「かりん」2020年5月特集号を読む⑦黄郁婷、中武萌

最終回です。なんとかやりきりました。

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なぜあんなに塩をまくのかそういえば台湾でも幽霊に塩まく

小さな力士が大きな力士を投げ飛ばす怒涛のような歓声上がる

黄郁婷「大相撲初場所」


黄郁婷さんは、台湾出身の歌人です。祖国である台湾と異国である日本のはざまにおいて、ゆらぐ自らのアイデンティティの問題や、広く「民族」というテーマを描く傾向があり、そうしたスタイルは同じように外国出身の歌人で注目されるカン・ハンナさんとも共通した部分があります。カンさんと比較すると、黄さんの歌はそうしたグローバルなテーマを処理するときにもどこか「とぼけた」ような節回しがあり、硬くなりすぎずに祖国と異国の融合を楽しんでいるような印象です。表現が適切かどうかはわかりませんが、「ただごと歌」を民族やアイデンティティの目線で見るとこのようになるのでしょうか。普通に日本で生活していると当たり前に思われることを、当たり前と認識しつつどこか外国人である自分の感覚とは遊離するものとしてとらえているようにも思います。

「台湾でも幽霊に塩まく」は、先日のキャスで紹介した際もどこか不思議な力を持つ下句として、参加者の関心を呼んでいました。もっとも、この歌のポイントは上句の<日本>的風景と下句の<台湾>的風景、それをつなぐブリッジになっている三句目の「そういえば」にほかなりません。「そういえば」は異国と祖国の不思議な逆転を引き起こしています。日本に長く暮らして、故郷である台湾のこうした慣習もまた「そういえば」の一言で処理できるようになった。無理せず自然に二つの文化を行き来している感じが、新世代のグローバリズムのようでとてもおもしろい作品だと思います。


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青青と静かな怒りを沈めんとアンモナイトになぞる渦巻

電線を順に揺らしてゆく風につられてはためく鳩の尾羽よ

中武萌「長い夜の記憶」


中武萌さんの歌は、声に出すととても美しく響きのかっこいい韻律で、溌剌とした良さがあります。中武さんも現代という難しい時代を生きる若者ですから、いつも明るい希望ばかりを歌っているわけではないのですが、少なくとも音や韻律という側面からみると、彼女の歌は開放的な明るさがあると思います。恋愛や友人関係、家族など人とのかかわりを描きながら、内省的な部分、知的な部分にも価値を置く。そのバランスの取れた詩情が特徴です。よく回りが見え、頭の回転も速い歌人なのだと思います。

特集号の一連では、真夜中から明け方までという一連の時間の流れをしずかに描きつつ、内に秘める「怒り」の感情をまたその夜に託しているという、詩的なテーマを展開しています。「アンモナイト」はそうした悠久にも似た時間を体現させるものとして選ばれていますが、「なぞる」の一語によって実際には存在しないそれを自分の感覚の側に引き寄せ、いわばその時間が自分の中にゆっくりと息づいていくことを歌っています。とても丁寧に作られていますが、歌一首で見ても、連作の展開としてみても非常にスタンダードであり、もう少し中武さんらしい知的なひとひねりがあってもよかったのかもしれません。


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17人の「かりん」の仲間の作品を読んでいきました。みなさん本当に個性的で、読みながら自分自身の世界も深まるような気がしました。そして、僕自身もかりんの一員として、それに恥じない歌を作り続けていかなければいけないと、改めて決意しました。

全七回のシリーズはこれで終了です。最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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