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限り無い攣を束ねて〈4-2〉

   Ep4-2

 物語は普通、勝者を追い駆ける。敗北が死だった時代では敗者が残る事は有り得なかったからだ。或いは、そうで無かったとして敗者が敗れた先で敗れ続ける物語を誰か望むだろう。だが、現実には敗れても生き続ける者が居る。ミシェル・フーコーによれば、狂人が社会で許容されていた時代もあると云う。四つの狂気、すなわち、「仕事、家庭、言語、遊戯」の領域で一般の人達とは異なる行動を取る者は、十七世紀まではヨーロッパ社会でも寛容に受け止められたと云う。だが、十八世紀末から十九世紀にかけて狂人達の状況は変わった。働く能力が無い者を資本主義的社会が受け止めなくなったのだ。つまり、逆説的に狂人とは生産能力を持たない者、と云う事になる。実際、現代でも精神疾患に対する療法として作業療法がある。働く能力が無く、共同体に参加出来ない者は何処かに閉じ込められるしかないのだ。だが、閉じ込められた人間にも閉じ込められてからと云うものがある。恐ろしく退屈で語るに耐えない時間だ。多くの物語で道化の如く現われたり、落とし所で自殺したりする者がすべてではない。殆どの敗者は慎ましく生き、忘れられたまま死ぬ、忘れられてから気が遠くなるほどの長い月日を掛けて。
 感動ポルノの様に美しい音楽も、残酷な試練も、それを乗り越えた先のちょっとした勝利も無い。とても平坦な時間だ。その間、彼等は別に充足して生きている訳では無い。自らの置かれた状況に憤り、怒りを覚え、だけど、何も出来ず、何度も挫折して惨めな思いをして、報われないのだ。
 また、彼等が多少なりとも愛されると云うのは淡い期待だ。多くはその胆力の低さから、周りから煙たがられ、疎外されて生きる。
 私宅監置が法的に禁止されて、良くも悪くも狂人が家庭内に居なくなった現代では、彼等を相手にしなければならない憐れな親族は少なくなったが、彼等の長く虚しい生涯が短くなった訳ではない。
 病状が急速な展開を見せている時、それは治療の対象となる。では、そうでない時、如何にしているのだろう?無論、働く訓練に費やされる。彼等に求められるのは代替可能な規格上の労働である。多くは誰にでも出来て、取り換えがきく仕事である。然し、彼等が労働の現場で貴ばれる風景を思い描けるだろうか?無論、それは不可能である。規格の外にあるから狂気であり、規格に合わせられるならそれは狂気では無く仮病である。仮に、同一規格の現場に狂人が居たら、健常者はその足手まといっぷりに疲れ果てるだろう。それでも強引に押し広げた障害者雇用の中で、彼等はやはり、後ろ暗く生き、或いは、去って行くだろう。
 だからと云って打てる手立てが在る訳では無い。

 病院から出たらどうなるのだろう?かつてはそう思っていた、北上冬見は思った。『カッコーの巣の上で』のエンディングの先に何かを期待する自分が居たのだ。然し、いざ出て見ると、其処には何も無く誰も居なかった。嘗て、僕が暮らしていたアパートは無くなっていて、帰るべき身内は無かった。正しくは拒絶されたのだ。退院してからの行く先が無い事は退院の遅れに繋がっていた。だが、結局は重篤な患者を収容する為に病院は一つでも空きベッドを欲していて、あやふやで不確かな行く先で決着が付いた。
 行く先は就労継続支援に繋がりがあるシェアハウスだったが、行ってみると手違いから空きが無かった。
 それは困るどうのこうのと押し問答がなされたが、当事者の間にあるのは時間の削り合いだ。先方には先方の難しい問題があり、僕にはそれは理解出来なかった。そもそも事務手続きが如何なるものなのか僕は把握していなかったのだ。行政が如何に関わっているのか、何処まで国が保証しているのか、法律はどうなっているのか、都道府県別の規定がどうなっているのか、僕には丸で判らなかった。僕は手持ちの連絡先を徹底的に当たる事になった。
 《想像して欲しい、何年も前に行方知れずになっていた知人が数日泊めてくれないか、と電話してくるとする。あなたはその電話を受け取ったとしよう。「おう、元気、そうか、今度飯でも行こう」では済まない時、君はその知人を泊めるだろうか?詳しく訊いてみよう。彼は永らく精神病院に入院していて、当てもなく退院した。或いは当てが在って退院したが当てが無くなって困っている。君は状況が飲み込めたとしよう。物凄くやっかいな知人を、特に期限を設けずに家に置くだろうか?》
 或る相手は話を聞いてくれて、或る相手は早々に電話を切る。或る相手の電話は既に不通になっていて、或る相手は僕の事を覚えていなかった。
 《此処で連絡先がないと普通に詰んでしまう。然し、幸か不幸か君は或る相手と繋がった。西城戀である》
 「やあ、こんばんは。久し振り北上君。どうかしたの?」

