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書評 #5|三体II 黒暗森林

 圧倒的な科学技術力を持つ地球外生命体の襲来。人類のすべての行動は地球外生命体の監視下にある。侵略の時は四百年以上も先の未来を予見。地球外生命体が持つ唯一の弱点は、人類にとって普遍的でもある嘘や偽りの概念を持たないこと。地球外生命体から「虫けら」と呼ばれた人類。劉慈欣の『三体II 黒暗森林』は敵を欺きながら、果てしない力の差を埋めようとする戦いの物語だ。この後の文中では作品の核心や結末が示唆されているため、気になる読者は読むのを避けてもらいたい。

 作中で描かれるのは弱者の戦い。言い換えれば、地球外生命体である三体文明の隙を突くこと。人類の団結を前提に描き、単純明快なテーマを描いても十分に魅力的だとは思うが、本作ではリアリティにあふれるストーリーが展開される。

 四世紀という人間の感覚では途方もなく長い時間を前にして右往左往する複雑な人間心理が交錯し続ける。「いま現在、人類の生存にとって、最大の障害は、人類自身だからな」と作中で表現される。近未来を見据えて万全の準備を尽くそうとする者。自己中心的に自らの命が無事に全うできれば良いと思う者。後者を批判する気にはなれない。なぜなら圧倒的なスケールを持つ天変地異を前に、人類が共通の理念を持つことなど不可能だと感じるからだ。

 主人公である羅輯は四名の面壁者の一人として選ばれ、三体文明に対する対抗手段の考案を命ぜられる。その難題に挑むのは孤独な戦いであり、描かれる苦悩は暗闇の中で一筋の光を見出そうとする絶望的な戦いの象徴だ。一転、二百年にものぼる冬眠から目覚めた羅輯が眼にした世界は「おごり」や「傲慢」の世界だった。人類の科学技術は発展したが、戦いを前にした数々の言説は希望的観測と瞬時に理解できる。人類は強大なる共通の敵を前にして私利私欲を優先させる。過去や現代の政治や戦争でも、散見される作中の出来事に筆者の人類批判を見た一方、希望がないと生きていけないのも事実だ。

 詳細は割愛するが、宇宙を土台として生命活動のスペースが限られていること。他の生命体が存在したとして、いかなる生命体も成長を目指していること。その二つが「黒暗森林」理論と作品の軸となっている。宇宙というスケールの大きな舞台の上で繰り広げられる心理的駆け引きはゲーム理論と基本的には同じである。

 難解な設定を難解なままに終わらせず、分かりやすいエンターテインメントに仕立てていること、人類の思考は弱点でもあり、最終的には強みとして回収される流れに筆者の際立った手腕を感じた。


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