「オペラやコンサートの無料配信」の持つ意味は何か

3月6日(金)から8日(日)にかけて、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、びわ湖ホール、東京交響楽団などの職業団体が管弦楽や歌劇の公演をインターネット上で無料で配信しました。

これらは、新型コロナウイルスの感染の拡大に伴い、不特定多数の来場者が会場に集まることで新たな感染者が発生することを避けるための非常の措置であり、何より望まれるのは事態が終息して通常通りの公演が再開されることです。

一方で、たとえ非常の措置であるとしても「無料配信」が行われたことは、歌劇や器楽・管弦楽に興味と関心を持つ人はもとより、従来注意を払ってこなかった人たちも鑑賞の機会を得たという点で、鑑賞者の裾野を広げる重要な契機となったことが推察されます。

実際、3月7日(土)に行われたびわ湖ホールにおけるワーグナーの楽劇『神々の黄昏』の公演では瞬間最大で11916人、延べ200646人が鑑賞し[1]、3月8日の東京交響楽団の演奏会は約10万人が視聴するなど[2]、会場の定員を超える観衆を得ています。

確かに、「無料配信」を行うには相応の設備が必要ですし、当然ながら無観客で行うことによる興行上の損失も生じます。

従って、2月末から今月にかけて各種の演奏会を中止または延期した職業楽団の全てが同様の対応を行うことは、経営の面からも現実的ではありません。

また、今回は公演の「無料配信」を行うことが出来た各団体も、回数が重なれば経営が圧迫されることは明らかです。

あるいは、一度は人々の注目と関心を集めることが出来ても、「無料配信」が続けばやがて話題となることもなく、費用対効果の点からも、会場での公演と同様に鑑賞者の確保が問題となることでしょう。

それでも、これらの公演の配信に多数の鑑賞者がいたことは、日本の歌劇や器楽・管弦楽の分野ではかばかしい進展を見せてこなかった情報通信技術の積極的な活用と鑑賞者の拡大という点で一つの新しい可能性を示唆します。

音声や映像をより高精度で安定的に伝送するための技術は実用化され、他の音楽の分野で活用されています。

有料による配信によって商業化が進むことがどのような影響を与えるかについては慎重な検討が必要ながら、今回の件を契機に、演奏会場に赴くか音源を購入し、あるいは放送を視聴ないし聴取するという従来の形態に加えて、演奏を提供する側にも享受する側にも新しい鑑賞の方法が広まるなら、まさに禍から福が生まれることになるでしょう。

それだけに、今後の展開が大いに注目されるところです。

[1]“無観客でワーグナー”ネット上演 新型コロナで公演中止 大津・びわ湖ホール. 毎日新聞, 2020年3月7日, https://mainichi.jp/articles/20200307/k00/00m/040/106000c (2020年3月9日閲覧).
[2]ニコニコ生放送で約10万人が視聴!3月8日「ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 Live from Muza!」. 東京交響楽団, 2020年3月9日, http://tokyosymphony.jp/pc/news/news_4284.html (2020年3月9日閲覧).

<Executive Summary>
How Can We Evaluate "Free Live Streamings" of Orchestral Concerts or Opera Performance? (Yusuke Suzumura)

Some professional orchestras or opera hall conducted "free live streamings" from 6th throught 8th March 2020 to correspond to an outbreak of corona virus disease 2019 (COVID-19). It might be remarkable opportunity for us to examine a possiblitiy and future of "live streamings" in the field of orchestral concerts and opera performances.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?