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Jリーグ 観戦記|強者の問答|2020年J1第30節 川崎F vs 横浜FM

 生暖かい空気が身を包む。汗が肌に浮く。三週間ぶりのJ。待望の神奈川ダービー。時を追うごとに胸は高鳴り続ける。

 太鼓が打ち鳴らされ、等々力に響き渡る。重厚な衝撃。サッカーはまた一歩、日常へと足を踏む。スターティングメンバーが記されたスマートフォンへと眼を落とす。川崎は長谷川が帰ってきた。そして、マリノスからは朴一圭が消えた。変わりゆく季節の中、そこに時の移ろいを感じる。

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 ドラムロール。太鼓の打撃は手拍子を呼び込む。サンバのリズムだ。試合の幕が切って落とされる。

 ディフェンスラインの裏に猛然と駆けるエリキ。マリノスの象徴でもある、激烈なプレッシャー。ジュニオール・サントスも肉食動物のように、ボールを受けた谷口を襲う。時と間の奪取。マリノスのベンチ前、ポステコグルーの拍手が眼に入る。

 選択肢の創造。得点の可能性を高める、サッカーという競技の生命線。個人技もさることながら、選手の配置が試合の趨勢に影響を及ぼす。松原とティーラトン。マリノスが誇る両サイドバック。氷の上を滑るように、両翼から中央へと身を移す。幾度も眼にしてきたが、快感は止まない。

 トリコロールの網。中盤に築かれた牙城が川崎に重くのしかかる。網目に綻びを見出すも、戦略的ファウルによって勢いは削がれていく。川崎のエンジン、登里はその衝撃を何度も浴びる。しかし、立ち上がり、左サイドを駆け上がる。劣勢を跳ね返す飛翔。緑色の空を舞う鳥のようだ。

 苦しむ川崎。しかし、その中でもマリノスの網目を大きくする工夫は怠らない。より深く、より広く。ビルドアップの重心を下げ、マリノスが仕掛けるプレスの勢いを分散させる。より高く、より長く。マリノスの網は空に舞うボールまでは回収できない。

 刻々と変わる、「生き物」たるサッカー。前線へのロングボール。齋藤のフリーラン。高丘に提示されるレッドカード。試合の色は劇的に変わる。マリノスが提示した問い。それに答えた川崎。色彩に溢れた主導権争いがそこにあった。

 大島と三笘がピッチへと送り出される。開始前から唸りを上げるエンジン。極限までに羽を広げた両翼。ピッチへと作り出される横幅により、川崎の攻撃は自由に空を翔る。階段を下りるように、パスの出し手と受け手がボールを中心に交差していく。そして、周辺の選手たちも飲み込み、ゴールへと近づきながら、同時にスペースを生み出していく。それはボールを目とした台風のようだ。

 数的同数でも脅威を与える攻撃。一人少ないマリノスにとって、それは苦境以外の何物でもない。しかし、崖の端に立たされながらも、マリノスは牙を立てる。ボールを持ったディフェンスライン。その重心は低い。川崎を自陣へと引き込む配置。左に張ったティーラトン。そのまま川崎のディフェンスラインの裏へとボールが蹴り込まれる。エリキとジェジエウのマッチアップ。失われることのない、エリキの脚力。個人技の顕在化。数的優位の無力化。意図的隔離により、試合の熱が維持される。

 獲物を狙う三笘。川崎の攻撃を仕上げる、稀有な才能。彼がボールを持つと、ピッチの中に独立した世界が生まれる。音が静まり、動きが止まる。暗闇で光を受けた三笘。「わかっていても、止められない」。千金の価値を有するドリブル。それは後半にまばゆい光を放ち続けた。

 ドリブルによる侵入。深い位置での組み立て。作られた空白を三笘は存分に我が物とする。終了間際の三点目。ピッチの端から端までをドリブルで切り裂く。そのすべてを自分色に染めた。

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 闇の中で試合の余韻を楽しむ。川崎とマリノスによる濃厚な問答。強者を相手に退場者を出しながらも、その知恵によって勝利を狙った。その姿勢もまた、強者の証。最後まで数的同数で拝みたかったのは間違いない。しかし、この戦いに、サッカーの奥深さの一旦を垣間見ることができた。そんな充実感をまとい、夜の街を練り歩く。

川崎F 3-1 横浜FM

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