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ボルリングって安全なスポーツ?

近年オリンピック種目にも選ばれ、注目度が増しているボルダリング。
皆さんはどのような印象をお持ちでしょうか?

「楽しそう!」
「筋肉つきそう!」
「非日常感が味わえそう!」

色々あると思いますが、中には

「運動神経が良くないと登れなさそう」
「ゴリゴリマッチョ達と一緒の空間で登るのは気が引ける」
「ルールがイマイチわからない」

…などマイナスなイメージもあるのではないでしょうか。
中でも一番多いのが「痛そう」「怪我が多そう」といったものでした(筆者調べ)

なので今回はボルダリングで起こる怪我について話をしていこうと思います。



1 クライミングの種類

怪我のお話をする前にボルダリングとは何ぞや?というところから少しお話しします。もう知ってるよという方は次の項目にお進みください。
実はボルダリングとはクライミングの中の一つに過ぎず、いろいろな種類があります。


◎アルパイン・クライミング
本物の山岳(自然の山岳。人工壁などではない本物の山岳)の急峻な場所をよじ登ることをアルパインクライミングとまとめて呼んでいます。
一般的には山頂をめざして登ることや、ひとつの岩壁を登り切ることなどを目指して行われています。


フリークライミング
岩登りの内、安全のため確保用具は使用しますが、それに頼ることをせず、自己の技術と体力で岩を登るものを指します。


ボルダリング
最低限の道具(シューズとチョーク)で岩(人工壁)を登ります。高さに規定はありません。屋内だと4〜5m程です。誰でも気軽に始めやすく、今回の話の主軸です。


リードクライミング
クライマーがロープを自らルート途中の確保支点にセットしながら登るものです。基本的にクライマー(登る人)とビレイヤー(地面でロープを確保する人)の2人1組で行われます。


スポーツクライミング
登山のロッククライミング(岩壁登攀)で使われる登攀技術をもとにした競技の総称です。
スポーツクライミングというのは基本的に、人工壁を使い、かっちりとしたルールのもとで参加者同士が技の優劣やタイムを競いあう競技として行われるものです。
基本的に、ボルダリング競技・リード競技・スピード競技の3つから構成されます。


他にもアイスクライミングやミックスクライミングなど種類があるので、気になった方は調べてみてください。



2 クライミングの怪我について

本題ですね。今回クライミングに関する怪我についての論文を『PubMed』内にて〈climbing injuries〉のキーワードで調べました。すると1971年〜2021年の間で1221本の論文が見つかりました。
サッカーでも同じように〈soccer injuries〉と調べると、1971年〜2021年の間で5406本の論文が見つかりました。
歴史や注目度をサッカーと比較すると、まだ医療の領域でもマイナーなスポーツなのが伺えます。
しかし、ここ2017年〜2021年の5年間で372本もの論文が報告されており、ここ最近の注目度の高さが窺えます。


怪我の多い部位

クライミングの怪我では手指、手首の怪我が最も多く、次いで肩、足、足首の怪我が見られます。

上肢(腕)ではover use(使いすぎ)による損傷が多く、下肢(脚)では急性外傷(落下や岩への衝突)による損傷が多いようです。
どの文献をみてもの怪我が一番多く報告されており、それだけクライミング特有の怪我と言えますね。

指を怪我する時に多いのが、フルクリンプポッケ(指が1、2本しか入らないホールド)の使いすぎによるものです。
高負荷な課題では靭帯や筋肉の断裂が起こることもあります。この際にバチン!と弾けるような音が鳴ることも多々あり、「パキる」と呼ばれたりします。
(私は指の靭帯と手の平の筋肉を一回づつパキりました)
指の怪我については長くなるので、また別の記事でまとめようと思います。

フルクリンプ
ポッケ


足の怪我は足首の捻挫が多く、主に予期していない落下などで着地を誤り怪我をするケースが多いようです。
ジムではマットが敷いてあるから安心!と言いたいところですが、着地の体勢はできるだけ整えてから降りられるようにしたいですね。


クライミングの活動量が増えればover useによる負傷をする確率も増えてきます。こちらの研究では指と手首の怪我だけで全体の40%を占めるとのこと。また指や手首の怪我は再受傷することも多く、その背景には登山グレードの向上をするためには登り続けることが必要になることが考えられます。
そこで登り続けても怪我をしないよう予防をするために大事になってくるのが、ウォーミングアップとクールダウンです。

怪我の経験のある85名に実施しているかを聞いた調査では、ウォーミングアップは約80%の人がやっていたと答えているのに対し、クールダウンは約25%の人しかやっていないと答えています。
僕もそうなのですが、どうしてもクールダウンはサボりがちになるようですね。
クールダウンは低グレードの課題をこなしたり、入念なストレッチ、アイシングなどが挙げられます。
東京オリンピック銅メダリストでもある野口啓代選手は、長い現役生活の中で一度も指の怪我はしたことがないそうです。練習毎の指のアフターケアは長く活躍する上で必要不可欠なのでしょうね。



