伊藤祐介|SINFONIA FARM

🎼人と自然が共生する兵庫県三田市で、多品目の野菜を無施肥・無投薬(肥料堆肥農薬不使用)で栽培している自然栽培農家です🧑‍🌾 写真を撮ったり絵を書いたり、本を読んだり文章を紡いだり楽器を弾いたりしながら、一期一会の日々を丁寧に暮らすようにしています📷🎨📕✒️🎻

伊藤祐介|SINFONIA FARM

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    • エッセイ◆かたかた草

      普段、畑でしごとをしながら考えたことなどを、キーボードでカタカタと。 ブログ記事の概要(冒頭部分のみ)も含みますm(_ _)m

    • 写真エッセイ◆日めくり畑と日めくり天気

      一瞬一瞬が一期一会で、二度と同じ風景も無ければ、同じ天気もありません。かけがえのない瞬間を今に留める思いで、シャッターをきっています。

    • 読書日記◆過去の偉人たちとの対話

      主に古典名著を中心に、読書・思索を通して得たものについて書いています。

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    自然栽培野菜の値付けについて。

    今回は、当農園の野菜につける「価格」について書いてみたいと思います。 結論を先に書くと、私自身の考えとしては、 「未来の日本、未来の人類の食の安全保障の問題、ひいてはそこから派生する貧困・飢餓や紛争等の暴力、人の健康や食料生産の持続可能性とも関連の深い環境問題、これらの地球規模の問題群を長期的に大局的に見て、化石燃料に頼らず、かつ低収量に甘んじない(現実に人類を養える)新しい農業のあり方を模索していくことが必要になる。 そのためには、それを実践しようとする農家や新規就農

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    • エッセイ◆かたかた草

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      • ブルーモーメント?

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        • にんにくの日向ぼっこ。

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            生命あふれる畑の様子。

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            • アウェイな丹波黒さん。

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              • 「有為自然」未来の人類を救う農業とは。

                「自然農法や自然栽培(無肥料)の野菜は、小さくて形が悪くて当たり前。」 それが世間の一般的な認識。でも、それって誰も証明したことがないことだったりします。 僕は、それを当たり前にせず、慣行並かそれ以上の収量で、見た目もきれいな野菜が無施肥無投薬でできると信じながら、日々畑に向かっています。 そうしないと、未来の人類が、子どもたちの世代が救われない気がするから。 ◆続きはブログにて^^;

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                • 「人文」を学ぶということ。

                  「VUCA(ブーカ)の時代に入った」とよく言われます。 これからの時代は何が起こるか、どう変化するのか、予想が困難になるということのようです。専門家でさえ予測困難に陥っています。 そんな時代を僕たちはどう生き抜いていくのか。その答えは、「人文」にあるのではないかと考えています。 「人文」あるいは「人文学」。英語では「humanities」。 それは、人間そのものを対象とした学問のことを指します。 具体的には、歴史学、哲学、言語学、文化人類学、文学、美学、人文地理学、心

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                  • 今すぐ、生きる。

                    「ちゃんと生活してこなかった。」 これは、僕がここ1~2年感じてきたことです。 もちろん、朝起きて、朝ごはんを食べて(たまに抜く)、畑で収穫と出荷作業をして、昼ごはんを食べて、午後の畑作業に勤しんで、日が暮れるころに車を運転して家路につく。そういった「生活」はしていたかもしれません。 ただ、「忙しい」という言葉が「心を亡くす」と書くように、ただタスクをこなすことばかりに目が行き、一日一日、一瞬一瞬を丁寧には生きていなかったということです。 以前書いた以下の記事で、古代

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                    • 天気は、試練のち癒やし。

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                      • 【読書日記】外山滋比古『思考の整理学』

                        2020年7月に亡くなられた日本を代表する英文学者・言語学者、外山滋比古氏のロングセラー本『思考の整理学』を読了した(ちくま文庫)。 奇をてらわない文章で非常に読みやすい。構成としては数ページにまたがるだけの短いエッセイを1冊に編纂したものという印象が強い。 自分にとってこの本がすんなり入ってきやすかったのは、外山滋比古氏がこの本で指摘している「既知」というところが大きいのかもしれない。 知的活動には三つの種類が考えられる。 この本の一つ一つのエッセイに目を通していて

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                        • 【読書日記】福沢諭吉『学問のすすめ』Part.2 ~人間交際と社会的弱者~

                          前回のPart.1:「~学問について~」に続いて、今回はいわゆる「人間交際」について、特に非定型発達当事者である自身の経験や感じていることを踏まえて考察してみたい。 自分は子どもの頃から周りの子たちと明らかに考え方や行動様式が違っていて、例えばみんなでサッカーや野球をして遊ぶということにも魅力を感じてこなかった。どちらかというと独りで遊んだり、多くても2人で遊ぶことのほうが多かったと思う。集団というものにそもそも馴染めない性質らしかった。 福沢諭吉の『学問のすすめ』のなか

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                          • 【読書日記】福沢諭吉『学問のすすめ』Part.1 ~学ぶことについて~

                            海外の古典名著がしばらく続いたので、今回は日本を代表する啓蒙思想家である福沢諭吉の「学問のすすめ」を読んだ。 まずは原文(文語体)のものを読み、次に齋藤孝氏による現代語訳版(ちくま新書)、さらに補足的に同氏による「図解 学問のすすめ カラリと晴れた生き方をしよう」に目を通した。 当初、学問のあり方や学ぶにあたっての心構えといったことのみ書かれていると思っていたが、それ以外にも、今でいうコミュニケーション論や、集団と個人、自分の内面との向き合い方といった修身学的な実践論など

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                            • 【読書日記】マルクス・アウレリウス『自省録』Part.2 ~他人の悪意について~

                              前回のPart.1に引き続き、このパートでは、日常生活において他人から悪意ある攻撃を受けた場合にどう解釈しどう対処するべきか、マルクス・アウレリウスが触れている箇所を4つほど抜き出しつつ考えてみたい。 現代においても、本来人間に備わった悪徳によって他者に対して行われる悪口罵詈(あっくめり)や加害行為・奪命行為が後をたたない。大なり小なり、私自身も含めて、多くの人は同時に加害者であり同時に被害者であると思うが、人が悪徳なるものに関心を寄せるのは決まって被害者の立場になった時だ

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