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わたしの顔にはおまもりがついている。

先日、この記事の中で、わたしの母の話をしました。


わたしはよく自分の生い立ちやルーツを語るときに、母親のエピソードを出すことが多いのですが、その副作用でたまに聞かれる質問があります。


「ゆりにこちゃんって、お父さんいるっけ?」


ごめん、父。
普通に、いる。
思いっきり、いるわ。


今日は、ちょっと存在感としては薄めだけど、実はがっつり今のわたしをつくってくれている「お父さん」について、父の名誉のためにも書いてみようと思います。



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わたしの家庭はごくごく普通のサラリーマン家庭だ。子どもの頃から、朝早くスーツで出勤し、夜遅くにくたびれて帰ってくる父を見て育ってきた。休日出勤は当たり前。たまの休みでも仕事の電話がかかってくるから気が抜けない。それでも父は、一度も、仕事の愚痴をこぼしたことはなかった。新卒で入社をした会社に勤め続けて30年を超えた。もうすぐ定年だ。今年5月に仕事をやめてフリーランスになったばかりのわたしに「父ちゃんを雇ってくれ」と早くも天下りの打診をしてきている。


昔は、スラッとしてシュッとしていて、母曰く、俳優の織田裕二さんに似ていたらしいけど、今はそのおもかげはなく、ボテッとした丸いおなかをなぜか誇らしげに見せつけてくるどこにでもいるおじさんだ。とにかく食いしん坊で、おみやげ屋さんにおいてあったおまんじゅうの食品サンプルを、食品サンプルと気づかずにかじってしまうくらい。


そんな父とわたしは性格がよく似ている。


まずは、“いい加減”だ。定年間近のおじさんがいい加減なのはどうかと思うけど、とにかくいつもヘラヘラしている。わたしがたまに実家に帰るといつも嬉しそうに「よっ!!!」と変顔をして迎えてくれる(本人は変顔のつもりはないかもしれないけど、変だ)。おっちょこちょいをして、お母さんに怒られても全然反省してない。いつもにこにこしていて、人なつっこい人だ。


そして、“楽しいことが大好き”だ。わたしは小学6年生までは父と一緒にお風呂に入っていた。なぜなら、父はいつも楽しいことをたくさん教えてくれたから。母なら「だめ」ということも、父とならできた。特に、お風呂の中でアイスを食べたり、シャボン玉をとばしたりするのがとっても楽しかった。

あとは、家の中でかくれんぼもした。でもお父さんは諦めが早いので、勝手に探すのをやめてしまう。真っ暗な物置の中で小さく体育座りをしたまま、どんなタイミングでどんな顔して出て行けばいいのかを完全に見失ったのはいい思い出。

あとは、お金をかけて遊んだりもした。「このシュートが入ったら4000円な?」と賭けたバスケで、見事シュートを決めたわたしは、小学生ながら1日にして多額のお小遣いをゲットした(もちろん母には内緒)。



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あとはたくさんおつかいをさせてくれた。でも、頼まれるのはいつもタバコだった。保育園児が小銭をにぎって家の近くの自動販売機でマイルドセブンを買って帰るというシュールな事件が頻発していた。ただのパシリだ。

でも、わたしにとっては小さな冒険だった。マイルドセブンにはいろんな種類があるのだ。パッケージの色が薄いブルーから濃いブルーまであって、やわらかいのと箱タイプとがあって、保育園児には少し難しかった。それでも、いつも父がほめてくれるのがうれしかったから自ら進んで買いに行っていった。

わたしはおつかいから帰ったあとに、火のついていないタバコをふかして、父の一服に付き合うのがすきだった。保育園児ながらにタバコを覚えてしまった。そこらの「はじめてのおつかい」よりもずっとドラマティックだ。