 北上冬見は退院後電車を乗り継いでY駅に着いた。藍色の木綿の着物の着流しの上にトンビを着た青白く酷く痩せた青年は酷く目立っている。然し、彼の私物には洋服が無かった。Y駅は都心であるが私鉄の各駅停車しか止まらぬ静かな住宅街である。人気は少なく通り過ぎるのは学生ばかりだ。駅前は裸の女神像を中心にした噴水があり、女神が持ちあげる水瓶から水が零れ落ち、水溜は小さな波を立てている。其処に秋の小雨が小さな漣を立てた。
 自分にも学生時代があった、彼は思った。何か希望らしきものもあっただろう。だが、人を愛する事は恐ろしかった。エロティズムは神の死だ、その事実性を目の当たりとする悦びは余りにも鋭利に僕を裂く。《今も、あなたは裸の私を幻に見ています。森の中で幾度も交わり、快楽を刻み込んだ肉体の幻想が此処にあります。あなたは絶頂に達しやすく自らの喜びを卑下しています》
 彼は雨の中傘を差し、駅前に立った。そして、水溜りを蹴って走り去る少女達を見送った。彼女達が差す傘も透明で、雨粒を纏い、小さなリズムを水溜りへと返した。雨の日の暗さと明るさを支える透明な傘は膜の様である。
 この張りと重さ、僕はこれを繰り返し忘れてしまう。透明さは突き破る感覚だ、それをなぞる指先は僕の中に体を生む、差し出された赤薔薇へ向かって僕の肌から魚は生まれ出てしまう。そして、繰り返しこれを思い出してしまう。僕と云う憐れな存在から喜びを思い出させる美しさ。女神は常に残酷だ。
 「北上冬見さんですか?」一人の少女が彼の前に立った。眼鏡を掛けていて、高校の学生服に身を包んだ聡明そうな女の子である。手足が長く、色白で、胸の張りが印象的である。「西城さんから自宅に案内する様に云われました」
 「はい、伺っています。宜しく御願い致します。僕はどうすれば宜しいのでしょう」
 「取り敢えず、御自宅に案内する様に云われています。私は五月女真糸と申します。戀さんとは御友達で北上さんの事も伺っています」
 「僕の事ですか。入院していた事も?」
 「ええ、他にも色々」彼女は微笑して云った。
 僕と彼女には何の関係も無いだろう。僕には未来の余白が無く、彼女には未来しかない、北上は真糸を見て思った。病院を出た先に何がるのか見当も付かない。一時的に住いを借りて、其処で世話になる。或いは仕事を捜す、だが、体力の無い僕に如何なる仕事があるだろう?仕事はきっと見付からない。あらゆる書類選考と面接が空振りするのだ。そして、何時か仮住まいから追い出される。この不安しかない、余白の無い立体物をどれだけ支えれば良いのだろう?
 秋の枝葉は未だに葉を茂らせている、風は生暖かく、雨はねっとりとして、掌の汗と混ざった。下駄の鼻緒を握る足の指先に雨が感じられ、それは涼しくも滑る不安を与える。アスファルトは下駄を削る。歩道を歩く目的で下駄を履いていると一年は持たない。下駄の歯が削れて、左右で不均等になる為だ。北上の場合、それは左側に偏った。故に、彼は時々左右の下駄を履き替えなければならなかった。
 彼は不意に思った。今、履いている下駄はもともと左右どちらの下駄だっただろう。どうせ履き潰して捨てるのだからどちらでも良いが、最初に履いた時と云うのがあった筈だ。こんな事を思い悩むなら最初からゴム底の履物を履いていれば良かった。でも、今は下駄しかない。彼は着物を着ている事を酷く恥ずかしく思った。

