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ニッチブランド成功における唯一の条件

往々にして、1人の消費者が抱いている印象と現実には大きな乖離がある。売れていると消費者側から見て思う香水が実は全然売れていなかったり、勢いがあると思われているブランドの財務が逼迫していたりと、そんな事はしょっちゅうだ。

特に今日のニッチフレグランスマーケットの競争は大変激しく、潤沢な資金があるブランド以外はだいたい苦戦を強いられている。その一方で、「うちのブランドはうまくいってまっせ」と“虚勢を張る”ことが、販売店や消費者に好印象を与え、回り回って売上につながっていくということも事実だ。結果、ブランドが息切れするのが先か、売上が立つのが先か、というチキンレースを行っているブランドは数多い。
そして、このような虚勢は、さらに消費者に現実を見えにくくしている。

パリにいると、幸運にも数多くのニッチブランドの産声を聞くことができる。ポップアップストアや香水屋でのローンチパーティーに幾度となく参加したことがあるが、その中の多くのブランドが、ローンチ時の勢いはどこへやら、今日においてはとても静かになっている。

また、ローンチ後2〜3年ほどは元気だが、ある日を境にぱったりと名前を聞かなくなるケースもある。あんなに人気が“あったように見えた”ブランドが、気がつけば存在しているかどうかもわからないような状態になっていたりするのだ。

ニッチフレグランスブランドは、どうすればこの競争の激しいマーケットを生き残れるのだろうか?今日はこのテーマについて、私の考えをここにまとめたいと思う。

あなたが誰かに「香水ブランドを立ち上げる」と告げたとしよう。最初に飛んでくる質問は、ほぼ間違いなく、「コンセプトは?」だ。それほどまでに、ニッチフレグランスブランドにおいて、コンセプトこそが重要だと考えられているようだ。
この時に、あなたが滔々と自身のブランドのコンセプトを語ると、質問者は満足して、「素晴らしいコンセプトだね、絶対うまくいくよ!」とお墨付きをくれるだろう。あなたはホッと胸を撫で下ろす。

私が見てきた、ぱったりと名前を聞かなくなったブランド達は、きっとこのやりとりをブランドローンチ前に何万回とやってきたと思われる(実際私もすでに3万回はこの質問を受けた)。そして、彼らはひっそりとマーケットから退場した。

私の知る限り、ブランドが生き残る上で、一般的に(またはマーケティングの教科書的に)考えられている程にはコンセプトは重要ではない。ブランドコンセプトだけのコンテストがあったとして、その結果と実際の売上には、相関はほぼ見出せないと思う。

それでは生き残っているブランドに共通している事は何か。実は非常にシンプルで、ベストセラーを1本持っている事であると私は考えている。ブランドを代表するような香りが1本あれば、それだけで十分ブランドは存続しうる。今日大きくなっているニッチブランドは、だいたいどこも、少なくとも1本はベストセラーを持っている。また、ニッチブランドで「このブランド、なんだか続いているなぁ」というところは、どこかのマーケットでベストセラーとなっている香水を1本持っていたりするのだ。
逆にいうと、たくさんの香水を作っていて、ベストセラーがないブランドは、実は収益的には成功しているとは言えない、なんて事はよくある。こういったブランドは、後ろに大きな資本家がついているケースが多い。

ところで、どのような状態になったらベストセラーと言えるのだろうか?そして、ベストセラーはどのように作られるのだろうか?

これは個人的な印象だが、ベストセラーとは「勝手に売れる」香水だ。販売員があれやこれや説明する事も、ブランドを知られる事なくとも、売り場でその香りを試した人が、「この香水、素敵」とパッと買っていくような香水は、人知れずベストセラーとなっている。
そういった香水は、ある程度商業的でありつつ、今までにない香りの提案があるものが多いように思う。

興味深いのは、ベストセラーのコピー商品はベストセラーになりにくいということだ。ここ最近、マーケット内でベストセラーになっている香水をひたすらコピーし、値段を下げて売っているブランドを複数見かけた。倫理的な問題はさておき、戦略的には一見正しそうだ。しかし、これらブランドはそれなりの売上は出せるものの、ブランドとして成功するまでには至っていない印象を受ける。
ちなみにこれらのブランドの特徴の1つに、ブランドのコンセプトがやたらエシカルであるということが見受けられる。
実は先日、フランスのとあるビジネススクールで、こういったブランドの1つが紹介されているという話を聞いた。もちろん、ベストセラーをコピーする戦略が称賛されていた訳ではなく、“ハイクオリティなものを低価格で提供している”ブランドとして紹介されていたようだ。

先ほど、ベストセラーになる香水が、「ある程度商業的でありつつ、今までにない香りの提案があるもの」と書いたが、そういった香りはどのように作られるのだろうか。
ふと、ある本の一節を思い出したので、ここに引用する。

「だれかの能力を、その人が何ができるかからではなく社会的な成功基準、つまり賞や富、華々しい肩書きから述べているときは、それがまやかしである可能性をつねに疑ったほうがいい。別の表現をすれば、そんなに頭がいいのならなぜ金持ちになっていないのかという皮肉屋の問いは的をはずしている。物質的な富以外の報酬を気にかける賢明な人もいるという明白な理由からだけでなく、才能は才能であり成功は成功であって、後者は必ずしも前者を反映しないからである。」

『偶然の科学』ダンカン・ワッツ(青木創訳)

最後の部分、「才能は才能であり成功は成功であって、後者は必ずしも前者を反映しない」というのは、香水においても当てはまる。ある香水の成功は、ブランドやクリエーターの能力、ひいてはその香水がもつ魅力を必ずしも反映しない。
私はベストセラーになっている香水から、帰納的にその特徴を導き出し、「ある程度商業的でありつつ、今までにない香りの提案があるもの」と、さもベストセラー香水には特徴があるように書いたが、実際はそれらが成功したからそれが成功の条件のように感じているだけで、売れる香水に条件も特徴もないのかもしれない。売れるものは売れるし、売れないものは売れない、という「結果だけの世界」なのだろう。

だとしたら、ニッチフレグランスブランドが成功するための条件は何か?それは、ベストセラーが生まれるその日まで死なないことだろう。いつ来るかわからない、ベストセラーが生まれるその日まで、せっせと取扱店舗数を増やしたり、SNSでアピールしたり、あるいは投資家にプレゼンをし続け、その一方で、新作を定期的に出していくことが、成功への唯一の方法なのだと思う。

これは今のニッチフレグランスマーケットに当てはまる話で、10年前は全く違っただろうし、10年後は新しいルールで皆ゲームをしているだろう。いずれにしても、今日のマーケットにおいて、私がやるべき事は、ベストセラーを出すまで耐えることだ。さぁ、これからどうなることやら…私の運命に、乞うご期待!

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