あとひとつあげるなら、”お人よし”だ。実父に言うのはおかしいかもしれないけど、父は本当に人がいい。そして義理人情の人だ。

エピソードはたくさんあるけれど、最近のエピソードをひとつあげるなら、裏のおばあちゃん。

実家の裏に、数年前におばあちゃんが引っ越してきた。おばあちゃんといっても実のおばあちゃんじゃない。どこのだれかもしらないよそのおばあちゃんだ。

そのひとり暮らしのしらないおばあちゃんのお世話を、父はなぜか自らしている。様子を見に行ったり、電球が切れたら交換してあげたり。このあいだなんて、冷蔵庫が壊れたといって、軽トラックを借りてまで、そのおばあちゃんと一緒に隣町のリサイクルショップまでお買い物に行っていたし、ガスの調子がおかしいとなれば業者の手配までしてあげている。

そこまでしなくても・・・と思われるかもしれないけど、子どものころから、「友達を大事にしなさい」と、何度も何度も言っていた父を知っているから、わたしには何の不思議でもない。父は、そういう人だ。


そういうわけで、こんな父のおかげで(せいで?)にこにこへらへらしていて、楽しいことが大好きで、ちょっとお人よしな“わたし”は完成したのだと思う。


・・・と、父の紹介が長くなってしまった。今日の記事のタイトルは「わたしの顔にはおまもりがついている」。


なんのこっちゃって話だけれど、これも父との話。


いきなりだけど、
わたしの顔には、ほくろがある。
それも、ただのほくろじゃなくて、赤色の。

あごのところにちょこんってあるから、よくニキビと間違われるんだけど、生まれたときからずーっとついている、正真正銘のほくろだ。


だから、一生取れることはないし、化粧をしてもすぐに目立ってしまうから、少々やっかいなしろものである。


わたしは、コンプレックスとかこだわりが強くて、まつげはクイッとあげていないと気が済まないし、前髪が崩れただけで家に帰りたいくらいに落ち込むのだけれど、この一生消えない赤いほくろのことは少しも気にしたことがない。そして、隠そうとも思ったことはない。


なんでだろうと考えたとき、父のことを思い出した。


まだわたしが幼稚園生だったころ。父と一緒にお風呂に入っていたときだったかな。父がこう言った。

「赤いほくろはラッキーなしるしやで!
赤いほくろがあるとしあわせになるんやで?」

それを聞いて、マジ超ハッピーじゃん!!!最高!!!となったわたしは、次の日に幼稚園で、みんなに「見て!!赤いほくろってな、しあわせになるんやで!!」と自慢しまくったのは黒歴史。でも、本当に嬉しかった。それが本当だと“信じていた”から。


そう、“信じていた”と書いたのは、それが父がついた優しい嘘だったから。


それに気づいたのは随分時間が経ってから。ずっと大人になってからだったと思う。知人としていた何気ない会話の中で、ほくろの話になって、「赤いほくろって、しあわせになるんやろ?」って話をしたら、だれひとりとして共感を得られなかった(笑)。

まさかと思って、ググったけど、そんな話は何もヒットしない。迷信すらなかった(笑)。

やっぱりわたしのお父さんは本当にお人よしだ。お父さんのおかげで、本当ならコンプレックスになるようなことが、何のコンプレックスにもならないまま大人になれた。


そして、今のわたしがいる。思いやりの心をもって、仲間を大切にして、フラットに人とかかわって、ひとりひとりを尊重できる人になれた。


反抗期には、口もろくに聞かず、いつもツンツンしてしまったけれど、本当に本当に感謝をしています。

よしっ!
今日も、父がくれたおまもりつけてがんばろう!


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こころを動かすコピーライター/SNS時代の「読まれる」「おもしろい」「バズる」文章づくりが仕事です/3人以上の場所では空気になるほどの人見知りが「書く」の一点突破で実績ゼロから起業/独立4ヶ月目で異例の300人イベントを主催/お寿司が好き/福井県

コメント1件

えぇはなしや…😭✨
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