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鑑賞が苦手だと感じる方へ伝えたいこと。

こんにちは。鑑賞プログラマーの佐藤悠です。
私はここ数年、美術館や鑑賞ボランティア研修などで、
様々なプログラム実践を行ってきました。
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今回はそんな中で見えてきた
「鑑賞が苦手だと感じる方へのヒント」をお伝えしたいと思います。

目次
①作品を通して自分をみる。
②「わからない」はチャンス。
③「気づき」に出会うために。
・まとめ

①作品を通して自分をみる。


人間は目的を持っていないと、物事にやる気を持って取り組めません。
鑑賞も「自分は今、何を見ているのか」を自分でわかっていないと、
なかなか集中して見るのは難しいようです。

「この形が気になる」「この色合いが綺麗だな」など、
「見ようとするもの」は作品の要素でももちろん良いのですが、
案外よくあるのが、「全然頭に入ってこない」
「全く関係ないことばかり頭に浮かぶ・・」という状況です。

そんな時は、「なぜこの作品が頭に入ってこないんだろう?」という、
作品を通して自分自身の事を考えてみると良いと思います。

「え、作品を鑑賞しなくていいの?」と思う方もいるかと思います。

「鑑賞=作品を見て理解すること」と思う方も多いですが、
私自身は「鑑賞」は作品をきっかけに、自分自身に向き合うこと。
でもあると考えています。

鑑賞を楽しんでいる方にインタビューしてみると、
みなさんが本当に面白がっているのは、
鑑賞を通して、様々なことに気付けた自分自身という部分でした。

作品自体の理解も面白く、また重要ですが、
ある作品への高い興味が万人にあるかと言うと疑問で、
「作品に関することを鑑賞の目的にしなさい。」
と言われても、難しいと感じる人も多いはずです。

であれば、、
作品を通して自分の頭に引っかかった「ある事」を軸に、
なぜ自分はそう感じたのか?を考えてみる。
そうすると、鑑賞の良いスタートが切れるのではないでしょうか。

自分発信で作品によい興味が持てれば、
自然に「もっと知りたい」と言う欲求も湧いてくるかもしれません。
そうなった時が、「鑑賞=作品を見ること。理解すること。」
という部分に立ち返る良いタイミングだと思います。

作品自体を理解する前に、
まずは作品を通した自分の鑑賞を始めてみるのはいかがでしょうか?

②「わからない」はチャンス。

さて、そうやって目的を持って鑑賞を始めてみても、
実はすぐ挫折してしまったりします。
その原因は「わからない」の壁

「これはなんだろう?」「あれはどうしてだろう?」という
自分では解けない「わからない」の壁にぶつかって、
鑑賞を全然楽しめない。

ああ、やっぱり自分はこういう分野に向いてないんだ・・・
と落ち込んでしまう。。なんてことよくありませんか?

でも、安心してください。

実は、鑑賞が得意な人も、苦手だと感じている人も、
みんな「わからない」の壁にぶつかっている
様なんです。

様々な鑑賞者の話を聞いていて私が感じたたのは、
鑑賞に慣れている人も、そうでない人も、
頭の中で起こっている出来事は、ほぼ同じだと言うことでした。

誰もの頭の中で起こっていることを、次に説明します。

1:見る

作品に出会うとまず、その情報がが視界に入ってきます。
これは特に説明する必要もないくらい当然のことですね。
(一応便宜上「見る」としていますが、
実際には五感の全てに作品からの情報が入ってきます。)

2:考える・想像する

そして「見る」と同時に、
得た作品の情報について、頭が分析や思考を始めます。

「これは絵だな」「オレンジ色だな」「額に入っているな」
などの、単純なところから、
「植木鉢の花なんだろうな」「いっぱい花が咲いているな」
と、だんだん情報をミックスして考えるようになります。さらに、

「誰が置いた植木鉢なんだろう?・・お花が好きそうなお母さんかも・・」
「このタッチは印象派っぽいな、モネかも・・」と、
経験や知識の応用などで、どんどん複雑な解釈を生んでいきます。

この時間は、自分が持っている経験や情報に比例するので、
やはり鑑賞に慣れている人の方が長くなる傾向があります。

3:「わからない」

そして、ここでついにやってきます。「わからない」の壁
どんなに作品に対して知識や理解がある人でも、
「考える・想像する」時間が止まってしまう瞬間が必ず訪れます。

なぜなら、誰も作品の全てを理解することは、できないからです。

作者だって、自身の表現を全て理解しているかと言うと、
ちょっと怪しいと思います。
(他人の解釈を聞いて、自分の作品がよく分かる様になった。
なんて作家の話もよくあります。)

なので、ずっ〜と作品を鑑賞していると、
誰もが必ずこの「わからない」の壁にぶつかります。

そして、やっかいなのが、この時間はとても不快である。ということです。
「こんなことが分からないなんて、なんて不勉強なんだろう・・」
「どうせ自分には、センスがないのさ・・」
などと、嫌悪感に陥って、多くの人はここで鑑賞をやめてしまいます。

美術館で鑑賞者が一つの作品を見る平均時間については、
いろんな試算がありますが、だいたい1分未満と言われています。
(私が見た一番短い平均時間は17秒でした。)

おそらくこの1分未満と言う時間が、
「わからない」状態の不快さを我慢できる
平均時間なのではないかなと思います。

4:気づき

では、そのような不快な状態で、もし鑑賞を続けたらどうなるのか?

