。戦いまであと10分と少し。

帰りの電車の乗車券と特急券は既に買ってある。それを右のポケットに入れ、左のポケットにはタイムズカーシェアのカードを入れた。

これを書いている今、私はこの決戦の行方を知らない。「負け」の可能性はふたつ。そもそも車の中に忘れていなかった。そして、帰りの電車に間に合わなかった。

さて、私は無事に勝利し、赤福を手に帰りの電車に乗り込むことができるのだろうか。

渡辺裕太の運命や、いかに…!!!

(次回に続く)


【çanoma公式web】

【çanoma Instagram】
@canoma_parfum
 #サノマ #香水 #フレグランス #ニッチフレグランス #canoma #canoma_parfum #パリ
#フランス

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?