男女での違い

さらに男女では怪我の多い部位が違ってきます。
男性の場合、指、肘、肩が多いのに対し、女性の場合、指、肩、手首、肘、足首が怪我の総数の上位を占める結果となりました。

手首と足首の割合が特に違いが出てます。
手首の負傷が多くなる理由として、女性に手根管症候群の発生率が高いことが関連しているのではないかと報告があります。

また、足首の負傷では解剖学的(身体の作り)な違いから説明できるかもしれないとの報告もあります。クライミングシューズは主に男性の足首用に作られているため、女性のアキレス腱にはきつくなっています。(現在では女性に向けたシューズも多く開発され、この問題は解消されているかも?)
シューズ選びではきつさも大事ですが、体重をかけた時のアキレス腱やくるぶしの当たりもしっかり確認したほうが良さそうですね。



クライミング歴やレベルによる違い

クライミングの初心者、中級者、上級者、トップアスリートを比較したところ、突出して怪我が多い層はなく、同じくらいの割合で怪我をしています。
ただプロクライマーになるほど、使いすぎによる慢性的な怪我が多いようです。体の動きに理解が深いほど、突発的な怪我が少ないのかもしれません。

初心者もトップアスリートも取り組んでいるレベルは違えど、個人個人に対する課題の難易度はだいたい同じだからなのでは?と私は考えています。
例えば10段階のレベル分けをしたものにAさんとBさんが取り組むとします。Aさんの実力のMAXが「7」、BさんのMAXが「4」とします。
難易度が「5」のものに二人が取り組んだ時、Bさんは結構必死ですが、Aさんは余裕です。
しかしAさんは「8」の課題、Bさんは「5」の課題に取り組ませるとします。そうするとレベルは違うものの、一人に対しての難易度が似てくるという状況になります。
この難易度が同じようになることが、どの層も同じ割合で怪我が発生している要因なのではないかなと思います。あくまで個人的な見解ですが。



BMIと慢性的な怪我との関連性

結論から言うと関連性はないことが報告されています。
一般的に筋肉と体重の比率で筋肉の割合が多いほど有利に思われます。しかし長期的にBMIを低く保つことは健康に害を与え、疲労しやすく怪我のリスクが高まります。

自身の筋や腱は体重に応じて発達・適応していきます。この事実がBMIとの関連性が低いことを示唆しています。
かといって太りすぎも良くないです。自分の理想のBMIを知って一番調子がいいところをキープするのがいいのかなと、実際にクライミングをしていて思います。



他のスポーツなどと比べた怪我の割合

1000時間あたりの障害率で表すと
・インドアクライミングで1000時間あたり0.079
・スポーツクライミングで1000時間あたり0.2
・登山で1000時間あたり0.6
という結果が出ています。

この確率は
・オートバイで1000時間あたり13.5
・サッカーで1000時間あたり31
・ハンドボールで1000時間あたり50
・アイスホッケーで1000時間あたり83
・ラグビーで1000時間あたり286

と、他のポピュラーなものと比べてもとても低いことがわかります。
これらの結果から基本的には怪我が少ないスポーツだということがわかりますね。
それはなぜか。大きな違いは外乱因子(自分を邪魔する存在)の有無だと思います。

クライミングは動かない対象(壁)に対して、自分の動きを当てはめていく競技になります。誰かから邪魔をされるわけでもなく、自分が途中で危険と思えば簡単に止めることができます。自分が無理なことをしなければ、ほぼ怪我は発生しないスポーツなのです
それに対し、他で挙げたサッカーやラグビーなどの対人スポーツでは動く対象(敵チーム)に対して、自分の動きを当てはめないといけません。自分の視野の外から急なタックルを受けることがありますし、守備をする時なんて相手の動きに合わせて対応しなければなりません。自分の予想外のことが起こりやすく、それを対処する能力が求められるため、必然的に怪我も発生しやすいと考えられます



まとめ

様々な視点からクライミングに関係した怪我をざっくりまとめました。
起こりうる怪我などを挙げましたが、そうそう怪我をすることは少ないスポーツです。手の甲や肘を擦りむいたりするぐらいですね。
基本的に手のパキりや手首の使いすぎによる痛みなどは、ちゃんと休めば治りますし予後は良いといわれています。
ウォーミングアップとクールダウン、安全に配慮した行動を意識すれば多くの怪我は未然に防げることが分かったと思います。

壁を登る。この非日常な体験が私をいつもワクワクさせてくれます。健康のために登るのもよし、より高みを目指すのもよし、色んな人との出会いがありそれもまた魅力の一つです。
非日常に興味を抱いたあなたへ。次に開くのはYouTubeやNetflixではなく、近くにあるクライミングジムのホームページですよ。

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