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溶けたあと

ある夜

金曜だったか土曜だったか。それとも平日だったか。
いつものようにどこかで誰かと会って何かを話し何かを飲んで食べ、
それらが血管中を彷徨い足元は既におぼつかない。
だが、気分はとてもいい。
もうすぐ1日が始まるから。

ロンドンの夜はいつだって肌寒い。
寝落ちしそうになる身体を外に押し出すと、急に目が醒める。
だが、醒めすぎたら台無しだ。遅くまで開いているコンビニに寄り、
店のオヤジの冗談に付き合いながら酒などを買い込む。
どこの店でもこの時間に決まって聞こえてくるやかましい声は大体若い4人組くらいの男女。こいつらもこれから1日が始まるんだろう。

バスに乗り込む。
iPhoneなど持っていなかったから、いつ来るのかもわからないバスをビール片手にひたすら待った。
フワフワしているので何分待ったのかは毎回よく覚えていない。
自分の待つバスの番号が小雨の中、オレンジ色の街灯に照らされながら現れる時が、ただただ嬉しかった。

いつでも膀胱は限界で、目的地の2駅前には溢れそうになっている。
飲みすぎは禁物だ。でももう遅い。
どうにかクラブに辿り着く頃には目の前に広がる長蛇の列に絶望する。
もうどうにでもなれよ。
適当な路地裏で用を足し、監視カメラにピースサイン。
遠くの地面深くから音が聞こえてきた。
ああ、1日が始まる。

どこまでも激しい音が好きだった。
激しい音であればあるほど、そこで踊る人間は大体優しい。
身体一つで自分の存在全てを表現して、フロアにいる人間全てが容赦無くぶつかり合う。骨が折れそうな衝撃。本当に。
憎しみも怒りもなく、ただ剥き出しの荒々しい愛情しかなかった。愛情で折れそうな骨。鍛えなきゃ。今日こそ折れる。何度もそう思った。
各々の身体から吹き出した色んな飛沫が飛び交い、肉と肉は擦れ合う。
こぼれ落ちそうな笑顔に開ききった瞳孔、それに狂気じみた歓声しかそこにはない。
180BPMの先には過去も未来も存在せず、彼の、彼女の、僕の今しかなかった。
もしかしたら、今すらなかったのかもしれない。
もう覚えていないから。
全てが溶けて一つになる。君も僕も。
そんな厚かましい勘違いが、ただひたすらに気持ち良かった。

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