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限り無い攣を束ねて〈ep1-2〉

   Ep1-2


 白樺の樹が茂っている夜の森、女は着衣を脱ぎながらそれを組み立てている。木と木が擦れ合う音は奇妙な鳥の鳴き声の様に響き、虫の囀りの様に規則的だ。
 《男は女に色気を見出すが、女は女に色気を見出すと云う、女が女に色気を見出すとどうなるのか、だがそれは一種の鏡なのだろうか。自らの内から花咲く薫りとそれを侮蔑する様に睨む自身に開発される》女は云った。少年はそれを不思議に聞いている。《魂の差と云うには余りにも残酷なこの衣類の差異を、如何に楽しむかと悩み始めて、自らを演じる二重の生活を生きている。だから私はあなたを磨く》
 少年の手足は磨かれた象牙を繋ぎ合わせたもので、胴体は木から彫り出されたものだ。黄金色の髪は繭から紡ぎ出され、眼球がガラスで出来ている。少年は何かを思い出しているが、それはモザイクの様に砕けて行く。
 《罪より先に在った蜜との痺れ、攣り上げられた手足に咲いたもの。でも、花は喜びに転び、美しさを律している》
 僕はあなたの空想に過ぎない。あなたの空想として清らかに恋をして、儚げに滅びる影だ。僕が発する一字一句が、あなたの快楽の為の背景で、僕の手足はモンタージュだ。この痛みが排泄されると、僕は魂となって走り出す。
《磨かれて生まれたあなたをガラテアと名付けよう、けれど、私は如何なる願望であなたを呪うべきか判らない。ただ、私が無慈悲な現実で人を産み、人として生きるには幻想が必要だった。人は現実だけを生きる事は出来ない、幻想だけを人が生きる事が出来ない様に》
 女は人が這入る程の桶に水を張り、其処に少年を投げ入れた、丸で洗濯物を投げ込む様に。
 混沌の渦の様に、灰色の空は遠のいて行く。
 自分が食しているものが、或る日、殺戮の結末だと思い出し、豊かさと恵みと呼ばれるものが様々な生態系を侵犯して、略奪していると思い知っても、それは明確なものとして味わいを持たない。寧ろ、忘れ去られる事が健全であるかの様に、一つ一つが日常として消化され、溶け出し薄められて行く。然し、初めての性的快楽は、混濁した意識に驚きと幻滅を落とした。
 気付くと、彼は精神病院で目覚めた。
 どうして、此処が病院だと判るのだろう、彼は思った。理由より先に病院らしさが手足を縛り、僕を不安にさせる。記憶はすっぽりと無く、空はとても狭い。
  ×
 「僕の母は狂っている」少年は不意に言葉を吐いた。
 「点鬼簿?」少女は尋ねた。
 「いや、まあ、そうかもね」
 成山波留磨(なるやまはるま)はまだ、幼さを残した少年である。髪の毛は短く手足は長いが、顔に丸みが残っており、何処か中性的な印象が残っている。然し、目元は恐ろしく鋭利で、冷たい硝子の様な瞳をして、何処か力強い肉食獣を思わせる。少女は五月女真糸(さおとめまいと)、おっとりとした顔立ちで眼鏡を掛けていて、透き通る様に白い肌と長い黒髪が印象的だ。波留磨はボーダーのシャツにパーカー姿で、真糸は襟が丸い白シャツに紺色のセーターとスカート姿である。二人は、カフェの窓際の席に座り、共に窓を眺めている。テーブルにはアイスコーヒーが二つ並んでおり、真糸はノートを出していて、万年筆で何かを書いていたらしい。彼女が使っている物はペリカンのスーベレーンM600の限定色のホワイトである。白いストライブで透明なアクリルの隙間からインクの様子がはっきりと見える。入れられているインクは同社のエーデルシュタイン、タンザナイトである。どうして真糸の様に若い少女がそれ程高価な筆記用具を持っているのか、また、その筆記用具で何を書いているのか波留磨は考えもしなかった。
 「波留磨君は美しいわね」真糸は云った。