過去の私のプログラムでは、長時間作品を鑑賞させる事が多く、
「わからない」状態を迎えても、
まだまだ作品に向き合い続けなければなりませんでした。

そうすると、不思議なことが起こってきます。
「わからない」状態で止まっていた思考が、
あるとき、ふと動き出す瞬間がやってくる
のです。

「あれはもしかしたら、こういうことかもしれない。」
など、「あ、わかった!」と感じられる、
「気づき」が起こるのです。

この「気づき」に重要なのは、ともかく「自分がそう思えた」ことです。
内容の根拠や整合性などに、一般的な「正しさ」は問題でありません。

「こんなことに気づいたんですよ!」と語る鑑賞者の言葉も、
後で文字に起こしたりして客観視すると、
「ん?ほんとにそうかな?」と感じることもしばしば・・

ただ、この気づきに出会った時の事を話す様子が
みなさんとても楽しそうで、
なるほど、鑑賞の喜びはここにあるのだな。と感じました。

おそらくそれは、
「わからない」状態というのが、それまでの自分の経験や知識の限界点で、
「気づき」はそれを乗り越えた=自分が成長したことを感じるから、
そこに嬉しさ、喜びがあるのでは?
と私は考えています。

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「鑑賞が楽しめるかどうか」は、
鑑賞の中で「わからない」の壁を乗り越えて、
この「気づき」にたどり着けるかどうかにかかっています。

不快な状態ですが、「わからない」は「気付き」の前兆。
鑑賞が楽しくなるかもしれないチャンス
だという見方もできます。
「わからない」壁にぶつかっても少し我慢して、作品に向き合えば、
その先に、大きな喜びが待っているかもしれません。

③「気付き」に出会うために

では、この「気付き」に出会うにはどうしたらよいのでしょうか?

これには個々人でいろいろな方法がある様なのですが、
話を聞く中で多くの人に共通するところを、
最後にかいつまんでお話ししようと思います。

鑑賞でたくさんの気づきに出会える方に話を聞いてみると、
とても多様な視点で作品を捉えていることを感じました。

自分をいろんな方向に揺り動かしながら作品に向きあう、そんな様子を、
私は「振り子」の動きに例えています。

「振り子」の様に、異なった地点を往復しながら、
自分の視点を揺らして鑑賞する
と言うのが、
気づきを生み出す「振り子鑑賞」です。

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一つの視点に止まって考えていると、発想の転換が起こらず、
「気づき」になかなか出会うことができません。

「気づき」は、自分の常識の外にあることが多いので、
あえて普段とは異なる体や心の動きを試してみることが、
良いアプローチになります。

たとえばそれは、
作品との物理的な距離を変えてみると言うことです。

展覧会場へ行くと、ある一定の距離で作品と向き合いながら、
ベルトコンベアの様に進んでゆく人の列を見かけたりしますが、
これでは、作品から入ってくる情報も一定になっています。

作品にうんと近づけば、
質感や量感、物によっては匂いなどの新しい情報が得られるでしょう。

反対に作品から遠ざかると、作品の全体の印象や、
額縁、展示してある壁面、周囲の作品との関連性なども、
目に入ってくるでしょう。

意外と良いのが、作品が見えなくなるまで、
思いっきり遠ざかってみること。
あえて見えないところで、作品を思い出してみたりすると、
結構面白い発見があったりして、
こういった、新鮮な情報が「気づき」のきっかけになります。

また他には、作品との心的な距離を変化させる振り子もあります。

作品に心を近づける。
これは、作品や作者に寄り添うような気持ちで見てみることです。
「良い作品だなぁ」と肯定的に鑑賞すること・・
これは普段から多分多くの人が自然にやっていますよね。

重要なのは、逆に作品や作者から心を遠ざけて見てみること。
「これって本当に良い作品なの?」「私ならこうするんだけどな。」
と、ちょっと意地悪に、否定的に見ることにもあえてチャレンジすると、
肯定的に見るだけでは、発見できなかったものが見えてくるはずです。

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「わからない」状態に陥った時、
こんな風に「振り子状態」を意識してみると、
視点に変化が起きて、「気づき」が起きやすくなると思います。
ポイントは「振り子」のように繰り返し異なる地点を往復すること。
近づいたら、遠ざかり、遠ざかったら、また近づく・・というように、
視点は絶えず揺れ動かして変化させてくださいね。

まとめ

①作品を通して自分を鑑賞するように目的を持てば、
 興味や集中力が途切れにくい。

②「わからない」状態は不快だが、「気付き」が起こる前兆でもあるので、
 チャンスだと思って、もう少し作品に向き合ってみる。

③振り子の様に、視点の運動を意識すると、
 自分の常識の外にある「気付き」に出会いやすい。

というのが、
私が自分のいままでの経験を通して
「鑑賞が苦手と感じている人に伝えたかったこと」です。

鑑賞が「苦手な人」ではなく、「苦手だと感じている人」と
あえて書いたのには理由があります。

プログラムを通して様々な方の鑑賞に向き合うと、
誰もが自分の鑑賞の作法のようなものを自然に持っていて、
それがどれも面白い物だと感じる様になりました。

「すでにそれぞれの鑑賞は完成している」
と言うのが、私のモットーで、
本人の苦手意識や、周囲の勝手な評価によって、
うまく自身の鑑賞を満喫できていない状態を、
プログラムを通してどうよりよくするかを考えながら活動しています。

実は鑑賞が苦手な人はいなくて、
そう思っている本人の意識が変われば、
いろんな「気づき」が起こって鑑賞は楽しくなります。

どうか自身の持っている「鑑賞」に自信を持ってください。


それでは、また。

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実施した鑑賞プログラムのログを掲載しています。 https://www.yusatoweb.com
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