「かりん」2020年5月特集を読む①郡司和斗、鈴木加成太

「かりん」2020年5月号では、「次代の駆動力」と銘打って、かりん所属の若手歌人による本格的な特集が組まれています。各人の新作十三首と、歌人論を合わせて読むと、さながら良質なアンソロジーのよう。ここでは、寄せられた新作十三首からいくつか拾い読みしつつ、「かりん」を直接手に取れない方にも若手の魅力が伝わるように、思ったことを書いていきたいと思います。

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ためぐちと敬語のまざるやりとりを深夜の路地にとおく伸ばして

趣味はボクシングといえば少年は「ぶってもいい?」と問いかけてくる

郡司和斗「冬の天球」


すでに一度、この note でも取り上げている郡司和斗さん。やわらかな口語の韻律に乗せて、現代の都市のやさしい部分、冷たい部分をユーモアを交えながら歌う、そこに大きな魅力があります。定点にカメラを置いてドキュメンタリー映像を撮りながら、そこに監督自らの手で「ゆらぎ」を入れてくるようなイメージ。「ゆらぎ」は例えば韻律の微妙なズレや、定型を侵食する話し言葉によって表現されます。

引用した二首は、どんな映画の、どんなシーンにも挿入できそうな場面でありながら、こうして定型の形をとったときに何とも言えぬ寂寥感やわびしさ、そしてやさしさを感じさせます。ことばで感情をすくいとるのが上手な作者なのだと思います。


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プラネタリウムに渡りの鳥を放つといふ実験を雨の日に思ひだす

遊覧船はかもめを連れて発ちゆけりみづうみの裾を岸と呼びつつ

鈴木加成太「星と鳥影」


鈴木加成太さんは、その名前のとおり、どこか彼方からくるような不思議な歌が印象的な歌人です。大井学さんは、特集の「総論」の中で、<透明なヴェール越しに世界を見ている>と評しています。<透明なヴェール>は、鈴木さんの場合、空や水、光といった自然のエレメントであらわされることが多いように思います。韻律がそうしたエレメントと一体化し、ふわふわと空中を漂っている。そこに鈴木さん独特の詩情が生まれます。

僕は彼の歌を読んでいると、印象派のアルフレッド・シスレーの絵画を見ているような気持ちになることがあります。ただし、よく歌を読んでいくと彼にはまぶしく光るシスレーの絵画のような歌だけではなく、そこから一歩踏み込んだ影の部分を描いた歌もあります。そうした歌では、遠く離れたところにある鈴木さんの輪郭がぐっと近くに見えるときもあって、それがまた味わい深い作者なのです。

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次回へ続きます。

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