 「ねえ、精神病院ってどんな所だろう?」波留磨は真糸の言葉が聞こえなかった様に云った。
 「さあ、精神科のクリニックでは無く、入院出来る精神病棟に興味があるの?」
 「うん。何となく」ああ、何となくだ。上手く理由は話せないが、精神病院と云うイメージに興味がある。いや、好奇心すらそそられる、でも、理由は分からない。
 「色々あると思う。閉鎖病棟のイメージは、多分昔からある刑務所の様な印象、場所によって違うけど閉ざされた病棟。解放病棟は少し違うかな。でも、病院によってとても違う。『カッコーの巣の上で』みたいなものが閉鎖病棟、鉄格子は場所によるかな。『ノルウェイの森』みたいな所は知らない。イメージとしてはサナトリウムなのかな?あれは作中の幻想かも知れない。行ってみると判るけど、残酷な程日常的よ。狂気と云うより、緊張と緩みがねじ曲がっている感じ。ぶっ飛んでいて独創的な患者は比較的少ない。イメージとしてあるのは、多分病院を中心として〈正気〉らしさがあって、それを享受する私達が回想しているから。刑務所と精神病棟は或る意味社会の規範なの」
 僕等の会話がコミュニケーションに至らないとしたらそれは何だろう、波留磨は思った。恐らく、至らない点があるとしたら其処に物語的結び目が先行して存在して、其処から逸脱する事無く意志を伝達して行く点だろう。政治家を見ると良く判るが、彼等の会話には即興的アイディアが無い。既存のルートやシナリオの分岐は選択肢としてあってもルートから逸脱したものは前提から省かれている。目の前を通り過ぎても無かった事にしてしまう。時々アイフォンの事務的な〈同意〉ボタンを押す前に、その文面を一字一句読んでみる。だが、それを書いている人が伝えようとしている事は同意なのか警告なのか脅迫なのか判らない。凡そ他人に何かを伝える為のものでは無く、後々に自分達が損をしない伏線であり、オブラートに包まれた便宜的契約の署名であり、「一応云っておきました」と云うものなのだ。そして僕には同意する以外の選択肢は残されていない。そして、僕ですら、少なからず他人の同意を云い訳に誰かに酷い思いをさせている。だが、どうして一方通行になるのか時々判らなくなる。
 「よく知っているね」
 「うん。あれ、どうしてだろう?」真糸は云った。
 美しい、男の子らしくない言葉だ、波留磨は思った。その言葉が含む甘さには、半透明な何かが在る様な気がする。でも、どうでも良いのだろう、老いれば失われる何かだ。彼女が云わんとする事は判る。僕は一瞬だけの美しさを持てるが、それは殆ど如何なる価値にもならずに散って行く。思春期の少年性などは何処にも残らない。だから彼女は言葉にしなければならなかった。他に誰も口に出さないのだから。美しさ、それは何が美しいかが問題では無く、誰が美しいと云ったかと云う問いなのだ。
 「なんだろう、好奇心。懐かしさ。判らないな」彼は思った。
 「フラッシュバック」
 「いや、過去の事じゃない」それは如何なる過去にも属していない、然し、過去に存在しないイメージとは現在に存在し得るのだろうか?だが生理的恐怖と云うものは記憶に関係無く現れる。恐怖、驚き、感動、それは何処にあったのだろ?或いは、その様な線的な時系列の抽斗に収められないものかも知れない。トラウマがそうである様に。
 「予感?」彼女は尋ねた。
 「予感、或いは願望」波留磨は云った。
 僕は何をしたいのだろう。高校を卒業して、大学に入学して、その先は判らない。クラスの男友達はもっと気楽だ。彼女が欲しいとか、セックスがしたいとか。まあ、その辺りは皆同じなんだろう。先の事など考えない。まあ、誰もが何処かで諦めて仕事を見付けるのだ。でも、僕には諦めるものがない。
