見出し画像

こんなに違う、イギリスとヨーロッパ大陸。Brexitとコロナ対策に見る”明確な差”【全文無料】

単なる文化考察なのですが、ニュースを見て「あれ?」って思われている方には面白いかと思いますので、書かせていただきますね。

わたしは上智大学でフランス語を専攻しました。「外国語学部」という分類ではあっても、実際に学ぶのは言語だけではなく、というか言語は単なる基本ツールであって、フランスの地理や歴史、政治、文化、芸術もろもろをギッチリ叩きこまれます。つまり卒業後すぐにフランスで違和感なく暮らしたりフランス人と働いたりできるように訓練を受けます。

一方、イギリスについてはとくに大きな興味もないまま移住したのですが(すみません…)、もう5年間住んでいるのでそれなりのベーシックな知識はOJT的に叩き込まれました。最初は「フランスとイギリスは隣国だから似ているところもあるだろう」と思っていたのですが、いやいや、それが。

端的に言えば、イギリスはいつも独自路線を突っ走ります。歴史的に見てもそうだし、たとえばEUにずっと加盟しながらも自国通貨「スターリング・ポンド」を維持していたのなんかは、好例だと思います。イギリスでは「ヨーロッパ人は~」という感じで話すことが多いですが、もちろん文脈によるものの、その中にはイギリス人はたいてい含まれていません。

Brexit、つまりイギリスのEU離脱問題は日本でもずっとニュースになっていたかと思います。わたしは幸いにも(?)最初の国民投票から現在にいたるまでの流れを現地で観察できる立場にいるのですが、「やっぱり、結局、この人たちはヨーロッパ大陸の人たちとは違うのだなぁ」という感想を抱いています。地理的に離れていることもあるだろうし、”大英帝国”の栄華も関係しているのだろうし、理由はたくさんあるので書ききれませんが、とにかく違うのです。

もちろんヨーロッパ大陸の各国も個性豊かではあるものの、たとえばフランス、イタリア、スペインあたりのラテン系国家には民族的・言語的・文化的な近さがあります。同様に北欧には北欧の、東欧には東欧の共通したカルチャーがあります。英語は言語的にはたしかにドイツ語には近いですが、現在の世界共通語と言える英語の発祥国というプレゼンスは、他国の言語とは比べ物になりません。大陸の人たちが基本的にコーヒーを好むのに対し、イギリス人は紅茶。大陸の名物料理のほとんどが肉料理であるのに対し、イギリスではフィッシュ&チップスやスコットランドのサーモン。有名なウイスキーの産地はイギリス、アイルランド、アメリカ、カナダ、日本で、ヨーロッパ大陸の国はなし。そんな具合に。イギリスは良く言えば孤高、わるく言えばヨーロッパで孤立している存在です。

なお、アイルランドというのはまたイギリスにとって特別な意味と関係性をもつ国ですが、触れ始めると長くなるので割愛します。いずれにしてもアイルランドも「ヨーロッパ大陸の国」ではありませんし。

Brexitにはいろいろと陰謀もあったようだし、ばっさりと言い切れるものではないものの、まあ、民意として「やっぱり私たちは大陸の人たちとは違うのよね」という意識が一定数のイギリス人の中にあったのだとは思います。EUに経済的な利益上の魅力を感じてはいても、”ヨーロッパ統合”という、ドイツが中心になって描いた壮大な夢にはどうしても乗れなかった。どこかでアウトサイダーとして冷めたところがあった。そういう感覚があります。

わたしは取材で大陸のいろいろな国を訪れたりもしますが、たとえば逆の視点で、ベルギー人やフランス人からは「ヨーロッパは地続きだからお互いに異国という感覚は薄いけれど、イギリスってはっきりと外国って感じがする。だから訪れるときにはすごくわくわくする」というような意見もよく聞きます。つまり、お互いに心理的な距離がある。

ここ数日でイギリス政府から出ているコロナウイルス対策も、また同じなのでした。つまり、イタリアやフランス、その他ヨーロッパ大陸の国々は多かれ少なかれ「学校を休校にし、集会を禁止し、国境を閉じ…」のような手段で、人の行き来を制限することでこの危機を乗り越えようとしています。日本もこちらに近いでしょうね。

しかし、イギリス政府の発想は先進国のどの国にもない、斜め上を行くものでした。細かい方策はさまざまなメディアで扱われていますので、ぜひ読んでみてください。


つまり、他国は「感染者自体の数を減らすことで人々を守る」という発想ですよね。一方のイギリスは、「多数の人(主に健康上の強者)が感染して抗体を得る→その人たちは回復後にはもう感染することがなく、つまり他者に移す恐れがない→少数の弱者が守られる」という発想に基づいています。

もちろんイギリス政府も、一日も早くワクチンが開発され、そのような安全な方法で多くの人々が抗体を得るのを最善としています。ですが、経済的な損失、そして長期にわたる行動制限を行う際に国民が抱えるであろう多大なストレスを考えて、休校や集会の禁止、国境の閉鎖には今のところ踏み切っていないのです。

子どもが学校に通えなくなると、保護者は在宅を強いられ、経済的にも問題がある上に、医療を含めた社会全体が回らなくなってしまいます。それよりは、子どもや生産年齢人口のほとんどは低リスクグループに属するのだから、その人たちは可能な限りいつも通り。罹患しても回復すれば良い。その間、高齢者や健康上の問題がある人、つまり高リスクグループは外に出ずに自己隔離(これはまだお達しが出ていませんが、数週間で出ると言われています)。回復して抗体を獲得した人たちが増えれば、高リスクの人もまた外に出やすくなる、というのがシナリオなんですね。

上に引用したBBCの記事に見られるように、イギリスのこの独自案には異論も出ています。実際にうまく行かなければ方向転換を迫られるだろうし、他国と同じような方策に数週間、早ければ数日のうちに転じる可能性もあります。あるいはたとえば「休校はしないけれど、大規模な集会は禁止する」のような折衷案を採用するにいたるかもしれません。

イギリスはNHSという国民がすべて無料(入院や手術も含め)で受けられる医療サービスがあるのがまた大きな特徴です。毎年、イギリスの病院は冬には非常に忙しくなり(病床もいっぱい)、夏は比較的人手が空くという性質があるため、可能ならば今年の夏に感染者を増やし、今年の冬には感染者を減らしたいという現実的で重要な事情もあります。上記の”感染者の増加を必要以上に恐れないという発想”と、この”現実的なNHSのキャパシティ”の間でバランスを取るべく、いろいろな調整を行っていくでしょう。

ただ、この記事で強調したいのは、Brexitにせよコロナ対策にせよ、「イギリスは自分の頭で考えて決定を下すことに躊躇がない」という点です。他国になんとなく追随するということがない。もちろんその分、ギャンブル的な高リスクが生まれますし、見方によっては頑固と映るかもしれません。しかし、「やってみないとわからない」こともまたたしか。Brexitもコロナ対策も、どの選択が有効だったかという結果は、少なくとも数年経ってからじっくり検証してみないとわからないことでしょう。

わたし自身は、ヨーロッパのアウトサイダーとしてのイギリスという国を、また完全にアウトサイダーである日本人の視点から眺めるのみです。ただ、イギリスの選択は常になかなか興味深いなって。これをお読みになった方も「イギリスってそんな国なのね」ともしご興味をもっていただけたら嬉しいと思います😊


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?