Engadget日本版がサービスを終了する理由を考察する

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はじめに、本稿では筆者の推測や感想が含まれていますのでご了承の上お読みください。

こんにちは、ナカヤマです。主にEngadgetで執筆しているWebライターです。

本日(2022/02/15)、Engadget日本版が3/31に更新終了、5/1にサイト閉鎖となることが発表されました。Engadget日本版は2005年から続くガジェットテクノロジーブログで、業界の草分け的存在でした。2022年現在でも月間2,000万PV以上ある大規模商用メディアでしたので突然の発表で驚かれた方も多いと思います。かくいう私も寝耳に水でした。

米国本社の方針でサイトが閉鎖に

Engadget日本版の運営を行っているBoudless株式会社のプレスリリースでは、サイト閉鎖の理由として

「米国本社のグローバル戦略に伴い、この度の決定となりました。」

と述べられています。この、米国本社のグローバル戦略とはどんなものでしょうか。Engadget日本版が置かれている現状を見ながら考えてみましょう。

近年のEngadgetやその運営の歴史はこんな感じでした。

2015年:VerizonがEngadgetを持つAOLを買収
2017年:VerizonがYahoo!を買収、AOLと統合でOath誕生、EngadgetはOathのメディアに
2018年:Oathが傘下のFlickrを売却、Engadget独と西が閉鎖
2019年:OathがVerizon Mediaに名称変更、傘下のtumblrを売却
2020年:Verizon Mediaが傘下のHuffPost売却
2021年:VerizonがVerizon Mediaを投資会社Apollo Global Managmentに約5,500億円で売却、社名をYahooに戻す。Apollo Global ManagmentがYahoo Japanを日ヤフーに約1,700億円で完全に売却

ざっくりこんな感じです。Engadgetはここ数年で運営が「AOL → Oath / Verizon Media → Yahoo」と変わってきました。なお、日本ではYahoo Japanに関する権利を全て日本のヤフーに売却したため、YahooではなくBoudless株式会社という名称を利用していました。(Engadget USとEngadget CNはYahooが運営)

2015年以降、米最大手通信会社のVerizonはデジタル広告収入獲得を狙ったメディア戦略の一環でAOLやYahooといったウェブメディアを1兆円以上かけて買収しました。当初は年間100億~200億ドルの売上を期待していたもののGoogleやFacebookなどによる広告市場の独占的状態(7割以上がこの2社によるもの)によって売上が低迷、Flickrやtumblr、HuffPostといった主要サービスを徐々に切り離し(その間にEngadget独と西が終了)、5Gなどの通信事業に集中したいという意向も相まって徐々にメディア市場から撤退することになります。

最終的にVerizonはVerizon Mediaを投資ファンドに売ることでメディア事業から完全に撤退しました。(VerizonはYahooの株を10%持っているので厳密には違うかもしれない)

Engadget日本版が終了する理由

さて、Verizon Mediaを買った投資会社は利益を得るためにどのようなテコ入れをするのでしょうか。

まず行ったのがYahoo JapanにYahooの権利を売ること。日ヤフーは米Yahooと資本関係はないものの、ライセンス料として約150億円/年をVerizon Mediaに支払っていました。Apollo Global Managmentは最初に日ヤフーに米Yahooのライセンスを完全に売り渡すことで約1,700億円を手に入れることに成功しました。ここで投資額の1/3が回収完了になります。

では、次に何をするのでしょうか。デジタル広告市場はGoogleとFacebookが市場を大きく独占する形となっており、一投資会社がそこに入り込むことは非常に難しいです。となると次に行われるのはそう、大規模なリストラになるわけです。

例えば米投資ファンドのアルデン・グローバル・キャピタルは米地方紙を傘下に収め、人員削減を進めることで知られています。Yahooで同じことが起きてもおかしくないというわけです。

私が思うにそこで白羽の矢が立ったのが日本だったのでしょう。Engadget日本版がいくら黒字でもメディアとして優秀でも、アジアのテックの中心が中国に移った今、日本で取材班を残す必要性が薄いし、日本市場が伸びる見込みもないと考えるのは自然です。なお、これは私の推測でしかないことにご留意ください

決して「儲からなくなったから」ではない

FireShot Capture 075 - engadget.comのトラフィック分析と市場シェア - シミラーウェブ - www.similarweb.com

Engadget日本版をWebサイトのトラフィック分析を行うSimilarWebでみてみると、PV数は月間2,000万でかなり大きなサイトであることがわかります。数カ月間のPV数を見えると伸びてはいないものの減ってもいないことがわかります。また、ライターとして関わっていたときの印象としても収益性に問題がある印象は感じませんでした。

Engadget日本版が終了する理由は決して儲からないからではありません。Boundless株式会社が発表したように「米国本社のグローバル戦略」が理由なのでしょう。自分たちは悪くないだけに編集長をはじめ、スタッフ一同やライター陣の無念が胸にしみます。

アーカイブが残らないという問題

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Engadget日本版はフレンドリーな編集長と優秀なスタッフたち、そして個性豊かなライター陣が作るメディアです。そこにある記事は深い取材やライターの鋭い目線が反映されているものであり、史料的な記録として価値があるものも多くあります。この点は多くの読者さんも賛同してくれるものだと信じています。

しかし、今回のサイト閉鎖はかつてのEngadget独版や西版のようにアーカイブが一切残らない形となります。2004年から積み上げられた記事は膨大でアーカイブとして残すと多大な維持費がかかるのは事実ですが、記事がすべて消えてしまうことは調べ物をしたい読者にとっても努力して執筆した書き手にとっても不幸なことです。海外の本社の意向で日本の貴重な史料が失われることに対しては何らかの救済措置を考えるべきだと思います。

もちろんこの問題は今回のことに限らず、Webメディア全般に共通する課題です。サイト運営者には記事が消える、見れなくなること対して慎重に対策をしてほしいものです。

伝えたいことが伝えられない現状

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※ここからは私個人が感じたことになります

どの事業に対してもお金の問題はつきまとってきます。

今のブログメディアはPVを伸ばすためにSEO対策と銘打ってGoogleに好かれやすい記事作りをしており、YouTubeを始めとする動画でも同じ傾向が見られます。また、情報がコモデティ化している今、どうしたらマスにみられるのかのテクニックが非常に重要になっています。「飽きられないように最初のイントロでインパクトが大きい音楽が流行る」「醤油味醂砂糖など味が想像しやすいレシピがバズる」「娯楽があふれる今繊細な描写がなされている小説や映画は好かれない」など、この傾向は挙げるとキリがありません。

そんなディストピアな風味がある情報発信の世界で、どんなにだめなネタでも記事として出すために一緒にブラッシュアップしてくれたEngadgetは私にとって唯一の「好きなこと、伝えたいことを100%ありのまま伝えられる場所」でした。

そんな心地よい場所が米投資会社の意向という自分一人ではどうしようもない力で吹き飛ばされてしまったのです。自分もスタッフも悪くないのですよ。まさに強大な力を持つ敵を目にした主人公が無力感を持つ気持ちのような感じ。フロムが自由からの逃走で指摘したように権威主義的になりそうです。

伝えたいことが伝えられない、伝えられても目につきにくい現状。広告会社がすべての情報伝達を握っている現状。インターネットの住人がそれに踊らされている現状。どれもクソくらえと言わせてください。自由意志など存在しない......


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Engadgetは本当にいい職場でした。それだけにサイト閉鎖は非常に残念ですし、スタッフ一同の無念を考えると私も非常に辛いです。

Engadget日本版3/31まで更新されます。その日までリアルで生な、そして有益で鋭い記事を更新する所存ですので最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

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