 「ねえ、うちのクラスにヒエラルキーってあるのかな?」波留磨は尋ねた。
 「うん、あるよ」
 「知らなかった」
 「それは波留磨君がヒエラルキーの上に居るからだよ」
 「そうなの?」
 「スポーツも出来て、勉強も出来て、顔が綺麗で、ねえ、髪の毛伸ばしたら?幾ら何でも短すぎない?」
 「僕は、勉強なんて出来ないよ」
 彼女は丸で他の話をしている気がする、彼は思った。勉強も運動も、他に幾らでも優れた人がいるのだ。見た目だってそうだろう。《いいえ、それ等比較に付いて問うているのではありません》そう判っていても、比較の問題に聞こえる。きっと女性は同じ様な自問を度々抱くのだろう、僕より恒常的に、幾つものバイアスとメタファーを通して。《だけどあなたは微塵も共感しません》
 「でも、大体上位にいるでしょう」
 「特に何もしていないよ。授業を受けて、予習復習をしているだけだ。塾にも行っていない」
 「それでソコソコの成績が取れるなら、羨ましい限りです」
 「いや、そう云う事が云いたい訳ではなくて」
 「逆に、成績が悪い人が何をやっているのか不思議?」
 「まあ、どうだろう。高校の成績何て、最後に帳尻があっていれば問題ないよ」
 「まあ、その最後の帳尻が合わないから問題なんだよ」
 「五月女さんは大学に行くの?」
 「うん、多分、君と一緒にね」
 「大学って面白いのかな?」
 「行ければ何処も一緒だよ」
 どうだろう、僕は大学の学士に相応しい教養など身に付けないだろう。ただ、スコアが出せるだけで勉強にも興味が無い。興味がある分野が在る訳でも無い。この奇妙に歪んだテストの答えを知っているだけだ。好奇心、その先には何が見えるのか、とかすかした事を云ったら誰かに怒られそうだ。
 少年は未だ冷たい春の雨を眺めた。
 四月は如何に残酷なのだろう?学校が始まり、新入生が入って来る。TVに映り込みそうなコンプライアンスで友人を作り、漠然とした自分への期待で輝く、丸で、今から殺戮される神々の様だ。若さと云う美しさは存在しない為に殺される存在しない美しさなのか?穢れと清潔さの間で燃やされ、消費され、排泄され、再利用されて蝕まれている。何者かになりたい人とは自尊心が欲しいだけだ。だが、この古く使い回された檻でどんな自由を演じられるのだろう。何時まで二十世紀末を繰り返せば流れ去るのだ。かく云う僕も二十世紀を知らないのに、何となく知っている、丸で感動ポルノだ。
 彼の若い瞳はぼんやりとしているのに恐ろしく冷たい。触れれば切れそうな回転数で回るレコードの様である。
 多分、新しい何かを想像出来ない時代が近付いて来ていて、〈新しさ〉と云う言葉が死語になる予感すらある。同じテレビ番組を冷笑して付き合いながら見て、老人達の感動を介護するのに疲れる事が,若さなのだろうか。だから、若さは残酷さを帯びているか?僕は狂気すら抱けない。頭の悪さと、開き直りが必要なのだ。悲観に暮れている労力があればマスターベーションをした方が生産的だ。それにしても、母には僕が目にした事が無い狂気がある。
 「無理して馬鹿になるのって疲れるよね」真糸は云った。
 「それは傲慢な云い方かも知れないよ」
 「そうだね。頭がいい人に怒られそう。そう云う意味じゃなくて」
 「何となく判るよ。何て云えばいいのか判らないけど」
 「昨日、AVを見ている時に思ったの。女の子って馬鹿な振りをしなくてはならなくて、それはとても疲れる事だと。無論、脱ぐ前に頭がいい振りや御淑やかな振りをしなければならない、見られもしないのに洒落ているパンティの様な尊厳を身に纏わなくてはならない。でも、無力に犯される弱者は、コインの裏表みたいに、ひっくり返される。私は今高校生で、これからそう云う社会を生きる。好き嫌い拘わらず、避けられない事だと思う。その中で演じていると云う自覚があれば苦しいかも知れない。でも、自覚しなければそれは狂気になる。余りに狂気は身近だと思う。そう思ったの」