 院内でも浴衣を着ている彼は馬鹿にされた。馬鹿にする人間は何をしていても馬鹿にするのであるが、彼の場合衣類と云う特徴があったのでたちが悪い。「よお、侍さん」「よう、文豪さん」「文学賞はとれそうか?小説を書いているのか、なあ、俺の話を小説にしても良いぜ。おい、こら聞いてんのか、こら!」

 Y駅から歩いた商店街に小さな花屋があり、其処には秋口の花が飾られている。秋は花屋にとっていい季節だ。夏は花が気温で駄目になる、花の持ちは寒い方がいい、然し、真冬の水仕事は手荒れのもとである。涼しくなると真夏の花は這入って来ないが、その他の花は大体出荷され、冬に向けて花が良く売れる季節が来る。冬を超えると母の日まで繁忙期は来ない。
 北上は世話になるのだから花でも持って行きたいと思ったのであるが、一輪の花を買う金も惜しかった。
 どうせ枯れてしまうのだ。
 二人は大きな通りに出た。街路樹が並び都心へ向けて車が流れている。大きな都バスが窮屈そうに走って行き、その中には学生と老人が立っていた。
 「昔はバスが嫌いでした」彼は云った。
 「そう」真糸は云った。
 「あの重苦しい雰囲気で長時間揺られるのがとても苦しかった。大体、どうしてあんなに…あんなに複雑な経路を回るのでしょう?本数が少なくて、乗り遅れると大変で、渋滞に巻き込まれて進めない時もある。信頼出来ない交通網です」
 「私は自転車が多いから。余りバスの事わからないの」
 「それは合理的だ。自転車か、便利ですね」
 「暑い日は汗で濡れ、雨の日は雨で濡れるけど」
 「雨の日はカッパでも着ればいい。でも暑い日は厳しそうだ」
 「ねえ、どうしてマッチングアプリって女性が無料なのだと思う?」真糸は尋ねた。
 「さあ、どうしてでしょう」彼は云った。「利用した経験がないし、その辺りの心理に詳しくありません。寧ろ、女性の動機である様に思えるのですが、あなたはどうしてだと思われますか?」
 「日本人は生贄の上に成立した物語を好むと思う。男は無論、殺し合いの物語の続編を追い駆けるし」
 「確かに」北上は苦笑した。
 「女は自らが売られないと幸福が訪れないと信じている」
 「あなたも、信じているのですか?」
 「いいえ、一般論。所で、この国の精神病院のベッドの比率、人口に対するベッドの数は世界最大って知ってる?この世で最も閉鎖病棟が多い国なの。マイノリティを閉じ込める事で軽くなったコミュニケーションコストを活用したいのかしら?女も同じく、アウトサイダーでマイノリティ、生贄として消費される物語が信じられている事を知っている。或いはそれ以外思い付かないのかな?」
 不意に北上は彼女と自分の共通点を思ったが、目の前の美しい少女が自分と同じ境遇だとは考えられなかった。
 「自らが生贄にもされず、何の為にも生きていない事を思い知るより、何かの為に消耗される事を求めるのかも知れない。だとしたら女性達はこの社会の中で『何の為に生きるのか?』と自問する哲学者で、魂を売りたがっているファウスト博士なのかも知れない。其処に悪魔が来て『君に存在意義を与えます』と云われたら、ついつい魂を差し出すのかも知れない」
 「女性が差し出す魂が、マッチングアプリの課金分?」
 「いいえ、無課金分とでも云うのかしら。それを突き返して自ら考え、自らが愛する者を捜すだけの熱量が無いのだと思う。男も女も愛を知らないの。同時に生贄になり得ると云う主人公性はクラクラする輝き。その誘惑を断って、自ら誘惑者になる道理が見いだせないのよ。あなたは自らを犠牲としない何処かを考えられないのと同じく」
 北上は驚いた。同時に恐ろしく感じた。自分の安いカタルシスをこの子は理解出来る。彼は見抜かれている様に感じた。
