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釘打ちの儀式

「釘打ちの儀式をしますか」と湯川さん。
今は釘打ちをいやがる人もいて、あまり(というかほとんど)この儀式はスキップされるという。ワタシは祖父の御葬式のときに「なんて残酷な儀式なんだろう」と感じたことを思い出した。これはもう徹底的に「この人は帰ってこない」ということを遺族に知らしめるものだ。しかし今となるとそれも貴重な経験であると思う。姪っ子には体験しておいてもらいたい。母に聞くと「どちらでもいい」という。

それなら。
ぜひお願いします。
と湯川さんに告げた。

告別式は儀式だらけだ。
親族の着席、僧侶登場〜お経+初七日のお経〜僧侶退場、全員で棺へお花を入れる、家族の最後の別れ、釘打ちの儀式、出棺の挨拶。出棺。焼き場へ移動。焼き場。控室で待つ。焼き終わり。骨。お箸でお骨を入れる。会館に戻る。会食。お開き。実家に戻る。実家の仏壇を飾る。四十九日に関して家族会議。

施主であり自分の感情をほとんど見せない次男が、最後の別れで見せた顔。
お骨が出てきたときに、食い入るように見ていた母の姿。
それを礼儀正しくないからという理由でとめる家族メンバーの理不尽さ。
始めて日本式の棺を担いで「棺が意外に重かった」と夫。
隣組のおじさんに生前の父の印象を聞き驚く。結構愛されていたんだなぁ〜。

父が焼き上がり、待合室から無機質な焼き場に戻る。
大きなお骨がごろごろしていた。その中に、首に入っていた大きなボルト2連(それぞれにボルト4本づつ)が出てきた。そもそも階段から落下して首の骨を完全に折ったことが、身体の衰えや病気の引き金となったのだ。手術は奇跡的に成功したものの、父はいつも「首が重い」と言って辛そうだった。こんな大きなボルト群が入っているんだもの、そりゃ辛いわけだ。ここから彼は次第に具合が悪くなっていった。このボルトは死の要因となったもの。

ワタシの思考は、父が死んだことを肯定しようとしていた。
こんなに辛い思いをしていたのだから、焼けて身体がなくなった父はきっと辛い身体から解放されて喜んでいるだろう。苦しみがなく、どこにでも元気に飛んでいけるのだから嬉しいと感じているだろう。そのような考えを何度も反芻している自分に気がつく。一度後悔の気持ちが湧いてきたら、その泥沼に足をとられて、悲しみの地獄にひっぱられそうな気がして、できるだけ「死んでよかったんだ」と自分が感じられるような考えを繰り返している。


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