 考えるとこの前の射精は何時だっただろう?彼は思った。多さと云うのは記憶を薄れさせるものなのか、或いは男性の性欲の特性なのか判らないが、上手く思い出せない、だがそれは遠い過去では無い筈だ。僕がAVを見るとしたら、それは何処と無く幼さを残し、何処か浮世離れした成熟した年上の女性になるだろう。そして、それは僕の母が漂わせているものと等しい。《あなたは男性が恋人の面影を投影するのと同じく、母の姿を捜します》母程に洗練され、静寂を主とした狂気を持つ女性は少ないが、写り映えのする美しい顔なら有り触れている。瞳も口元も緊張感が無く、視線に捉えられる肖像がない、何もかもをぼんやりと見ていて、致命的に食い違う、そんな人を僕は追ってしまう。
 「男友達に対してAVの話をする女の子は狂ってはいないけど個性的で面白いと思うよ、僕は」波留磨は云った。
 「多分、それは色褪せる心象。ノスタルジア。今のうちに味わっておいてね。それとも保守的なトロフィーガールが好み?」
 「どうだろう?好みとは云えないかな」
 「でも、多かれ少なかれAVに出演する女の子って虚像的でしょう?そう感じたくないのに、どれも同じに見える時がある。多分、同じに見せているだけなのだけれど。願望、バイアス、パッケージ、まあ、売り物だからね。でも、女の子が見るなら、そう云う価値観を捲っているものもありかも。何か奇妙だね」
 「確かに奇妙だ」
 「君、時々外国映画の吹き替えみたいな喋り方するよね」真糸は云った。
 「今の君こそ海外ドラマの女の子みたいだ」
 「ポルノを見ていると色々と気付かされる。セックスのフィニッシュが概ね正常位だとか。売れ筋は在るのにマスターピースはないとか。『複製技術時代の芸術作品』を思い出す」
 「ベンヤミンもびっくりな世界だ」
 「複製されるコンセプトはあるけど、マスターは無いの。丸で言い伝えとか伝説みたい。とてもハイコンセプトな分野。後は、男性がアナルを責められている時は射精しない」
 「そんなに見るの?」
 「見るよ、他人のセックス何て興味の対象以外の何ものでもないでしょう?でも、不思議と一辺倒。実際は色々あるでしょう?早く射精してしまうとか、上手く射精出来ないとか、女の子が疲れて終わるとか、女がエロ過ぎて男が引くとか」
 「省かれたい現実だね」
 「省く必要なんてないのに」
 「映したいものがあるんだよ、きっと」
 「コンセプトってセクシャリティの中ではどうなのかしら?」
 「どう云う意味で?」
 「だって、セックスってアドリブでしょう?ジャンル化ってマンネリズムだから即興的驚きと対極にないかな?」
 「深いね。今度見ながら考えるよ」波留磨は微笑して云った。
 「よろしい」真糸は鞄からスマートフォンを出し、そこから一つの映像を選んだ。それは真糸自身の映像であった。「昨日、撮ってみたの。音声は出せないけど」
 「君の?」
 「そう、オナニー。モザイク無し」
 波留磨は呆然と彼女の顔を見た。美しいし、見慣れている普通の女の子である、然し、その背景には異様なものがある様に見えた。彼が顔を見ていると真糸は不意に、ゆっくりそっと、彼のズボンに手を入れた。
 「立ってる、硬い」
 「まあね」
 「ねえ、後ろの席のおばさん私達の事見ていない?」彼女は小声で尋ねた。
 波留磨はちらりと後ろを見た。「何か見てるよ」
 「いいね。声は余り出さないで。でも、表情は豊かに」
 「ここで?」
 「うん。さっきの話を思い出しながら、私の映像を見て」
 「まずくない?」