 でも、僕に何が出来ると云うのだろう、彼は思った。もう、何かを差し出さなくては先に進めないでは無いか…
 真糸の横顔には何の表情も感じられなかった。ただ、時より靡く髪は彼女の肌の上をサラサラと滑った。
 西城宅は、駅から少し歩いた所にあるマンションでオートロックがある立派な建物である。真糸は鍵を開けて、彼を招いて、エレベーターに乗ると、四階を押した。四階に着くと、彼女は先を歩き、部屋の鍵を開け、中に案内した。室内はかなり広い様子であった。廊下を真直ぐ進むと、其処は大きなリビングになっている。大きな長方形のテーブルがあり、四つの椅子が置かれていて、壁に大きな額に入れられた女性器の写真が飾ってあった。若く艶のある両足が開かれ、陰毛の間から立派なクリトリスが剥き出して見えている。
 「戀さんの写真です」真糸は云った。
 「存じ上げています」北上は云った。
 真糸は人形の様な瞳で彼を見て云った。「北上さんの初体験って何時ですか?」
 「えっと、学生時代ですね」
 「相手は?」
 「当時の友人、彼女は…何と申しますか、スラスラとは云えないのですが」
 「戀さんですね。聞いています」
 「ええと、それを聞きたいのですか?」
 「ええ」
 「でも個人的な話です」
 「私、ベッドの上で相手から他の人とのセックスに付いて聞くのが好き。話すのも好き。誰とどんな事をしたのか聞かせて楽しむのが好き。デリカシーの問題だと思いますか?あなたは戀さんと或る日会食している最中に『あなたの部屋に行きましょう』と云われて、あなたは戀さんに恋人が居るのを知っていたので渋った。でも上手く云い包められる。『変な事考えないで下さい、そんな心算はありません』そう云われて彼女を部屋に招いてしまった。二人で御酒を飲み始めて、彼女はスカートからパンティだけを脱いで、自慰行為を始め、あなたはコンドームが無い事を理由に応じられなかった。でも、事が終わると彼女がポケットからコンドームを出して微笑んだ。最初からそう云う心算だった。あなたは彼女にフェラチオをされて射精しまい、その後、改めてゴムを装着して一回やり、彼女の手によって三度の射精した、戀さんには恋人が居たのに。あなたはそれからダラダラと彼女と付き合いセフレの一人になった」
 真糸は鞄の中から一枚の写真を取り出しテーブルに置いた。彼がかつての部屋に飾っていたポスターと同じ写真である。「海が見える部屋で撮影された彼女のセルフポートレート。これをあなたは持っていましたね。北上さん、今たっていますか?」
 「あ、はい、いいえ」
 「あなたは神経がかぼそい方で、段々と弱り始め閉じ籠りがちになった。そして、或る時、裸で外出して、公園で小学生の女の子に精液をかけてしまう。そして、公然わいせつ等で逮捕されそのまま精神病院に入院した。あの時の女の子は、あの雨の日の射精に心を奪われた。わかる?私です。ねえ、どうしたら触れずに射精出来るの?」
 「あの、申し訳ありませんでした」北上は表情を真青にして云った。
 「いいの。ねえ、あそこ盛り上がってるよ、着物の上から、見てみてもいい?」
 「ごめんなさい」
 「して、いいの?悪いの?」
 真糸は着流しの間がから彼の下着を脱がし、彼を椅子に座らせた。
 「あなたは誰に興奮しているの?」真糸は尋ねた。
 彼女は座らせた彼の太腿の上に座る、その制服の下はシットリとした素肌で、下着を履いていない。彼女は彼の右足に座り、左足を折り曲げ、彼の股の間に足先を添え、腹とスカートの中に彼のペニスを隠し、腹でそれを感じた。そして、腹と掌とで固くなったそれをそっと圧した。
