
自分たちで作った音声採寸ソリューションを使って実際にスーツを作ってきた話
先日日経新聞さんにも記事にしていただいたように、松屋銀座さんの店頭でBONXを活用した音声DXソリューションを実際に使い始めていただきました!簡単に言えば、体系を採寸したあとに「ウエスト xxxセンチ」など声に出すだけで、採寸したお客様のサイズを記録してシステムに保存できるというソリューションです。
記事の写真にも映っていますが、今回実際にBONXを使った音声採寸ソリューションを使って、お客さんとして私自身の新しいスーツを作らせてもらっています。都合、松屋銀座さんで二着目のパターンオーダースーツ。
今回のnoteでは、記事では紹介しきれないシステムの上流設計の背景や思想的な部分も含めてもう少し詳細を解説できればと思います。BONXの考える音声DXのイメージを具体的に持ってもらえる事例だと思いますので、ぜひご一読ください。
「パターンオーダースーツ」の優れた顧客体験(CX)
まず、そもそも今回音声DXの対象となったパターンオーダースーツの概要と購入時の顧客体験(CX)について。
松屋銀座様では数年前から、会員企業の従業員の方向けに「松屋銀座メンズクラブ」という事業を展開。百貨店の熟練のスタッフの方にデザインや着こなしをカウンセリングしてもらいながら、自分の体型を細かく採寸してもらい、自分自身にあったスーツを購入することができます。
※お勤めの企業と契約をすれば従業員の方がご利用できるようです。
シングル・ダブルといった当たり前のポイントはもちろん、選べる生地の数も非常に多く、裏地の色を変えたりボタンのデザインを変えたりと、非常に沢山のパターンから選べるため、選択肢は無限大です。
とはいえ自由度が高すぎるがゆえに、スーツに詳しくない人が自分ですべて決めるのも大変なのですが、そこはご安心を。銀座の百貨店で長年経験を積まれた超一流スタッフの人に色々とアドバイスをしてもらえるので、スムーズに購入することができます。
今回のシステム企画を本格的に始める前、実際に自分ではじめて松屋さんでスーツを作ったのですが、とにかく「購入時の"特別"感」が素晴らしかったです。
正直言うと私は新卒時代から"スーツは単なる作業服"という意識があり、吊るし売りの適当なものしか着ていませんでした。マナー上着る必要があるから着てるだけであって、どうせ汚れるものだし安くて変に見えなければ何でもいいという意識でした。
ただ、今回の松屋銀座さんでのスーツの採寸・購入は全く違いました。
ちゃんと私服のようにデザインにこだわり、スタッフの方と一緒に「自分だけの一着」を作り上げる特別な体験。採寸してもらって初めて知る、自分の細かい体型や姿勢に関するクセ。スーツやデザイン、着こなしに関するスタッフの方の豊富な知識。完全予約制で1時間~1時間半、つきっきりで受ける接客体験そのもの。
そういった諸々を含めて「あれ、俺セレブだっけ?」とうっかり勘違いするくらいには特別な購入体験ができるので、服を買う楽しさそのものを思い出させてくれる本当に素晴らしいサービスです。
確かに一度体験してしまうと、吊るし売りのスーツを買うよりはまた松屋さんに相談しに行こうと思うようになりました。そんなにしょっちゅう買うものでもないですし、どうせならいいものを持っておきたいですしね。
顧客体験の"質"と"量"の両立というトレードオフ
上で完全に利用者の視点から書きましたが、一歩ひいて考えてみたいと思います。
メンズクラブは購入するオーダースーツだけでなく、購入するときの顧客体験(CX: Customer Experience)そのものが素晴らしいことで、ブランドへのファン化を促進する機能を果たしていると言えます。
近年ではD2C(Direct to Consumer: 小売店や広告を挟まず製造者が直接消費者に販売する方法)なども流行っていて、オンラインだけで洋服の購入も完結することができるようになってきました。
しかし、あえてその時代でも百貨店というリアル接点があることを活かし、熟練のスタッフによるカウンセリング・採寸という付加価値を上乗せすることでCX向上に繋げられている、小売業界全体においても優れた事例だと思います。
一方で、ビジネス観点から考えると、One to Oneで密な接客をしているからこそ担保できている"質"の部分は、一日にどれだけ接客してスーツを販売できるのか"量"の部分とは完全にトレードオフとなってしまいます。売上そのものはスーツのオーダー数で決まってくるため、なるべく多くの人に利用してもらう必要があるからです。
したがって、松屋銀座メンズクラブにおいては、そもそもの接客体験をクオリティを維持する"質"を落とさないままなるべく効率化して"量"も追いかけられるような、まさにDXに繋がるソリューションが必要とされていました。
音声DXソリューションの要件定義ができるまで
上に書いたような状況の中で、今回BONXでは最初のPoC (Proof of Concept: 考えてる概念が正しいかの検証)から現場に入り、いわゆる上流設計を担当するところからスタートしました。
実際に現場に入れて頂き利用者が見ないオペレーションの裏側を見てみると、アナログなオペレーションのせいで効率が良くない部分がたしかに存在していました。
まず、一番のキーである採寸業務については「スーツの採寸をしている間、両手が塞がるので数字をメモることができない。結果、採寸している人と横でメモるアシスタントで常に2名がつきっきり」というのが一つの問題でした。
当然ですが、1名のスタッフで1名の接客が完結できれば単純計算で2倍の接客ができるようになるため、ビジネス的に追いかけたい"量"の部分に大きく貢献することが可能です。
