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3年越しの、ワンシーン

去年、旅行代理店につとめていた榊ちゃんから、「旅のワンシーンについてエッセイを書きませんか」という依頼をいただいた。

「私のワンシーン」というテーマで思い浮かんだのは、3年前にインドで出会った人たちのことだった。

仕事を機に上京したはいいけれど、空気を読みあう社風にも、ぎゅうぎゅうの満員電車にも馴染めなくて、なにかをふり切るように、導かれるようにインドへ旅に出た。

ジャイプルという街で、猛烈にラッシーが飲みたくなって散歩していたところで、なぜか道端にいた人たちと仲良くなってしまった。大人も子どもも関係なく、暗くなるまでふざけまわって写真を撮りあった。私にとってインドでの一番の思い出は、純白のタージマハルでも、聖なるガンジス川でもなく、名もなきジャイプルの路地裏での出来事になった。

・・・

それから3年の月日が経った。やっぱり職場に染まりきることはできず、私は会社をやめた。期間を決めない、長い旅が始まった。

インドに入国しようと決めたときから、心のどこかでたくらんでいた。


「あのときの子どもたちに、もいちど会いにいこう」


旅の大先輩である古性のちさんにプリントできるお店を教わって、タイのバンコクで写真をプリントした(バンコクでもFUJIFILMのマシンが活躍していてうれしくなった)。無料で簡易アルバムももらえた。よしよし、ここまでは順調だ。

あとは記憶をたどって場所を探し、写真を渡すだけ。いや、ほんとに「だけ」だろうか?あの子たちが同じ場所に住んでる保証はない。住んでたとしても、いつ家にいるのかわからない。というか、道端で会っただけだから家は知らない。名前もわからない。もうすぐディワリ(日本でいう年末年始・お正月のようなお祭り)だから、家族みんなで旅行に出てるかもしれない。ていうか、ほんとうに私はあの場所を覚えてるんだろうか?

落ち着いて考え始めたら、けっこうハードモードなんじゃないかということに気づいてしまった。

ジャイプル につき、夕方、思い出をたどって子どもたちと出会った道を探しにいった。道は、ちゃんとそこにあった。

ただ、子どもたちは誰もいなかった。そばにいた青年に声をかけると、「あなたを覚えてるよ」と言われた。だけど子どもたちはいない。遊びにいってるのかな、わからない。とにかく今はいないよ、との返事だった。

ほんとは翌日もチャレンジしたかったけれど、思いのほか旅の疲れが溜まっていたこともあって眠ってしまった。

そしてジャイプル 滞在最後の夕方。今日を逃したらチャンスはない。昼間はきっとみんな学校だろうと思い、夕暮れどきを狙って行ってみた。

相変わらず人気(ひとけ)はすくない。今日はあの青年さえいない。ああ、やっぱり無理かな、ちょっと夢見すぎたかな。そう思ったときだった。目の前に、5、6才くらいの男の子がふたり、駆け出してきた。お正月のタコのようなもので遊んでいる。

「あの、このアルバムの中のだれか、知ってたりしない?」声をかけてみる。

「なんやこいつ・・・」という目で私を見ていた彼らが、アルバムを開いた途端はしゃぎだした。「カンナだ!!!!!」

カンナの家、こっち!ちょっと待ってて!

アルバムを持って彼らが駆けてゆく。薄暗い路地をさらに奥へ入った場所で、すこし心ぼそくなる。

待ってたのはたったの2、3分だったと思うけれど、もっとずっと長い時間がたったような気がした。

突如、家の中から声がした。

「上がって!上がって!」

言われるがまま階段を登ると、そこはカンナのお家だった。複数世帯でいっしょに住んでいるらしく、お父さんらしき人がふたり、お母さんらしき人が4人。赤ちゃんから中学生くらいの子まで、子どもがたくさん。

部屋に入るなり、うわーっとみんなが駆け寄ってきて、つぎつぎに握手をした。言葉はわからないけど、アルバムを見ているお母さんたちはおそらく「あら〜懐かしいわねぇ」「こんなにちっちゃかったかしらね」みたいな会話をしていたのだと思う。

タイミングよく、カンナも帰ってきた。

「あんたの友だちが来てるよ!」と囃し立てられたカンナは、最初こそぽかんとしていたけれど、写真を見て合点がいったようだった。写真の中のあどけない笑顔とくらべると、ぐっと大人っぽくなっていた。

「せっかく会えたから、今回も撮っていい?」おそるおそるカメラを取り出した。断られるかも、という私の思いは杞憂にすぎなくて、カメラを出した瞬間からその場は大・撮影大会へと変貌した。

「こっちこっち!!撮ってぇぇぇ」
「見て!この子赤ちゃんなの!」
「美人に撮ってよね?」

楽しいのと騒がしいのとちょっぴり泣きそうなのとで、カメラの設定もろくに調整できないままバシャバシャとシャッターを切った。


3年間。いろんなことがあった。あまり幸せでないことも多かった。後悔だってたくさんある。だけど、こんな幸福な瞬間が待ってたのなら、がんばってよかったな、この3年。


「あんた、うちでご飯食べてきなさいよ!」
「今夜はあなたが来たからパーティーだよ!」
「ごはん!ごはん!」

口々にみんなが誘ってくれた。ひとり旅は好きだけど、ひとりであることを心底悔しく思うのはこんなときだ。もう日も暮れてしまった。ホテルまでは歩いて帰るしかない。つまり、断るしかない。

ごめんね、人と約束があるの。口にしたくない嘘をつくしかなくて、申し訳なくて、「その気持ちがほんとうに嬉しい」と何度も英語で伝えようとしたけれど、伝わったかはわからない。

帰る間際も、私がいっしょにご飯を食べる勘違いしていた小さい子たちが「いぇーい!いっしょにごはん!」とニコニコしていて心苦しくなった。

じゃあね、帰るね、と席を立つと、みんな一斉に見送ってくれた。もう一度、お母さんたちと握手をした。

建物の外を出てからも、見えなくなるまでベランダから子どもたちが手をふってくれていた。




彼らのほうを振り向いて最後に撮った一枚がブレブレなのは、カメラのせいにしよう。

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