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書評 #11|下町ロケット ゴースト

 人間の本質。池井戸潤の作品に通底するテーマだ。 ものづくりには人の精神が宿る。『下町ロケット ゴースト』でも登場人物たちが縦横無尽に自問自答し、それぞれにとっての答えを見出そうとする。正解はない。答えを求める過程に人柄が映る。その濃淡が本作の醍醐味だ。この後の文中では作品の核心や結末が示唆されているため、気になる読者は読むのを避けてもらいたい。

 濃淡の中にも不文律は存在する。それは仕事の対象だ。顧客は何を求めているか。そこに思考を巡らせる。その源は「お前らしさ」や「オリジナリティ」という言葉に象徴される個性だ。作中でも展開の起点となる引き算の発想はそれを具現化している。

 佃製作所の経理部長として活躍する殿村は退職し、家業である農家を引き継ぐことになる。殿村は両親を見た。先祖が紡いだ三百年を振り返った。その延長線に存在する自らを捉え、大きな決断を下した。生き方に正解はない。その事実を読者に投げかける。

 そして、筆者は人物描写のギアを上げた。白か黒ではなく、グレーを描いた。二色の狭間で揺れ動く心情を表現し、人間の脆さや性質を描いた。

 期せずして帝国重工を追われる形となり、ギアゴーストに希望を乗せた伊丹大と島津裕。墓場から再生した島津、恨みに縛られた伊丹。そこには明白な対比が存在する。恩や感謝を最重要視する筆者と佃にとって、恩を仇で返した伊丹にはどういった未来が待ち受けるのだろう。

 自分を見つめるか、他人を見つめるか。未来を切り開く道筋を池井戸潤は描きたかったのかもしれない。


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