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後ろから見るナンバー。


彼を好きになったのは必然だったと思う。

父が自動車会社に勤めている影響から、私は小さい頃から車が大好きで、小さい頃は、毎週母親と3人でドライブに連れて行ってもらっていた。

父はいつも、自社の車じゃなくてBMWが好きなんだと笑ってBMWのキーケースを嬉しそうに見せていた。

生粋のファザコンで、車好きの父親が大好きだった。

そんな大好きな父親を病気でなくしてから、夢だった車関係の仕事を諦め看護師になった。

自分にとって、大好きだった車よりも父親の死が大きかったからだ。

とはいえ26歳になった今でも車が大好きで、車のイベントにはたまに行くようにしていた。父親のおさがりであるBMWのキーケースも一緒に。

その日もいつも通り1人でイベントに足を運んだ。

自分で買った車は色々な事を考えてプリウスを選んだが、自分では買えない憧れの車がたくさん見れるイベントが休日の楽しみになっている。

いつも通りたくさんの車に興奮してた時に、声をかけてきたのが彼だった。

ディーラーをやっている彼は、目の前の車を熱心にプロモーションしてくれて、子供のようにキラキラした目と、その機能誰が使うの?というような不思議な機能まで熱心に伝えようとするその姿で、この人が本当に車が好きな事がわかった。

もう少しこの人と喋ってみたい。
男性にそんなことを思ったのは久しぶりだった。

「車を買おうと思っていて、もっといろんな車の事を教えてほしい」という理由をつけてどうにか連絡先を交換した。
彼の8個上とは思えない整った顔が少し綻んでいた気がする。
今思えばディーラーが個人の連絡先を教えてくれるなんて普通じゃないかもな。

その夜から彼とのやり取りがはじまった。
最初の連絡は「どんな車がお好きですか?」とかそんな事だったと思う。

好きな車の話で盛り上がり、日を追う事にどんどん親密になって2人で食事もするようになった。

段々と車の話だけじゃなくて、「車が好きな彼の話」を聞きたくなった。
彼も私の事をたくさん聞いてくれて、いつも笑顔な彼だったけど彼氏がいない事を話した時は特に笑顔だったような気がする。そんな気がした。

彼の事を好きになった理由は簡単で「本当は自社のものじゃなくてBMWが好きなんです」とおどけて笑って見せたからだ。

彼は自社には内緒でBMWを持ってるらしく、乗せてもらう事になった。

右側から見る彼の横顔と、左手の薬指がどこか父親と被った。そして車のナンバーまで父親と同じだった。

ドライブを終えて家の前まで送ってくれた彼が、車から降りようとする私の手を引いてキスをした。反射的に、本能的に目を閉じて体の力が抜けた。

これまでずっと敬語で話すような彼の「雄」の部分にどきっとしたし、たぶん悲しさも感じていたと思う。

そのまま彼にたくさん触れられたし、たくさん触れた。
はじめて本物の「愛撫」を感じた。

なんでそんな薬指を光らせながら私に優しく触れるんだろう、なんて考えられたのは終わった後の事で、行為中は大好きな車の中というシチュエーションと相手が既婚者という事とそんな彼に父親の姿を重ねていた事とたくさんの罪悪感と背徳感で興奮が頭を覆いつくしていた。

彼の上に乗って動いているとハンドルが背中に当たってしまう事だけが、少しだけ現実を感じさせてくれていた。

車を降りる時、最後にキスをして彼の車が出るのを見送った。
最後までどんな気持ちだったかは正直わからないけど、なんとなく、少しだけ発進まで時間があった気がする。

車のナンバーすらも忘れられないなんて酷い話だなぁ。





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