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当たりまえのことさえできない新入社員の話

この時期になると多くの場所で目にする、「当たり前のことを当たり前にしよう」という言葉。

この言葉はまっとうだし、この言葉を使う人も、「当たり前のこと “さえ” やれれば大丈夫だよ」という励ましの文脈で使っている場合がほとんどだと思う。

それでも毎回こういった「当たり前のことを当たり前に」という言葉を目にするたび、身勝手な受け取り方だと知りつつも、ほんのすこし苦しい気持ちになる。

なぜなら自分自身が、「当たり前のこと」さえできない新人だったからだ。



4年前、入社式の日。私は席に座っていることすらできなかった。

学生のころ突然発症した持病が、あろうことか入社式当日にぶり返した。

手足の感覚が遠のいてゆき、寒くもないのに指先が冷たくなった。てのひらも足の裏も、いやな汗でじっとりしていた。心臓は100メートル走をおえたばかりかのようにドクドクとうるさく、息をすってものどのあたりまでしか酸素が届いていないような感覚だった。耐え切れなくなって裏の控室で休ませてもらった。

自分で自分が許せなかった。

ただただ当たり前に、式のあいだ「座っている」ということすらできないなんて。静かな控室で畳に横になったまま、悔しくて泣いた。



悪夢みたいだな、と思ったけれど、どこまでも現実だった。

入社後も謎の発作はたびたび起こり、いろんな病院をたらいまわしにされた。

発作がおさまると、今度はいっきに疲れが押し寄せた。電池が切れたように、急に眠ってしまうこともあった。重要な会議の途中や、ときに1対1の面談の途中でも、猛烈な眠気におそわれた。まわりからは、やる気のない新人だと思われていたことだろう。

きちんとまわりに説明すれば、ある程度理解を得られたのかもしれない。だけど、私自身、突然あらわれた自分の症状をきちんと語る言葉をもっていなかった。自分自身がいちばん困惑していた。

文化系のフィールドにいたとはいえ、子どもの頃から「気合と根性」の体育会系マインドの環境で育ってきた。そのため、「弱いやつ」「使えない」「ゆとり」というレッテルを貼られることを心の底から恐れていた。

才能はないけれど、気合いと根性と努力でカバーしてきたはずだった。いい子でいること、優等生であることに誇りを持ってきたはずの人生だった、のに。


医師からは、「発作の原因はストレスでしょう」と言われた。

「まじめすぎるのかもしれませんね」薬どころか呪いのようなお言葉を頂戴し、とぼとぼと帰路についた。

はじめての会社、はじめての東京、はじめての仕事・・・こんな環境でストレスを感じずに生きるほうが難しくて、「ストレスを溜めないようにする努力」自体がもはやストレスだった。



それからずいぶん月日が経った。

なつかない猛獣を飼い馴らすように、すこしずつ、すこしずつ自分の症状とも向き合ってきた。今も「完治した」とは言えないけれど、おおごとにはならずにすんでいる。あのころのような病的な眠気や発作は起きなくなった。

「入社式に出る」「仕事中に眠らない」「通勤電車に乗る」そんな、誰にでもできるはずの "当たりまえ" をしくじった人間も、今じゃ図太く楽しく生きている。

新社会人のころの自分にそっと耳打ちできるとしたら、伝えたい。

だいじょうぶ、だいじょうぶだよ。社会人1年目の経験だけで、人生が終わるわけないじゃない。あなたが思っているより、人生は長い。ほかの人の「当たりまえ」が自分の「当たりまえ」と違っても、それは悪いことじゃない。生きてさえいれば、これから楽しくなるいっぽうだよ、と。


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どうしても長い旅をしたくて会社員をやめ、19年9月から旅をはじめました。が、コロナであえなく夢破れて帰国しました。めちゃくちゃ模索中。

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コメント (9)
はじめまして。

僕も若いころは自信がありませんでした。
なんとか60歳まで生き延びていますよ(笑)。
最後の4行、心に沁みます。

ありがとうございます。
1年前のnoteへのコメント、失礼いたします。

私は今、心の病気で通院していて、
今月いっぱいで退職をします。

社会人1年目で症状が出始めて、
辛い2年間を過ごしました。

今、やっと前を向いて進み始めたところです。

これからどうなるのか不安で、
でも少し楽しみでもあって

そんな時、ぽんずさんのこのnoteを見つけました。

とても勇気をもらえました。
これからの人生がさらに楽しみになりました。

本当に、ありがとうございます。

いつか元気になって、
ぽんずさんのように色々な国を旅してみたいです。

それが私の、新しい夢です。

コロナで大変ですが、また、
ぽんずさんの旅が再開できることを
心からお祈りしています。

その日を楽しみにしています。
nさん

はじめまして。

ぽんずさんのnoteに出会えてよかったですね。
お辛いこともあるし、その分喜びも見つかることでしょう。

大丈夫!

一つ上にコメントを書いた
昭和の不思議大好きオジサンより

読ませていただきました。なんかありがとうといいたいですね。
本当にありがとう
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