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変わったのは香りじゃない

先日、たまたまこの漫画を見つけた。

内容は、

長いこと閉業していた有名ラーメン屋のレシピをそのまま再現したところ、そこの常連客に「昔と味が変わり美味しくない」と酷評される。しかし実際は、味に変化はなく、変わったのはここ十数年のラーメン業界におけるイノベーションに伴う濃い味付けに慣れた常連客の舌だった。

というもの。

ありそうな話だ。実際のラーメン屋がモチーフになっているのだろうか?

この漫画を読んで、今日の香水業界、特にニッチフレグランス業界で起こっていることと同じだ、と感じた。つまり、香水業界において、クリエーターも消費者も、ラーメン業界同様、より強い香りを求めるようになっているのだ。

ニッチフレグランスが香水マーケット全体の10%の売り上げを占めるようになり、新規ブランドが続々と参入するようになった。ブランド数が増えたことに伴って、年間に発売される新作フレグランスの数も飛躍的に多くなった。

それと同時に、ニッチフレグランスの消費者も、日々新しい香りを求めるようになってきた。今まで嗅いだことのない、特徴のある香りを探し回っているのだ。

ブランドは競争が激化する一方のこのマーケットで存在感を示すべく、また新しい香りを求める消費者のニーズに応えるべく、より“ガツン”とくる香りを提供するようになった。最近やたら“Extrait de parfum”という表記をニッチフレグランスで見かけるのは、こういった背景があるように思う。

また、それに加えて、中東マーケット台頭に伴う「ウードの大衆化」も、より“ガツン”とくる香水が増えることとなった要因の1つとして挙げておくべきだろう。

ウードについては、こちらの記事を参考にしていただきたい。

数年前までは「強すぎる」と受け取られていたウードだが、各ブランドが中東向けに積極的に発売し、マーケットにウード系香水が溢れかえったことで、我々の鼻もいつの間にかウードの強い香りに慣れ親しんでしまった。最近発売されるウードは、昔のものと比較するとかなりアニマルな側面が強調されているように感じられる。それを、中東系でない人も消費しているのだ。

この強い香りを求める傾向に対し、「香水の美しさが失われている!」などと言うつもりはさらさらない。好みは様々なものから影響を受けるため、トレンドが常に変化するのは当然のことだと思う。

しかし、このトレンドは、香水業界に、ラーメン業界にはない問題を持ち込んでいるように感じられる。

ニッチフレグランスの消費者は、香水の消費者全体で見ると非常に少ないはずだ。マーケットサイズは香水全体の10%を占めているニッチフレグランスだが、単価が大手ブランドのものより高いことと、消費者の中の“マニア”の割合が高いことから、ニッチフレグランス消費者の一人当たりの香水消費金額は、一般的な香水消費者のそれよりもかなり大きいと想定される。よって、ニッチフレグランスを消費する人口は、香水人口の10%にも満たないはずだ。3〜5%というのが実際のところではないだろうか?あるいはもっと少ないかもしれない。

ニッチフレグランスブランドが、ニッチフレグランス愛好家向けの強く特徴のある香りを提供し続けることで、大多数の一般的なフレグランス消費者はそのトレンドについて行けず、結果的にニッチフレグランスの消費者と一般的なフレグランス消費者の溝は広がるばかりであるように思うのだ。ニッチフレグランスマーケットは大きくなる一方で、その香りはそれを許容できる人口を狭めているという、ちょっとした“ねじれ”が生じている。

ニッチフレグランス愛好家からよく、「大手に買収されたニッチフレグランスブランドは、もはやニッチではなくなり面白みにかける」という話を聞く。言わんとしていることは分かる。

しかし、彼らは実際、ニッチのコンテクストで香水作りを続けていると、それが結果的に自分たちの首を絞めることに気がついているのだと思う。もちろん、ニッチフレグランスのファンを失うことになるかもしれないが、ニッチフレグランスファンばかり見ていると、いつの間にか一般人が一口も食べられない濃い味のラーメンを作ってしまうことになってしまう、と考えているのではないだろうか。

私はある時から、新作の香水を買うのを止めてしまった。それは、自分の鼻が、このより強く特徴的な香りを求めるトレンドについて行けなくなった、と感じたからだ。先ほども書いた通り、このトレンドを否定するつもりは一切ないが、それは私の香水美学には反する。

結局のところ、「温故知新」が大事なのだろう。故きを温ね、新しきを知る…古いものだけでも、新しいものだけでも片手落ちで、両方知って、初めて良いモノが作れるのだと思う。トレンドを把握しておくことも大事、昔から続く良い香水を知っておくことも大事、そういうことだろう。


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@canoma_parfum

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