サロベツ牛乳と、デートする
サロベツ牛乳と、デートする
…とかわけのわからんことを言ってしまうのには、理由がある。
他の牛乳より値段が高いサロベツ牛乳は、わたしにとって、ちょびっと高級な牛乳だ。スーパーに行くと、サロベツ牛乳は、他の牛乳よりも値段が高いにも関わらず、いつもその棚はガラ空きで、皆さんのカゴのなかに入っているのを、よく見かける。
ああ、サロベツ牛乳売れてるんやなあ、美味しいんかなあ、でも値段がなあ、とそれを横目で見ながら、わたしは隣に置いている100円ぐらいの1番安い低脂肪乳を、こっそり自分の買い物カゴにいれている。
わたしはいつもサロベツ牛乳を、遠くから見ていた。
例えるなら、それは休憩時間中、校庭で友だちとサッカーをしている、明るくてカッコいいモテモテキラキラ男子を、遠くから見ているような感じだろうか。いわゆる、彼はクラスにいる何人かのカースト上位男子で、同じクラスなのに、とても遠い存在なのだ。
しかし、ある特売日、牛乳売り場にいくと、赤色と黄色のチカチカしたポップが、目に留まった。
「サロベツ牛乳158円」
いつももっと200円近くするのに、このスーパーで安売りしていることなんてないのに、50円も安い。どういうことだ、これはわたしを誘っているに違いない。
これまたさっきので例えるなら、少女漫画的な展開だ。そのキラキラ男子に憧れる女子が、大好きなバンドのステッカーを貼ったスマホを落としてしまう。それを、都合よくさっきのキラキラ男子が拾って、「おおーい、落としたぞ!」「てか、あれ?スマホに貼ってるそのステッカー!このバンド、好きなの?俺も持ってる!」みたいな会話から、一気に盛り上がる。それからお互いバンドのことや、それ以外の話もするようになり、2人の距離は、どんどん縮まっていく。
そしてついに、「なあ、ライブのチケット手に入ったんだ、今度いっしょに行かねえ?」とキラキラ男子から誘われる。女子は夢のような気持ちになって、オーケーの返事をし、「じゃあ日曜日に待ち合わせな」てな展開になるのだ。
わたしはサロベツ牛乳を1本取って、カゴに入れる。
サロベツ牛乳に、初めて誘われた。
◇
次の日は日曜日だった。
7時30分起床。
平日の朝は時間に追われているので、せめて週1回の休日ぐらいは、ちゃんと朝ごはんを作って、味わって食べようと心掛けている。(とはいうものの、実際は4:1ぐらいの割合で、できていないときのほうが多いのだけれど)
1回目の洗濯が終わり、2回目の洗濯を回しながら、朝ごはんの支度をする。
そろそろしなびてきそうなレタスをちぎって、昨日作ったいり卵と一緒にお皿に盛りつける。
食パンを1枚取り出し、包丁で耳を落とす。
上からラップを敷いて、手で押さえてぺちゃんこにする。
(耳は適度にお腹が減っていたので、その場で食べる)
ちゃんとぺちゃんこにしたら、チェダーチーズとベーコンをのせて、ラップの上からぎゅっ、ぎゅっ、と力をいれながら、くるくる両端を巻いていく。
フライパンにバターをおとす。
ちょっと溶けてきたら、巻き終わりを下にして、こんがり焼き色がつくまで、両面を焼く。
パンが全体にこんがりして、芳ばしい香りがしたら、食べやすい大きさに切って、コショウをふりかけて完成。
となりにケチャップをそえる。
それからヨーグルトを少しあたためて、サロベツ牛乳をコップに注ぐ。
ごくりと飲んだ瞬間、「あ、おいしい」と思った。
あっさりして、飲みやすくて、でも低脂肪乳のような淡白さがない。
こりゃ少々高くても、みんな買うなあと思いながら、口に多分白い髭をつくっている。
そして、クロックムッシュをぱくり。
うまく包丁で切れなかったので、切り口が美しくないし、こんがりさもちょっと足らないかもしれない。
でも美味しいには変わりない。
何せ、いつもはバタバタして、焼くだけで精一杯の、味気のない食パンが、こんなに賑やかに味が躍っている。
ケチャップもいい仕事しているぜ、
グッジョブ。
おお、今日、朝からめちゃくちゃ優雅じゃない?身なりはジャージだけど、サロベツ牛乳とデートしちゃったし、クロックムッシュ食べたりしちゃったし、毎日こんなふうに朝を過ごせたらいいんだけどなあ、と思う。
ああ、朝の光がまぶしい。
鳥のチュンチュンした声が聞こえたら、もっといいのだけれど。
…と、ここで、ぼーっとしながら考える。
サロベツ牛乳とデートする、とか言っちゃったけど、スーパーのポップを見たのは、わたしだけじゃないんだよなあ。つまり、いつもより安いということは、いつもより多くのひとが、サロベツ牛乳を買い、味わっているということで。
ということは、これを前述の男子に例えると、キラキラ男子は、自分にその気がありそうな、女子全員を誘っている、ということで。
さらに膨らませると、こんな感じだ。
キラキラ男子は、実はこういう女子を狙って、この手のことをあちこちでやっており、学生アルバイトながら、かなり稼ぎ手なのだ。バンドのライブに行った帰り、ちゃっかりこの女子を、宝石店に連れて行き、「オレがデザインしたこういうの、君に似合うと思うんだけどなあ」などと、うまいことを言って、店に連れていき、高価なアクセサリーを買わせようとするのだ。
…これ、デート商法じゃない?
少女漫画的妄想がぶち壊しである。
思わずコップに入ったサロベツ牛乳を見てしまう。
サロベツ牛乳が見ているのは、わたしだけではなかった。
でもいい。
美味しい、は正義だ。
ありがとう。
…こんなことを、永遠と考え続けていたら、2回目の洗濯ものを回していたのを、すっかり忘れていた。そして、濡れたまま洗濯機に放置された衣類が発見されるのは、すっかり出勤前ブルーに陥っている、夜10時ごろであることを、幸か不幸か、このときのわたしは全く知らない。
※クロックムッシュは辻さんのレシピを参考につくりました。
身近な食材を使っているのに、辻さんが紹介するととても美味しそうに見えるのはなんでだろう?魔法?
ありがとうございます。文章書きつづけます。