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書評 #2|孤狼の血

 警察小説に以前から魅了されている。横山秀夫の『64』『第三の時効』、今野敏の『隠蔽捜査』シリーズなどがそれに当たる。犯罪を追う非日常性やそこに内包される謎解きの要素はもちろんのこと、ベールに隠された警察組織の内部を垣間見られること、極端に上意下達のマッチョな環境の下に描かれた人間模様も興味深い。今まで言葉にしたことはなかったが振り返ると、そのような考えに行き着く。柚月裕子の『孤狼の血』も同様だ。この後の文中では作品の核心や結末が示唆されているため、気になる読者は読むのを避けてもらいたい。

 時は昭和末期。広島を舞台にして描かれる暴力団組織間の抗争とそれを追う刑事たち。特に時代が強調されているわけではないが、昭和の香りや空気感が伝わってくる。その香りや空気感が象徴するものとは何か。それは人と人との距離の近さやそこから生まれる起伏に富んだ感情表現であり、ある意味での無秩序なのかもしれない。『孤狼の血』では多くの場面で理屈を超越した感情のつながりがあり、それと同じかそれ以上に多くの暴力が描かれる。「ハードボイルド」と表現してしまえばそれまでだが、日常では味わうことのできない刺激が、物語を読み進める原動力となったのは間違いない。

 主人公である日岡秀一の目線でストーリーは語られるが、自分自身の視点が乗り移ったかのように、作中で起こる出来事や事件は臨場感にあふれている。刑事二課に配属され、警察官としての潔癖さは残しつつも、正義と悪の間で揺れ動く様は必読だ。エクストリームなキャラクターとして異彩を放つ大上章吾の影響を受け、徐々に変化していく機微や価値観の変化も自然であり違和感がない。個人的には、日岡に薫陶を授けた大上の行動はふんだんに描かれながらも、決断に至る葛藤や迷い、その背後に潜む信念のようなものがより詳細に描かれていれば、さらに感情移入できたかもしれない。強烈なキャラクターではあるが、最後の結末があっさりしているように感じられ、その思いに拍車をかける。

 ミステリー、警察小説、エンターテインメントとしての暴力描写、複雑に絡み合う人間模様、その中で居場所を見出そうとする人間たち。そういった刺激を求めているのではあれば、うってつけの作品ではないだろうか。


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