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書評 #6|いまさら翼といわれても

 清風とノスタルジア。米澤穂信の『いまさら翼といわれても』を読んだ後、その二つの言葉が頭に浮かんだ。

 高校の古典部に所属する男女四名を中心に繰り広げられる短編集。そこはかとない滑稽さと身震いするような描写があり、読者を飽きさせない。

 高校生らしからぬ会話の組み立てと丁寧な心理描写は自分自身が高校生だった頃の心象風景を思い起こさせる。身体も心も大人未満。しかし、大人にも負けない信念や高校生だからこそ持ち得る、純真無垢な意志を主人公たちは宿す。

 彼らが相対する謎の数々は程度の差こそあれ、身近に潜む人間の悪意と表現して差し支えない。その悪意を探り、立ち向かい、あらがい、受け入れ、葛藤する。それらの出来事は極端ではあるかもしれないが、彼らが大人へと成長していく過程を描いているように感じた。

 著者の作品では『ボトルネック』を読んだことがある。作品で見られた、背筋を一筋の冷水が伝うような心理描写と読後感が強く印象に残っている。本作ではそのとげとげしさの片鱗を感じつつ、高校生の内面や機微がみずみずしく描かれていることに僕の期待を前向きに裏切った。

 「才能に仕える」という言い回しが作品の中に登場する。「ちっぽけでゴミみたいな才能だけど、でも、あたしはそれに仕えなきゃいけなかったんだ」と漫画家を夢見る少女は漏らす。夢に向かう自分自身への期待と不安。高校生たちの心的情景を前向きかつ的確に描いた、『いまさら翼といわれても』を象徴する言葉として光を放っていた。


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