 「あなたは絶望している、それと同じぐらい私は愛している。あなたは生きる価値を見出せなくなり、同じ以上に私はあなたの価値を知っている。私はあなたを悩殺する、煩悩と本能で煩悶を焼き払い、有り余る愛で忘却させる。動脈の色が真青になるまで注ぎ、漂白して赤にする。諦めなくても諦めても宜しい、その代わり私はあなたの狂気と共に生きる。毎日が祝祭だ。毎朝が誕生だ。眺め合う天照らすを舐め合う浜辺で引きずり出して上げる」
 彼は一気に赤くなって、何かを堪えたが、ほどなくして射精した。彼女の衣類と彼の衣類の中で精液が点々とした。
 「ごめんなさい。ああ、ごめんなさ」北上は泣きそうな顔で云った。
 真糸は泣いている彼の唇を奪い、「痺れない?」と小さく尋ねた。そして、彼のペニスを握ったままスカートに手を入れた。
 真糸の黒い瞳は彼を捕らえ、恐怖と焦燥を味わい、弄び、否定した。彼女は自分の中に指を入れて、呼吸に合わせて前後し、彼の髪の毛を優しく掴み、波ない湖を渡るボートの様に、漕いで滑り落ちて行った。
 彼女が自慰を終える頃には二人は水浸しになっていた。
 彼の顔は真赤に染まり、張り裂けそうである。
 「私を信じなさい」彼女は云った。
 そして、二人は衣類を洗濯機に入れて風呂に這入った。彼女は湯船を入れてから彼を迎えに行ったのだ。
 衣類を脱ぎ、眼鏡を外した真糸は湯船に足を入れた。「一緒に入ろう」彼女は弾力のある四肢を恥じらいもせずに堂々としている。北上冬見は裸を恥じらい狼狽している。彼の体は細く、痩せた野良猫を思わせ、男性器は赤く跳ね上がっている。彼は目を泳がせながら湯船に身を隠した。
 「ねえ、気持ち良かった?」彼女は尋ねた。
 「はい」
 「どんな風に?」
 「凄く」
 湯に浸かる真糸は頬を赤くして、リラックスした様子で云った。「じゃあ、立ち上がって御尻を向けて」
 「え?どうして」
 「いいから」
 彼女は彼を起立させ、後ろを向かせた。そして、浴槽に置かれているローションを手に取りそれを肛門に塗った。「これで毎晩たのしんでいるんだろうな。でも、どっちだと思う?若い方?年が上の方?まあ、いいか」
 彼女は彼の肛門にそれを塗り、睾丸を磨きながら性器を下に向け、赤くなった肛門に指を滑り込ませ、それを下にゆっくりと下ろした。
 北上は、きゅん、と声にならない音を出している。
 「あは。ねえ、凄い。ここ?指が離れないよ。私を信じる?」
 何かが燃やされ、何かが差し出される、彼は思った。だが、僕は何を差し出すのだろう?匂いや気配、いや、そもそも五月女真糸が居る時点で戀は気付くのではないか?ただでさえ邪魔な、いそうろうが、トラブルを抱えて近くで寝る事を彼女が許すだろうか?そもそもこの少女は何を考えているのだろう。何をどの様に説明する?誰に、何を?
 少しずつ彼から思考の枝葉が散って行く。 
 やがて、彼の耳に誰かが近付いて来る足音が聞こえた。それは風呂場の向こうで止まり、様子を伺い、二人を感じている。真糸の声が響き、彼の声は思い通りに止まらない。その影を感じると彼は異常に興奮を感じ、同時に震え始めた。その影は脱衣して、扉に手をかけ、威勢よくそれを開けた。
 〈さあ、3Pをするよ〉風呂場の扉を開けた裸の戀は云った。それはまだ二十歳にもならない彼女だった。
 北上は叫び声を上げ湯船に精液をばら撒いた。
 「私を信じろ」真糸は云った。そして、彼の臀部に噛み付いた。

 だが、私が許して、君は何を許すだろう?もしかしたら君は何者も承認出来ないかも知れない。或いは、誰かを愛し、今の私の様に愛おしい気持ちになるのだろうか?
 ああ、愛よ!あなたが屈した愛を、あなたは美しくして認められるのか?彼の裸の幻は云った。
 私は欲しいのだ、愛を。激しい吹雪の様な愛を。

 「真白な雪の様な愛を」

Ep4-3へ続く

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