 「不味いね、とても宜しくない。でも、法で律して恐怖させる、法を恐れる人の不自由さって、味わい深い。もうヌルヌルの天然ローション」真糸は人差し指と中指で彼のペニスを挟み、拳を握り込む様にして先を捩じり、続いて中指と薬指、薬指と小指で挟んで捻って行った。動き自体は激しくなく、寧ろ、重きは圧力の変化であった。彼女は強く握る事無く、微妙な圧力変化を作った。そして、手の内側で彼の亀頭を数回、回す様に撫でた。
 《極彩色が溢れて出て、細く舞い散る珊瑚の背後、
 触れて震えて内用液と、痛みは割けた葉の様に、
 木と木がシトシト、火と死を混ぜながら栞を挟んで行く。
 足の指先を尖らせて、肺を一杯に膨らませて咲く、
 土砂降りを歩く革靴の、外皮は不毛な重みになった》
 波留磨は奇妙な声を零し、彼女を制そうとしたがその脈動の様なものは止まる予感が無かった。
 「だめ、こんな所では」真糸は優しく微笑して云ったが、動きは止めない。彼は間も無く射精した。それは驚くほど早く、一気に沸騰した快楽に見えた。彼女は彼の精液を掬い取り、テーブルの上のアイスコーヒーに入れ、悪戯そうに口を開けて彼を見た。「ミルクには見えないね」
 結露した水滴が滴る、深い茶色の水面の上に、てろんっと卵の白味の様な精液が浮いている。
 「ねえ、知ってる?精液って透明なんだって。白く見えるのは気泡で放置すると透明に戻るんだよ」
 「そうだね、疑似では再現出来ないよ」
 真糸はストローでアイスコーヒーをかき混ぜて云った。「飲んで早く」
 「え?」
 「ほら、ばれちゃう」真糸は後ろに視線を泳がせて云った。
 波留磨は急いでコーヒーを飲み干し、酷く噎せ返った。
 「どんな味?」
 「酷い味だ、苦いのやら、しょっぱいのやら」
 「そんな酷いもの私に飲ませる気?」
 「理不尽極まりない」
 「理不尽で個性的な女性は好みで無い?」
 「悪く無い」
 二人が話していると後ろに座っていた婦人が立ち上がり二人に向かって行った。「あんたたち何しているの?」
 すると、二人は急に生気の無い人形の様に冷たい眼差しで婦人を見た。
 「やっていい事と悪い事があるでしょ」婦人は云った。                             
 「こういう大人ってどう思いますか?人を責められる時に責めて、事情も立場も知らずに捲し立てる大人達」真糸は尋ねた。
 「彼等の振り翳す鉄槌は如何に高潔な下着を身に纏っているのだろう?鋼鉄の未来で感動的な介護を所望する消耗品と云う自覚が無いのさ」波留磨は冷たく云い放った。
 「法と秩序の恐怖に屈する事を強要する事は正しさでは無く、唯の臆病だ。味わいの無い理不尽はエロスもタナトスも失った抜け殻、大人しく背景として流れ去ればいいのに」真糸は云った。
 婦人は唖然として沈黙し、そのまま店を出て行った。
 「ねえ、お母様の狂気って私より理不尽?」真糸は尋ねた。
 「さあね、ねえ何時やらせてくれるの?」
 「期待して待ってて」真糸は微笑して云った。

 やがて二人はカフェから出て、挨拶を云って別れた。真糸は表情も無く傘を差して歩き、駅へと向かった。
 彼は、何時やらせてくれるのだろう?と問う、真糸は思った。何時入れさせてくれるのだろう、どの様なタイミングがいいのかと考える。私はもったいぶっている。でも、やったら一方で思うのだ、どうしてやらせてくれたのだろう、と。どれだけ必然性を積み重ねても充分なものなどない。彼にとって私が理不尽なのと同様に、私にとって私は不条理な程身勝手で理解が出来ない。そして、何かに納得する事も無く男に抱かれて、その半透明な快楽の影を捜すのだろう。不意のセックスがある様に、重ねられたロマンスが豪快に空転する。私達は竜巻の中で踊るのだ。

ep1-3へ続く

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