加えて「ウエスト 85cm〜」と採寸した人がサイズを読み上げても、メモする人が誤って違う数字を記入してしまうケースがあります。
どうしてもヒューマンエラーはつきものですし、採寸項目が非常に多いのでメモる人からしてもどの項目の話をしているかわからなくなっても仕方がないのです。採寸した人も細かいサイズを一つ一つ覚えているわけがないので、ミスに気づくことができません。
結果として、仕上がったスーツをチェックするタイミングでようやくミスに気づくため、スーツ自体の仕立直しになってしまいます。発生頻度が低くても、一度起きると大幅にコストがかさむ修正になりますし、納品時期もずれ込んでしまうため、こちらも大きな課題でした。
こういった課題がある中、今回は音声認識エンジンを接続し発話した内容がそのままクラウド上でテキストに変換されシステムに格納される仕組みを中心としてソリューションの土台を考えました。
これが出来れば、1人のスタッフが採寸しながら手を止めることなく必要なデータの記録ができるようになるため、対応人数を減らすことができるようになります。また、認識結果をその場で目で確認すれば、入力内容が間違っていないからその場で確認することもできるので、情報伝達のミスも削減することが出来るのです。
CXの質を下げず現場オペレーションに負担をかけないUXの工夫
現場オペレーションへの配慮
こういった新しいソリューションを現場に導入する際、一番ポイントになるのは『現場で実際に使う人にどれだけ負担をかけないか』です。使うのは現場のスタッフの方なので、使い勝手が良くないとせっかくのソリューションが利用されないことになってしまいます。
言い方を変えれば、現場DXを推進するためには実際の利用者のオペレーションの寄り添ったUXをどう実現するか、が一番のキモになってきます。
このあたりは、以前書かせていただいたDXのポイント解説も参考にいただけると幸いです。
今回の採寸ソリューションの場合、現場に入って分かったのは『同じ項目を指していてもスタッフの人によって表現する言葉が違う』と言うポイントでした。
たとえば、バストを上胴といったり、ヒップをお尻周りやシートといったりと、同じ項目であっても採寸するスタッフの人によって表現の違いがあることがわかりました。
ここで『今後は必ず”ウエスト”と表現するようにしてくださいね』とルールを押し付けるのは簡単ですが、長年使い慣れた言葉の癖がある中でシステム都合のルールを押し付けても良くないですし、抵抗を持たれてしまいます。
今回はそういった言葉のバリエーションを事前に洗い出し、どのパターンで発話されてもシステム内で解釈して“ウエスト”として処理する仕掛けを導入しました。
CXへの配慮
加えてもう一つ、UX上の工夫として『お客様の接客中のコミュニケーションを邪魔しない』という点にもこだわりました。
以下は実際の採寸時のスタッフの方とお客様の会話のイメージです。
スタッフ : ウエスト測りましたら84cmでした。少しタイト目のデザインの方がいいですか?
客:いや、少しゆったりしていたほうが好きですね。
スタッフ:そうしたら1cm程度余裕を見ておきましょうか。あまりゆるいとシャープではなくなってしまいますし。
客:そうですね、カッコ悪くなるのは嫌ですね。
スタッフ:承知しました、それでは85cmとしておきますね
こういった感じで進むため、一つの項目を確定させるにもかなりの会話のキャッチボールが発生します。
こういった言葉のやりとりが冒頭に書いたような『特別な体験』を作り上げていますので、音声認識のシステムが入ることでスタッフの方が話しづらくなったりすることは可能な限り避けたいものでした。
また、音声認識の精度をあげるためにも長文の自然な会話をそのまま入力するより、認識すべきタイミングだけシステムが稼働する形が望ましいです。
BONXの場合、耳につけるデバイスにボタンがついているのでこのボタンを押してある時だけ音声認識が起動する、という方式を採用しました。これによって接客中のコミュニケーションを邪魔することなく高精度な音声によるデータ入力が可能となりました。
以上のような工夫の結果、一定の現場での使用感の検証や音声認識エンジンのチューニングを経て、晴れてこのタイミングでのお披露目となりました。ぜひ皆さんも興味があれば、松屋銀座様のスーツ売り場を覗いてみてください!ぜひスーツも購入していただければと思います。
私は今回採寸ソリューションで作ったスーツが出来上がる日を心待ちにしています!若干体型がふっくらしたことがわかりショックを受けているのは秘密です。
今後の展開や発展可能性について
少し長くなってしまいましたが、今回の松屋銀座さんのご利用事例は、BONXが今後作っていきたい音声DXの象徴的な案件でした。
業務シーンにおいて音声を活用するパターンは色々ありますが、「音声によるデータ入力」という今回のケースはいろんな業界で利用可能ではないかと思います。
介護や工場の現場など、様々な現場で帳票へのデータ入力は必須業務となっているかと思います。しかし、手が塞がっている間はパソコンに向かえないため、業務終了後に改めて事務作業をしているケースも多いはずです。
そういった現場であれば、音声認識を組み合わせた記録ソリューションがオペレーション改善になるはずです。
この件に限らず、いろいろな業界で音声DXを進めていきたいと思いますので、少しでも興味がある方はいつでもご連絡ください!弊社ウェブサイトでもいいですし、TwitterのDMとかでも構いませんので、気軽にご連絡いただければと思います。
ちなみに、今月からウェブサイトリニューアルしてかっこよくなっているので、ぜひ見ていただけると嬉しいです!
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